1983年を最後に蔵での酒造りを休止していた酒蔵が、34年ぶりに酒造りを再開しました。山口県阿武町にある阿武の鶴酒造(あぶのつるしゅぞう)です。

酒を造るのは、社会人になってから酒造りに魅せられたという蔵元の長男・三好隆太郎さん。各地の酒蔵で修業しながら、ずっと使われずにホコリをかぶり、物置となっていた蔵の内部を手直し。造りに必要な道具の多くを知り合いの酒蔵から好意で譲り受けて、2017年4月からようやく酒造りを始めました。

新しいブランドの立ち上げにも取り組み、平成29BY(醸造年度)の本格的な醸造がすでにスタートしています。復活を遂げた蔵がたどってきた、これまでの軌跡を追いました。

酒蔵に生まれたが、酒造りを知らずに育つ

阿武の鶴酒造の山田錦

阿武の鶴酒造の創業は1897年。戦後は順調に酒造りを続けていましたが、石油ショック後に日本酒の需要が大きく落ち込んだ影響で販売不振に陥ってしまいます。4代目である三好さんの祖父は、1983年の冬を最後に酒造りを断念。それ以後は、他の酒蔵から酒を仕入れて、自社商品として販売する「桶買い」を行っていました。

奇しくも、現在酒造りを行っている三好さんは1983年生まれ。三好さんは酒造りの現場を見たことがないまま育ちます。

阿武の鶴酒造の三好隆太郎さん

「蔵の中は物置になっていて暗かったので、子供心に怖いと思っていました」

高校卒業後、東京の大学で設計を学び、内装のデザインをする仕事に就きます。仕事は楽しかったようですが、あるとき、千葉県の酒蔵が出した求人広告を見つけました。好奇心旺盛で興味があればなんでもやってみるタイプの三好さんは、冬場だけの季節雇用の募集でしたが、さっそく応募したのです。

「酒造りはたいへんでしたが、とても楽しかったですね。米が酒になっていく様子がおもしろくて、ハマってしまいました」

次のシーズンは埼玉県の酒蔵で働き、いつしか「酒造りを一生の仕事にしたい。将来はどこかの酒蔵で杜氏になりたい」という目標が自然と定まっていきました。この時、実家である阿武の鶴酒造がまだ酒造免許を持っていることには気付いていなかったのだそう。

岐阜の酒蔵に移って修行を続けた2年目にその事実を知り、「免許があるのなら、自分の生まれ育った地で酒造りを再開しよう」と決意します。

手を差し伸べたのは、地元の銘酒蔵

「三好」の試飲

4つの酒蔵で修業をし、阿武の鶴酒造に戻った三好さん。蔵の中を片付けて設備を全部一新しようと考えていましたが、最初に立ちはだかったのは、蔵に放置されたガラクタでした。その撤去と蔵の掃除にかかった時間は、なんと約1年。

「30年以上放置したままだったので、まさにゴミ箱の中にいるようでした」

次のハードルは資金調達。銀行からの借り入れに期待していましたが、しばらく酒造りをしていなかったため、融資を断られてしまいました。

万事休すかというところに、思いがけない助け舟が現れます。造りの再開に向けて山口県内の酒蔵にあいさつまわりをするなかで、「東洋美人」を醸す実力蔵である澄川酒造場の蔵元・澄川宜史さんが「そういうことなら、うちの設備を使っていい。何本か仕込んでみないか」と声をかけてくれました。

澄川さんの申し出に、三好さんは頭を下げて蔵入りを決めます。1年間も酒造りから離れてうずうずしていた三好さんは、やっと酒造りに没頭することができ、納得のいく酒を造ることができました。

販売の実績を確認した銀行は融資に応じ、蔵の改築と設備導入がようやく始まります。仕込み、酒母造り、搾りを行う大型冷蔵室やボイラーなどは新設することができましたが、そのほかはすべて中古品や他の酒蔵からのお下がり。麹室の改修は間に合わなかったため、麹造りだけは澄川酒造場の麹室を借りて行いました。

2017年4月、33年ぶりに蔵から甑(こしき)の湯気が上がり、5月に最初の新酒が誕生します。三好さんは、その新酒を真っ先に澄川さんのもとへ持ち込みました。

「『ちゃんとできたじゃないか。美味いぞ』と言われました。うれしかったですね」

阿武の鶴酒造の麹室

改修して平成29BYから使用する、阿武の鶴酒造の麹室

復活して2造り目となる平成29BYは、製造量を前回の2倍まで増やす予定だそう。使う米はすべて山口県産。そのうち9割は、蔵から目と鼻の先にある水田で栽培された山田錦です。

「山口県産以外を絶対に使わないとは言い切りませんが、地元の水と米で造ることが地酒のあるべき姿だと思います」

販売についても、まずは山口県内に力を入れていく方針です。

阿武の鶴酒造の三好隆太郎さん

三好さんは「阿武の鶴」のほかに、新ブランド「三好」を立ち上げました。「三好」に使われている斬新なラベルは「SAKE COMPETITION 2017」のラベルデザイン部門で7位を受賞。復活して間もない蔵の存在を、強くアピールすることができました。

「人が集まる楽しい場に寄り添える酒を目指します。落ち着いてすっきりとした味わいで、ともすれば地味に感じながらも一筋の華やかさが同居しているような酒を造っていきたいです」と語る三好さん。これからの活躍が楽しみです。

(取材・文/空太郎)

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