酒造りの腕を競う全国新酒鑑評会。今年の5月末に、平成28BY(醸造年度)に造られた日本酒の審査結果が発表されました。
そのなかで、14年連続金賞という快挙を成し遂げた酒蔵が2つあります。そのひとつが宮城県美里町の川敬商店です。(もうひとつは、秋田酒類製造の御所野蔵です)
川敬商店の蔵元杜氏・川名正直さんを筆頭に、わずか数人で酒造りをする小さな蔵が、途切れることなく金賞を獲得してきたことは驚くべきことでしょう。14年連続金賞受賞の秘密はどこにあるのか、川名正直さんに話を聞きました。
麹造りは寝ずの番、すべての情熱を注ぐ出品酒造り
全国新酒鑑評会では、出品した酒蔵の約4分の1にあたる200強の蔵が金賞を受賞するため、数年に一度であれば金賞を獲るのはさほど難しいことではないと考えている酒蔵も多いかもしれません。しかし、連続して受賞し続けるとなると話は違います。
過去を振り返っても、10年以上連続して金賞を獲った蔵は数えられる程度。これまでの最長記録は「英勲」を醸す京都市・齊藤酒造などの数蔵が記録した14年連続でした。今回の受賞で、川敬商店はその記録に並んだのです。
長年、川敬商店は南部杜氏を招いて酒造りをしてきたのだそう。しかし、蔵元である川名さんは「自分が理想と考えるお酒を自分の力で造りたい」という思いを強め、南部杜氏の下で修業した後、平成14BYから蔵元杜氏になりました。
その翌年である平成15BYに初めて金賞を獲得。それ以来、毎年金賞を獲得し続けています。
金賞を獲得するコツについてうかがうと、次のように答えてくれました。
「出品酒を造るための仕込みはタンク1本分だけですから、麹造りは寝ずの番をして、最高の吟醸麹になるよう、すべての情熱を注いでいます。結果的に運良く金賞を受賞できただけで、コツはありません。ただ、審査員から良い点をもらえるお酒というのはあると思います。うちのお酒は飲んだときに嫌味がなく、どんな料理とも合うように造っているので、金賞を受賞した出品酒のなかで断トツに評価されたというわけではなく、合格圏の中に自然と収まったのでしょう」
川名商店の強みは「親友」と「工夫」
2011年まで14年連続で金賞を受賞し、これまでの記録を持っていた齊藤酒造の杜氏・藤本修志さんは川名さんの親友。東京農業大学時代の同級生という間柄です。現在、藤本さんは齊藤酒造を離れて他の酒蔵のアドバイザーをしていますが、同時に川名さんが蔵元杜氏になって以来の良き相談相手でもあります。
さらに、金賞の受賞回数ではトップクラスを誇る福島県・奥の松酒造の杜氏・殿川慶一さんも、川名さんの大学時代からの親友。「ふたりのアドバイスがなければ、金賞を獲得できなかったし、今の川敬商店はなかった」とまで川名さんは言い切ります。
そして、川敬商店には金賞を獲得できた武器がもうひとつありました。それは、1960年代後半に建てた仕込み蔵にある麹室です。
仕込み蔵の3階にある麹室は2部屋に分かれていて、とても広々しています。高温多湿を保ち麹の繁殖を促す部屋と、作業の後半に麹の表面を乾かしていく部屋が完全に分離できているのです。また、麹造りに使う箱には、効率よく麹を乾かせるよう底板をスライドできるような細工を施すなど、随所に工夫が見られます。
「この麹室は、理想的な吟醸麹を造るのに威力を発揮しています。この環境にどれだけ助けてもらっているかわかりません。先代と当時の杜氏に先見の明があったのです」と川名さん。実際、川敬商店は川名さんが蔵元杜氏になる以前からも金賞を頻繁に獲得しています。
金賞を連続で獲得した最初の数年間は「結果として獲れた」という実感だったそうですが、毎年工夫を重ねることで、3,4年前からは狙って金賞を獲れるようになったのだそう。
出品酒の麹は「酒母用」と三段仕込みの「添え&仲用」「留め用」の3つに分け、麹に含まれるアミラーゼの量を段階的に変えて造ってきました。今年の酒造りについて話を聞くと「さらに理想を極めるため、添えと仲に使う麹も分けることにしました。今期(29BY)は4種類の麹を造ります」と、酒質のさらなる高みを目指している様子でした。
父娘2代に渡る金賞受賞を目指して
一人娘の川名由倫さんが5年前に蔵入りし、現在は出品酒造りを手伝いながら修行中。現在68歳の正直さんから由倫さんへのバトンタッチも近づいてきました。
「来年以降の金賞連続記録にはこだわらない」と話していますが、出品酒を造る仕込みタンクは験を担いで1年目から変えずにいるのだとか。父娘2代で金賞の連続受賞記録をさらに伸ばしていってほしいですね。
(取材・文/空太郎)