平成28酒造年度の全国新酒鑑評会では、晴れて437蔵の出品酒が入賞し、242蔵が金賞を獲得しました。受賞された蔵のみなさん、改めておめでとうございます。
そのすべての酒をきき酒できる「製造技術研究会」が5月24日に広島県東広島市にて開催されました。1000人以上の酒造関係者が、みずからの酒と全国の酒をきき比べに大集合!
福島県が堂々の5冠。東日本が入賞の7割をかっさらう!
平成27酒造年度に続き、もっとも多くの金賞を獲得したのは福島県で22点。近年、福島県の清酒は他県の酒造関係者が一目置く存在になってきました。
そのなかでも注目すべきは「第98回 南部杜氏組合自醸清酒鑑評会」でも見事主席を獲得した、佐藤酒造(三春町)の「三春駒」でしょう。杜氏が変わりましたが、製造技術の高さがうかがえました。「国権」「会津中将」「廣戸川」など、いまや鑑評会では定番となった銘柄だけでなく、五百万石を使った純米酒で金賞を獲得した夢心酒造(喜多方市)なども注目されています。
福島に次いで、金賞獲得数2位となったのは宮城県。近年、金賞数をじわじわと増やしてきました。蔵の数が少ないぶん、金賞・入賞率では福島を越えるため、製造技術者の注目度は1位と言ってもいいでしょう。「一ノ蔵」「浦霞」「墨廼江」「綿屋」「日高見」「乾坤一」「黄金澤」などが金賞を獲っています。今回の製造技術研究会でもっとも長い行列ができていたのは、宮城県を含む、北海道・東日本太平洋側ブロックだったのではないでしょうか。
そのほか、秋田県が16蔵、山形県が15蔵と東北勢は今年も大健闘でした。
平成28酒造年度はとにかく米が硬かった?その対応に差が出たか
米の性質は、登熟期(籾殻の中で米の粒が成長する時期のこと。出穂から1ヶ月ほどの期間とされる)の気温が平年より高いか低いかに大きく左右される、と聞いたことがあります。
米の主成分であるデンプンを大別すると、アミロースとアミロペクチンの2種類。アミロースが多いと米はパサパサに、アミロペクチンが多いとモチモチになります。餅米がアミロペクチンのみで構成されるのに対して、うるち米はアミロースとアミロペクチンが 2:8 くらいの割合で含まれているのをイメージすると、わかりやすいかもしれません。
日本人は米を炊いて食べるのが普通です。割合が 2:8 ほどである日本の米は、炊いたときの粘り気がちょうど良いようですね。
酒米はどうでしょう。こちらはなんといってもアミロペクチンの構造が重要。登熟期の気温が高いと、アミロペクチンの鎖(分子構造のこと)が長くなります。するとデンプン同士の結晶構造が強化され、糊化温度が高くなるので、醪のなかで溶けにくくなるそう。反対に冷夏だと、アミロペクチンの鎖は短くなるのだとか。
イネはそもそも南方の植物なので、あまりに寒いとうまく育たないのでしょう。しかし、東南アジアのような高温の環境で育てると、内部が充実して固くなってしまい、タイ米のようなパサパサの食感になる(つまり、醪のなかで溶けにくくなる)のです。
<参考>
ここまで米の硬軟に関する話をしてきました。では、平成28酒造年度の酒米はどうだったのでしょうか。
酒造期に入ることから予想されていましたが、やはり山田錦や五百万石といった主要な酒米は全体的に硬かったようですね。
米が硬いときは汲水歩合を少し下げて、追水を抑え気味に。麹は力価を強めにしっかりと造る、という方針が基本となります。
硬めの米を使うと、ボーメが出ずに香りも味も乗らない酒になりがち。しかし、無理に甘さを出そうとすると味が雑になってしまいます。味わいのインパクトに欠けるものや、米が硬いせいで香りが膨らまず、ただ甘い砂糖水のようなものは選外になりました。
今年は"大人しいイメージ"の酒が優秀な成績を収めていた印象。香りについては"カプロン酸エチル系"の吟醸香が、穏やかなものが優勢でした。香りが口中で膨らんでいく酒は金賞を獲り、酸が強く主張する酒や、パイナップルを思わせる"酢酸エチル系"の香りが強い酒は弾かれる傾向だったと思います。全体的に、後口が軽いものほど金賞を獲得しているような印象でした。
指定された酵母と米の相性もあるでしょう。杜氏が自由に酵母を選べることは少なく、「○○県は○○県酵母で金賞を獲りましょう!」という方針が打ち出され、それに合わせた技術指導が行われることが多いのです。もちろん酢酸エチル系や、バナナのような香りを生み出す酢酸イソアミル系でも、技術の高い酒蔵はきれいな酒を造って金賞を獲っていました。みずからの蔵で使える限られた武器をふんだんに使って、勝負に臨みたいものですね。
また、福島県や宮城県は全体的に"若い酒が多かった"のも勝因ではないかと思います。製造技術研究会できき酒した時点でも若かったので、おそらく決審のときにはもっとフレッシュ感があったのではないでしょうか。"火入れを早く行う"やり方は山形県を中心に提唱されており、低アルコール上槽で酵母にストレスをかけないようにするのも当たり前になってきました。酒造技術の進歩が今回の結果に繋がった、とも言えそうです。
純米酒や酒米の品種にこだわった酒も金賞を獲得!
全体的な"純米酒志向"は平成26, 27酒造年度に比べて弱まっているものの、それでも「山田錦以外の酒米をつかった純米酒」で金賞を射止めた蔵数は昨年よりも多くありました。
「山田錦以外の純米酒」での金賞受賞酒
<結の香(岩手)>
- 「鷲の尾 結の香」株式会社わしの尾
- 「酔仙」酔仙酒造株式会社 大船渡蔵
- 「堀の井」髙橋 良司
<ひより(宮城)>
- 「宮寒梅」合名会社寒梅酒造
<秋田酒こまち(秋田)>
- 「ゆきの美人」秋田醸造株式会社
- 「天の戸」浅舞酒造株式会社
- 「出羽鶴」出羽鶴酒造株式会社
<雪女神(山形)>
- 「白露垂珠」竹の露合資会社
<五百万石>
- 「夢心」夢心酒造株式会社(福島)
<短稈渡船>
- 「府中誉 渡舟」府中誉株式会社(茨城)
<雄町>
- 「結ゆい」結城酒造株式会社(茨城)
<愛山>
- 「始禄」中島醸造株式会社(岐阜)
以前の記事でご紹介したように、金賞を獲りにいくなら、山田錦を原料にしたアル添の大吟醸が定石でしょう。そのなかで、米の特徴を活かしながら味をじゅうぶんに乗せつつ、アル添酒に混じっても遜色のない、きれいで軽快な、そしてキレのある酒を、数ヶ月もの間フレッシュな状態で維持させるという技をもった酒蔵がいくつもありました。これが全国新酒鑑評会でいう"技術"なんですね。
現役蔵人から見ると、山田錦を使ったアル添酒で出品すれば、かなり安定して賞が狙えると感じています。味に芯があり、貯蔵期間が長くなってもダレにくいのは山田錦の強み。純米酒の強い旨味はアル添酒に混じると雑味に感じられてしまうでしょう。ですが、いかに"金賞を獲る酒になるか"という技は、杜氏のみぞ知るところ。そして、やりがいをもっとも感じる部分です。
ともあれ、金賞を獲った蔵の蔵人たちは誇らしそうで、杜氏はどこかホッとしたような顔をしていました。
(文/リンゴの魔術師)