酒蔵で眠り続けている希少な熟成酒を、アート作品と捉えて販売するオンラインギャラリー「北村酒展」。

このプロジェクトを始めたのは、醸造機器の販売やメンテナンスを行っている醸造技術商社の株式会社北村商店です。

創業110年、醸造機器卸として全国最大規模の実績を持ち、数多くの酒蔵のパートナーとして技術的な面から酒造りを支えてきた北村商店が、どのようなきっかけで日本酒の販売をはじめることになったのでしょうか。

北村商店・専務取締役の北村勇人さん

北村商店・専務取締役の北村勇人さん

熟成酒を「アート作品」と捉えるコンセプトや、新事業への展望について、株式会社北村商店・専務取締役の北村勇人さんにお話をうかがいました。

世界にひとつだけのボトルに詰められた透明な熟成酒

オンラインギャラリー「北村酒展」のウェブサイトを開くと、まずは、透明感のある美しいボトルの写真に目を奪われます。まさにアート作品を取り扱うギャラリーのようなデザインに、従来の酒販店サイトとは一味違ったものであることが感じられます。

「北村酒展」のウェブサイト

「アートに興味がある方、美しいものが好きな方、何かしらこだわってモノを選んでいるような方に訪れてもらいたい」と話す北村さんからは、既存の日本酒ファンの枠を超えた、新たな層へアプローチする意気込みが感じられます。

1作目である「AQUETHA by Tsukasabotan(アクイータ バイ ツカサボタン)」の丸みをおびたボトルは、吹きガラスでつくられたもの。東京都内に工房をもつ吹きガラス作家、貴島雄太朗さんが手掛けた、ひとつとして同じ形のない手作りの瓶です。300点限定で、箱には世界で1点だけという証のナンバリングがなされています。

AQUETHAのボトル

瓶そのものの工芸品としての価値も高く、お酒を飲み終えてからも一輪挿しとして飾りたくなるようなインテリアとしての魅力も兼ね備えています。

「アート」という文脈から、ボトルのデザインには「かなりこだわりました」という北村さん。熟成酒の色がはっきりと見えるよう透明な瓶にすることは最初の段階で決めていたものの、形状についてはかなり悩んだそうです。

「ウイスキーやジンのようなスキットル型もいいと思ったのですが、やはり熟成酒と絡めたものにしたいという思いがありました。お酒は瓶の中で対流を起こし、水とアルコールの分子の融和が進んでいきますが、まるみのある瓶の方が対流して混ざりやすいという特徴があります。それが今回、球体のボトルにしようと思った大きな理由です」

時間の経過とともに水とアルコールが融合しまろやかになっていく過程は、「AQUETHA」の核となるコンセプト。ただし、ひとつひとつ形の違う吹きガラスの瓶のため、キャップ選びには苦労があったようです。

AQUETHAのコルク

「同じ形の蓋にすることが難しかったため、必然的に柔軟性のあるコルクになりました。円すいを切り取ったような形状のコルクは、上面と下面でサイズの組み合わせが無数にあります。どのコルクが合うか、ひとつひとつ検証をして、一番いいパターンを選びました。もともと瓶やキャップなどの資材メーカーさんと付き合いがあったので、サンプルをたくさん見せてもらい、相談しながら決めることができました」

通常では難しい瓶の形状が実現できたのも、さまざまな機器や資材を扱う北村商店だからこその強みです。

AQUETHAの同梱物

そのほか、一度封を開けたあとも保存できるようにコルク栓がふたつ用意されていたり、箱に入れずに保存する人のための遮光紙や液垂れを防ぐポアラーを同梱したりと、希少な熟成酒の価値を輝かせるために、「AQUETHA」の瓶やパッケージには細かな心配りが散りばめられていました。

信頼関係をつくるために酒の成分値を公表

こだわり抜かれた外観「AQUETHA by Tsukasabotan」ですが、中身の味わいも重要です。造り手は、高知県の司牡丹酒造。浅野杜氏の意向で狙った味わいを引き出すために、マイナス5度の氷温環境で3年間寝かせました。

司牡丹酒造の浅野杜氏

司牡丹酒造の浅野杜氏

テイスティングした北村さんは、「初めて飲んだとき、なんてきれいな熟成酒だろうと驚きました。他のお酒と比べても飲み物としてのインパクトが強いですね」と自信をもってすすめます。

「吟醸酒らしい華やかさや落ち着きもあります。味はしっかりと旨味もありながら、スッとキレていきます。マグロのトロのような脂が乗った刺身と合わせるのもいい感じです」

ほかにもウェブサイトでは、たっぷりのわさびを使った和牛カルビとAQUETHAのペアリングを提案しています。

また「北村酒展」の作品ページには、「AQUETHA by Tsukasabotan」の詳しい成分表も掲載されています。

酵母は、高知酵母、きょうかい酵母(1801号)、自社培養酵母の3種類をブレンドして使用し、お米は兵庫県特A地区の山田錦を使い、精米歩合40%と45%の純米大吟醸酒を醸造後にブレンド。その他、アミノ酸やグルコースの数値、濾過の方法や火入れ回数など、日本酒にあまりなじみのない人向けの商品としては、詳細な情報が並んでいます。

北村商店・専務取締役の北村勇人さん

「まずは、第一に信頼です。酒蔵には知られているかもしれませんが、一般ユーザーからしたら、北村商店は全然知られていない会社です。そんな会社がどのようなお酒を扱っているのかわからないし、不安だと思うんです。そこで、情報を詳しく表記することが信頼性につながるだろうと考えました。

また、ビジュアルやアート性に惹かれて購入された方にとっては、このような成分表は初めて目にするものだと思います。日本酒にはこういう要素があって、どう味わいにつながっているかなど、興味を持つきっかけになることを期待して掲載することにしました」

日本酒に詳しい方であれば、成分表の数値から酒質を想像して購入されるかもしれません。美しい世界観とともに、日本酒の素晴らしさもしっかりと伝えていく試みです。

水とアルコールの融合を表す「AQUETHA (アクイータ)」

「北村酒展」のブランドの核となるクリエイティブの制作は、北村さんの親しい友人が独立して立ち上げたデザインファームを中心に、デザイナーたちとチームを組み進めていったそう。毎週のようにミーティングを重ねるなかで苦労したのが、「北村酒展」の世界観を構築する部分だったそうです。

AQUETHAのイメージ画像

「世界観づくりには、一番時間をかけたと思います。自分たちがやりたいことや伝えたいこととお客さんが興味を持つことが同じとは限りません。想いだけで買うものではないですから。そこを繋ぐためのコンセプトやデザインが必要でした」

「AQUETHA(アクイータ)」の名称を決めるのにも、多くの時間を費やしたそうです。大量に候補をあげては、ボツ案の山。チームで納得するものができあがるまで何度も話し合ったとか。

「AQUETHAは、水を表す"AQUA"とエタノールの"ETHANOL"が合わさってできた造語です。最初聞いたときは、あまりになじみのない名前で、不安もありました。

しかし、水分子とアルコール分子が融合された後の状態を化学的にとらえている点。そして、少し無機質な語感が、日本酒業界の裏側を支えている醸造機器卸が展開するブランドとしてぴったりなのではないかと思い直しました。聞きなじみのない言葉こそ、それが浸透した時に唯一無二の存在になり得ますしね」

熟成によって進む、水とアルコールの融合。それを中心に捉え、アート作品として機能するボトルやパッケージ、ロゴやWEBサイトなどクリエイティブが決まっていきました。

酒蔵には宝物のような酒が眠っている

AQUETHAのパッケージ

「AQUETHA by Tsukasabotan」の価格は、500mLのボトルで33,000円(税込)。高価格帯の日本酒として販売することは、「酒蔵さんに対するサポートの意味合いが大きい」と、北村さんは語ります。

「酒蔵さんには相場の倍以上の値段をお支払いし、クリエイティブも妥協せず、採算度外視でできることをしています。実は、このお酒だけで利益を出していくことはあまり考えていなくて、どちらかといえば、酒蔵さんが喜んでくれることや、うちのような会社がこのような新たな取り組みを通して日本酒業界に役立てることのほうが大事だと思っています」

そもそも、これまでBtoBを主軸としてビジネスをおこなってきた北村商店が、なぜ酒販業を始めることにしたのでしょうか。そのきっかけは、コロナ禍での酒蔵サポートでした。

「日本酒が飲まれなくなり、酒蔵の数も次第に減っていくなかで、北村商店として醸造機器を販売する主軸のビジネスとは別に、もうひとつの軸が欲しいと社内で以前から話し合っていたんです。醸造機器は売れると金額は大きいですが、毎年新しい設備を更新するものでもなく、年ごとの売上の浮き沈みが激しいんです。創業して110年、次の100年へつないでいくためにも、酒販というBtoCへの展開は選択肢のひとつでした」

北村商店・専務取締役の北村勇人さん

2020年初頭から始まった新型コロナウイルス感染拡大の影響で、飲食店でのお酒の提供が制限されました。もちろん、その影響は日本酒を造る酒蔵にも及びます。

「酒蔵さんの顔が真っ青で、本当に大変な様子でした。無理をしてお金の工面をされている蔵もあり、こんな状況が続けば、ここ3年のうちに立ち行かなくなる蔵がでてきてしまうのではないか。そういう危機感を感じて、2020年秋ごろからプロジェクトを本格的にスタートしたんです」

酒販事業を始めるにあたり、これまで全国のさまざまな酒蔵と深いコミュニケーションを取って信頼関係を築いてきたことは、北村商店にとっての大きな強みでした。

酒蔵を訪問し悩みや課題を聞いて回るなかで、北村さんが気づいたことのひとつは、「酒蔵には宝物のようなお酒があるのに、有効活用されていない」ということでした。

「日本酒が売れずに余っている一方で、売り時を逃している宝物のような熟成酒が酒蔵に眠っているのも何度も見てきました。酒蔵さんは、そんな希少な熟成酒を売るタイミングや値付けに迷い、どう価値をつけていいか悩んでいたんです。その上、飲食店が休業したことで日本酒が余り、酒蔵の冷蔵設備や貯蔵場所を圧迫していました。そこで、希少な熟成酒をうちでブランディングして販売するのはどうかと提案し、具体的に展開していくことになりました」

日本酒を「商品」ではなく「作品」として捉える独自のコンセプトも、自らお酒を発掘し価値づけしていくという、このような経緯から発想されたものです。

「酒販店を"ギャラリー"として、自分たちを"キュレーター"のような立ち位置に置き、さまざまな酒蔵を"アーティスト"に見立てるようなイメージです。"酒店"ではなく"酒展"という文字を使うことにしたのも、"商品"ではなく"作品"として扱うのも、このコンセプトを表現したものです」

熟成酒の持つ価値を知ってもらうために

酒蔵のサポートと北村商店の新しい事業の軸。このふたつが掛け合わさって誕生した「北村酒展」。熟成酒については、北村さん自身も以前から魅力を感じ興味を持っていたといいます。

「ワインやウイスキーの文脈でも、やはり年月を経たヴィンテージのお酒には価値があると考えられています。これまで日本酒であまり熟成が広がっていないのは、新鮮なもの、フレッシュなものをよしとする文化の影響が大きいですが、それも次第に変わってきていて、熟成した個性のあるお酒が見直され始めています。熟成酒は、冷やでも燗でもおいしく飲めるし、さまざまな食べ物とも幅広く合わせられますしね」

「AQUETHA by Tsukasabotan」は、氷温熟成された透明に近い色合いのお酒ですが、常温で貯蔵されたタイプの熟成酒はメイラード反応が進み、お酒の色が琥珀色や濃い茶色になっているものもあり、香りや味わいも幅広く個性豊かです。

「北村酒展の1作目は、まず日本酒が熟成するとまろやかな口当たりになることを知ってもらいたいので、数ある熟成酒のなかから透明度の高い氷温熟成を選びました。パーティーの場や贈答用のシーンを想定していて、日本酒を飲み慣れてない人でも受け入れられやすいと思います。

今後のラインナップとしては、色味がかかった常温熟成タイプのものも出すことも検討しています。また、酒質に合わせてボトルの素材や形状も変えていく予定です。北村酒展で熟成酒を知ってくれたユーザーが、もっと幅広い熟成酒の世界にハマってくれたらうれしいですね」

北村商店・専務取締役の北村勇人さん

北村さんは、「北村酒展」の今後の展開について語ります。

「日本国内では、これから先、日本酒を飲む人が確実に減っていきます。そうなったときに、やはり日本酒業界の売上をキープするためにも商品の単価を上げていくことが重要です。

なかでも、熟成酒に対しても価値を感じてもらいつつ単価をあげていくことは、日本酒業界が今後やっていくべきことだと思っています。北村酒展の取り扱う熟成酒が、そんな流れを後押しできる存在になれたらとうれしいですね」

アート的、工芸品的な美しさをフックとして、熟成酒の魅力やその価値を国内外に伝えるプロジェクト「北村酒展」。その背景には、長年、酒蔵と培ってきた信頼関係と醸造機器商社としての実績がありました。

(取材・文:橋村望/編集:SAKETIMES)

◎商品情報

  • 商品名:北村酒展「AQUETHA by Tsukasabotan」
  • 製造蔵:司牡丹酒造(高知県)
  • 精米歩合:45%(40%と45%を醸造後ブレンド)
  • アルコール度数:16.2%
  • 使用品種:山田錦(兵庫特A地区)
  • 使用酵母:高知酵母、協会1801、自社培養熊本酵母
  • 内容量:500mL
  • 価格:33,000円(税込、送料別)
  • 販売サイト:北村酒展

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