「可能性の見本市」をキーワードに、日本酒の新しい価値を提案しようとする人にフォーカスする連載「SAKEの時代を生きる」。今回は、2021年、秋田県男鹿(おが)市に「稲とアガベ醸造所」をオープンした経営者・岡住修兵さんを紹介します。

清酒製造免許の新規発行が原則認められていないなかで、「その他の醸造酒免許」と「輸出用清酒製造免許」を活用し、規制ある業界に立ち向かう岡住さん。彼の描く日本酒の未来と、酒造りを通した男鹿のまちづくりについてお話をうかがいました。

「自分の酒蔵をつくる」という夢

20代のころ、生きる道を考えるなかで、「日本酒に関わり続けて生きていこう」と決めた岡住さん。

その理由は「お酒を飲むのが好きだったから」とシンプルですが、​​神戸大学経営学部で経営者としてのあり方を学んだうえで、いずれは日本酒に関する事業を立ち上げようと模索を始めます。

稲とアガベ 代表の岡住修兵さん

稲とアガベ 代表の岡住修兵さん

「まずは酒造りの知識を身につける必要があると思い、秋田県の新政酒造で働き始めました。どんな事業をするにしても、酒造りを理解することがすべてのベースになると思ったからです。実際に造りに携わってみて、自分がどのポジションに向いているのかを見てみようと考えました」

4年半にわたる新政酒造時代。製麴担当として若手蔵人のなかで実力を発揮し、「起業するつもりだったけれど、ここで杜氏としてキャリアアップする道もあるのかもしれない」と考えたこともあるといいます。

その道は選ばなかったものの、職人としての酒造りに目覚めた岡住さんは、「自分の酒蔵をつくる」という目標を掲げました。

「そのころは、ちょうどWAKAZEが三軒茶屋に醸造所を立ち上げたくらいのタイミングで、稲川(代表取締役CEO)からフランスに酒蔵を建設する計画を聞きました。僕も経営学を学んでいたので、ベンチャーが3,000万円を調達するというのがどれだけすごいことなのか、よくわかります。新政でいっしょに働いていた今井(取締役CTO/杜氏)も、自分の城があることで成長していました。同い年なので、正直、悔しかったですね」

1988年生まれの同級生ふたりの躍進に刺激を受けた岡住さんは、「WAKAZEが日本酒を世界酒にするなら、自分は国内の現状を変えよう」と奮起。3年後に酒蔵を建設することを決め、次のステップとして、関心があった自然栽培を学ぶために秋田県大潟村で農業の修行を始めます。

さらに、2020年冬には販売の実績を作るために親交のあった群馬県・土田酒造に醸造を委託し、「稲とアガベ Prototype」をリリースしました。

「稲とアガベ prototype01」

「稲とアガベ prototype 01」

その半年後の2020年6月には、岡住さんは自身の事業計画と並行して、東京都・蔵前にオープンしたどぶろく醸造所・木花之醸造所の醸造長に就任します。これは、古くからの知人だった木花之醸造所の創業者・細井洋佑さんから依頼されてのことでした。

観光に訪れる人々が、その場でできたてのどぶろくを楽しめる木花之醸造所。コンパクトながら酒造りのすべての工程に携わることができることから、若い醸造家たちの修行の場としての役割も果たしています。

「自分の酒蔵をつくる予定があったので、『1年限定で、自分の事業を進めながら』という条件で引き受けました。木花之醸造所はスペースがかなり限られていることに加えて、東京の水道水を使って仕込まなければならないので、造りの工夫の仕方を学びましたね。どんな場所でもお酒を造るのが杜氏の仕事。現在につながるたくさんの人との出会いもあったので、引き受けてよかったと思っています」

「稲とアガベ」醸造所

「稲とアガベ醸造所」

東京と秋田を行き来し、木花之醸造所での酒造りと並行して事業計画を進めた結果、2021年5月には日本政策金融公庫と秋田銀行から2億円を超える融資を獲得。木花之醸造所の醸造長の引き継ぎを済ませ、同年11月、JR男鹿駅の旧駅舎跡地に念願の「稲とアガベ醸造所」をオープンしました。

酒造りを通じて、制度の壁に挑む

岡住さんが「現状を変えたい」と考える課題のひとつに、現在の日本では、清酒製造免許の新規発行が原則認められていないという事実があります。すでに免許を持っている酒蔵から譲り受ける機会がなければ、新たに酒蔵を立ち上げることは基本的に難しいのです。

話をする稲とアガベ 代表の岡住修兵さん

「現在の日本酒業界では、蔵元ではない造り手がキャリアパスを描くことは困難です。杜氏は高齢になっても続けられる仕事ですし、酒蔵の数は年々減り続けている。若い蔵人はキャリアアップする道が少なく、数年で辞めてしまうことも多いんです。

酒蔵を残すことが目的なら、新規参入は禁止すべきかもしれません。ただ、日本酒を残すことが目的なら、新しい酒蔵は必要です。日本酒を造りたいという情熱を持つ人間が独立して自分の蔵を持てるようになれば、既存の蔵も切磋琢磨して技術を磨き、業界全体が良くなっていくはずなんです」

稲とアガベ醸造所は、新規での取得が可能な「その他の醸造酒免許」と、2020年度の法改正により新たに交付が認められた「輸出用清酒製造免許」を取得しています。

「その他の醸造酒免許」では、木花之醸造所時代と同様にどぶろくを造るほか、清酒製造免許では造れない全麹酒(麹米のみで造ったお酒)や、副原料としてテキーラの原料であるリュウゼツランから採れるアガベシロップを添加したお酒を造っています。

アガベシロップを使った「稲とアガベ CRAFT  ササニシキ 01 火入れ」

アガベシロップを使った「稲とアガベ CRAFT  ササニシキ 01 火入れ」

このアガベシロップを添加したお酒について、岡住さんは「『稲とアガベ』という名前はテキーラが好きな妻にあやかって付けたのですが、偶然にも実際の商品につながりました」と話を続けます。

「留仕込みの段階でアガベシロップを加えるのですが、糖分なので酵母がアルコールに変えてしまい、味にはほとんど影響がないんです。でも、副原料を添加しているため、法律上は『清酒』ではなく『その他の醸造酒』となり、お咎めを受けることはない。ほとんど日本酒と同じなのに日本酒とは呼べない、現行制度に疑問を呈するようなお酒です」

さらに、海外輸出用のみという条件付きで新規発行が許可された「輸出用清酒製造免許」。日本酒が造れるようになるとはいえ、海外市場をターゲットにしなければならないというハードルがあるのも事実です。

ところが、岡住さんは「日本酒を造れることに変わりはない」と晴れやかな顔で話を続けます。

「商業ベースに乗せることはあまり期待していません。現在考えているのは、ターゲットを絞って、信頼できる輸出業者と組み、集中的なマーケティングを行うこと。海外で話題づくりができれば、日本国内でも『秋田で造っているお酒なのに、なぜ私たちは飲めないの?』という反応が生まれ、現行制度に対する議論のきっかけになるかもしれないと思っています」

"自然が生み出した米"で醸す酒

製麴

稲とアガベ醸造所では、食用米と同じ精米歩合90%の自然栽培米のみを使用しています。岡住さんが自然栽培に出会ったのは新政酒造で働いていたころ。植物の生態学を研究する弘前大学・杉山修一教授の講演を聞いたときのことでした。

「杉山先生は『自然に生えている草木とは違い、人に育てられた植物は肥料によって窒素過多になっているため、病気や虫を引き寄せてしまう』と話していました。僕はもともとオーガニック志向のようなものは持っていませんでしたが、『農薬とは、人間が作り出した不自然な状況をなんとかするために生まれたものだ』と聞いて、自然栽培に興味が湧いたんです。

お米は肥料を与えないとタンパク質の含有量が低下しますが、酒造りにとっては少ないほうがいい。お米が割れにくくなり、雑味も出にくくなるからです。自然栽培米を使うことがブランドの価値にもなり、農家さんや蔵人たちにより利益を還元できるのではないかと考え、チャレンジしてみたいと思うようになりました」

こうして自然栽培を学ぶことを決めた岡住さんですが、100%自然栽培米の酒造りが実現するのはずっと先のことだと考えていたといいます。ところが、そんな岡住さんにふたつの転機が訪れました。

ひとつは、修行先である秋田県大潟村の石山農産でのこと。オーナーを務める石山範夫さんは、日本で最初に有機JAS認証を受けた自然栽培の第一人者です。

その石山さんが育てた自然栽培のササニシキを購入できることになったのです。

「石山さんは『農業は作る能力と同じくらい売る能力が必要だ』とおっしゃっていました。そうしたら、『お前は作る能力はないが、売る能力はある。だから俺が作った米で酒造りをすればいい』と言われて(笑)。創業時はやることがたくさんありますし、自分で育てられるようになるまでには時間がかかるだろうから、確かにその通りかもしれないと思ったんです」

話をする岡住さん

もうひとつは、知り合いの農家の安井径さんから、「自然栽培米の田んぼを増やしたい」と相談を受けたこと。

「岡住くんが醸造所をやるならお米を買ってくれないか」という安井さんの提案に、岡住さんは「いっしょに農業をやりましょう」と返答。安井さんを雇用したことで、認定農業者として認められた稲とアガベ醸造所は、「スーパーL資金」という日本政策金融公庫の農業系融資を受けることが可能になり、この巨額の融資が決定したことが醸造所オープンの近道となりました。

「100%自然栽培米」かつ「精米歩合90%」という、お米を最大限に活かした前例のない酒造り。しかし、岡住さんは「ほかに強いこだわりはない」と話します。

「自然栽培や低精白へのこだわりはブランド価値につながり、マーケットを広げていくと考えています。でも、基本的に職人というのは『これじゃないとできない』ではなく『どんな場所でもどんなものでもよいものを造れる』だと思っています」

米作りの様子

稲とアガベ醸造所のコンセプトは「男鹿の風土を醸す」。「土」「風」「雷」「星」という男鹿をイメージさせる4つのキーワードをテーマに、4タイプの商品を展開する予定です。

「古来から『風土』という言葉がありますが、風と土はその土地を表すものです。縄文時代の土面をラベルにあしらった『土』シリーズは、古来の酒であるどぶろく。男鹿には寒風山という山があり、風が強いことで有名なんですが、『風』シリーズでは"新しい風を吹かせる"という意味を込めてクラフトSAKEを造ります。

『雷』シリーズは、業界にインパクトを与える実験酒です。秋田から男鹿へ向かう海岸線をドライブしていると、水平線の向こうに稲光が見えることが多く、『男鹿に来たな』と思わされます。

『星』シリーズは、海外輸出用清酒と委託醸造清酒です。男鹿半島は古くから船乗りにとっての道標であり、星と同じ役割を果たしてきました。輸出用清酒と委託醸造清酒は、僕にとってこれからの行き先を示す道標であり、国内向けに日本酒を造ることが目指すべき到達地点です」

秋田県・男鹿で雇用を生む

岡住さんが事業を立ち上げるうえで、「日本酒の現状を変える」ことと同等に大きな軸としているのが、「雇用を創出する起業家になる」ということ。学生時代にアメリカのアントレプレナーシップ(起業家精神)の教科書を読み、起業家の意義は雇用の創出を通じた社会貢献であることを学んだといいます。

新政酒造に勤め、秋田で生き生きと暮らすなかで、生きる喜びを与えてくれたこの地に恩返しをしたいと考えるようになった岡住さん。「酒蔵をつくる」という夢と「過疎化が進む秋田で雇用を創出する」というアイディアが結びつくまで、そう時間はかかりませんでした。

問題は、秋田のどこに蔵を構えるのか。悩む岡住さんに、地元の知人や友人は「男鹿しかない」と声をそろえました。

男鹿の田園風景

©oganavi

「男鹿は年間250万人が訪れる観光地なのですが、特段お金を落とすような場所がないので、ドライブだけして帰ってしまう人がほとんど。観光業が栄えていた時代もありましたが、交通の便がよくなり、市街地から日帰りで行けるようになったおかげで、男鹿に滞在する人はどんどん減っていきました。『海の幸にも山の幸にも恵まれた半島なのにもったいない』というのが、秋田県民の共通認識なんです」

男鹿に住む友人に相談し、市役所職員の池田徹也さんに話を通してもらったところ、すぐに「ぜひ来てけれ」と熱いメッセージが届きます。空きスペースや水源の情報をまとめた分厚い資料を作り、男鹿を熱心に案内してくれる池田さんに、岡住さんも「ここまで親身になってくれる人がいるなら男鹿に決めよう」とすぐさま決断を下しました。

「酒蔵をつくりたい」という若者の登場に、はじめは地元の方々も半信半疑だったそう。しかし、岡住さんの「僕たちが死んだあとの男鹿をつくりましょう」という訴えに心を動かされる人は次第に増えていきました。

現在は、県内の出身者を中心に8人を雇用。そのうちふたりはイタリアンとフレンチのシェフで、醸造所に併設されたレストラン「土と風」にて地元の素材を使った料理を提供しています。

「レストラン 土と風」の内観

「レストラン 土と風」

さらに、男鹿にオーベルジュ(郷土料理を提供するレストラン付きホテル)をつくるプロジェクトも進めるなど、多くの人を巻き込んでいます。

「これからの秋田にとって、秋田を象徴するようなホテルをつくることが重要です。県内には、『ここに泊まるためだけに秋田へ行きたい』と思えるような宿泊施設がまだありません。酒蔵ならではの食事でおもてなしをすることで、世界中の人々が秋田に来たくなるようなオーベルジュをつくりたいと思っています」

ほかにも、男鹿を行政特区とし、区域で実験的に清酒製造免許の新規申請を可能にする「日本酒シティ構想」を進めるなど、岡住さんのチャレンジはこれだけにとどまりません。

「男鹿市役所の池田さんが内閣府に構想を伝えたり、男鹿以外のいくつかの自治体からも問い合わせが来たりと、まだ構想段階ではありますが、少しずつ話が進んでいます。もし実現したら、空き家を利用した小さな醸造所を増やすことで、ますます雇用が生まれるはずです」

岡住修兵さん

2021年11月、稲とアガベ醸造所では、お酒の販売や併設レストランの営業がいよいよスタートしました。情熱にあふれた人たちが国内で日本酒を造ることができる未来を目指す岡住さん。その遥かなる航海は、これからも続いていきます。

(取材・文:Saki Kimura/編集:SAKETIMES)

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