2021年12月、現役大学生で株式会社Omomukiの代表取締役CEOを務める松家優(まつや すぐる)さんが、日本酒の新しいブランド「Whitedrop」を発表しました。
2000年生まれで21歳の松家さんは、なぜ、日本の伝統産業である日本酒の業界で新ブランドを立ち上げる決意をしたのでしょうか。「Whitedrop」に込めた想いとともに、松家さんが日本酒に見出した可能性について聞きました。
高校時代から持ち続けた、起業の夢
高校生のとき、Appleの創業者であるスティーブ・ジョブズの伝記を読み、起業家になることを志したという松家さん。
「圧倒的なプロダクトを生み出し、社会にポジティブな影響を与えたい」。そんな想いを胸に、秋田県の国際教養大学で学生生活を送るなかで、日本の伝統産業であり、秋田県の名産品でもある日本酒に出会いました。
「人生の目標として、自分が死ぬときに『日本に生まれて良かった』と思えるような状況をつくりたいという思いがあります。僕と同じ世代の方々を見ていると、日本のことが好きなんだけど、手放しに『好き』と言い切れないひとが多いような気がしています。
一方で、世界に認められるポテンシャルを持った伝統産業は日本に数多くあります。その魅力が世界中から認められれば、若い世代も日本に誇りを持てるようになるんじゃないかと思ったんです」
グローバルな観点から見て、大きな可能性を持つ日本の伝統産業。そのなかでも、世界からの注目が高まっている日本酒にビジネスの可能性を見出した松家さんは、20歳になってすぐに「唎酒師」の資格を取得し、株式会社Clearの運営する日本酒のラグジュアリーブランド「SAKE HUNDRED」のインターンに応募します。
実社会で仕事をする経験と並行して、人生を賭けて取り組むべき事業とは何かを模索し続けた松家さん。Clearの代表取締役CEOである生駒龍史さんには主に起業家としての在り方を、取締役の御林洋志さんには事業に関するアイデアを何度も相談し、アドバイスを受けたといいます。
起業を思い立った高校時代は「早ければ早いほうが良いと思っていた」と話す松家さんですが、インターンを通して社会経験を積むなかで、一時は企業に就職する道も考えたそうです。しかし、資金調達を含めたさまざまな好条件が重なった結果、2021年1月、株式会社Omomukiを設立しました。
「株主の方に事業計画について話してから、資金調達のための本格的なプレゼンテーションまでに1ヶ月の時間があったのですが、後から聞いた話だと、成長の角度を評価されたと聞きました。『1ヶ月でここまで進捗が出せるなら、投資したらもっと伸びるはず』と思ってもらえたそうです。学生は実績がないので、短期間でどれだけ成長できるかがもっとも重要な評価点になるようです。
事業のアイデアが固まり、どんなプロダクトを出して、どんなふうに集客すれば持続的な利益が出るのかという感触が具体化されてきました。資金調達に目処がつき、さまざまな条件が揃ったので、いまこそ起業すべきだと感じたんです」
株式会社Omomukiのミッションは、「世の中に顕在化していない日本の伝統産業の価値を最大化し、社会に届け切る」こと。社員は現在は松家さんのみ。株主であるベンチャーキャピタルや個人投資家とのコミュニケーションを通してアイデアを磨きながら、実働の部分は外部にも協力してもらい運営しています。
現代の日本人の価値観に寄り添う
株式会社Omomukiの手がける日本酒ブランド「Whitedrop」。「あなたに、余白を。」というコピーとともにリリースされたこの商品を、松家さんは「現代の価値観にフィットする」という狙いで生み出したと話します。
「日本国内では、日本酒を含むアルコールの消費量がどんどん下がっている一方で、購入単価は上がっているというデータがあります。さらに、定性的なデータを集めるなかで、毎日晩酌している人は少ないですが、週に一度、おいしいお酒を飲む人や、月に一度、贅沢なお酒を買う人はある程度いることがわかりました」
そんな現代人の飲酒体験をもとに生まれたのが、「余白」というテーマ。このテーマ設定は、松家さん自身の日本酒体験ももとになっているといいます。
「僕が日本酒を飲んでいるときは、頭で考えるというより直感的に楽しんでいるんです。お酒を飲むときに、味わいを分析したりする人はそんなに多くない。直感的に興奮して、頭を使わなくても楽しめるほうが、世の中には伝わりやすいと思ったんです。
日本酒のブランドを立ち上げるときに、『そもそも、お酒ってどうして社会に必要なんだろう?』と改めて考えてみました。現代はアルコール以外にもいろいろな嗜好品があって、お酒がなくても幸せに生きることができる。そのなかで、お酒だけが持つ唯一無二の価値とは、忙しい日々の生活のなかで気持ちを落ち着かせ、心の中に余白を作る機能だと思ったんです。
日本には『間(ま)』という空白を大切にする文化がありますし、伝統的なコンセプトとしての基準もクリアしていると思って、このテーマを採用しました」
お酒を飲んだ人の心のなかに雫が滴り、波紋として広がりながら、余白が生まれていく。「Whitedrop」というブランド名は、そうしたイメージで付けられたそうです。
375mLで12,450円(税込)という価格が参照するのは、ギフト市場。年に一度や数ヶ月に一度の特別な日に、自分へのご褒美や大切な人へのプレゼントとして贈られるブランドを目指しています。
「ふだんから日本酒を飲まない人にとって、四合瓶を開け切るのはハードルが高く、冷蔵庫のスペースも取ってしまいます。375mLの小さなボトルにすれば視覚的にも美しいので、あえて四合瓶にする必要はないと考えました。
日本酒のラグジュアリーブランドであるSAKE HUNDREDがグッチやエルメスだとしたら、WhitedropはコスメブランドのAesop(イソップ)やDiptyque(ディプティック)のようなイメージです。現代を生きる人々の価値観に寄りそう飲酒体験をつくりたいと思っています」
デジタルマーケティングを活用して、新たな市場を切り拓く
2021年12月に開始した第1弾商品の先行予約はすぐさま完売に。今後は、同商品をブラッシュアップしながら、ギフト需要ごとに適切な価格帯のセットを販売していく予定だといいます。
「いま動いているのは、Whitedrop専用の高級グラスとのセット商品です。適切な酒器があるかないかで日本酒の飲酒体験は180度変わるので、『これさえあれば最高の日本酒体験が完成する』というような究極の酒器を作りたいと思っています」
日本酒ブランドはあくまでも事業のひとつであり、会社のミッションは「日本の伝統産業を新しく再定義することで社会に価値を提供する」こと。酒器の開発は、まさにその表明ともいえる取り組みです。
そのほか、現在はECのみで展開していますが、Whitedropのブランドコンセプトを伝えるバーをオープンするなど、オフラインの展開も考えているのだそう。
「日本酒業界はECの分野に関しては未発達で、実店舗の酒販店でやっていることを、そのままインターネット上に移しただけのようなところが多くあります。
酒販店などのリアルな場での販売では、お客様はすでに酒販店へ行くことが習慣化されている方が中心になりますが、属性別に細かくターゲティングできるSNS広告やWeb広告を最大限活用すれば、商品の価値を深く理解していただける新しいお客様から認知を獲得することができます。
Whitedropは、いまの商品を飲食店や酒販店の実店舗に卸すつもりはなく、飲食店向け、酒販店向けには別のプロダクトをつくる必要があります。たとえば、バーなどのお店を開くとしても、それはあくまでも認知を獲得するためのものであり、マネタイズとは切り離して考えています」
松家さんは、インターネットの活用が不十分な日本酒業界の現状を"可能性"としてとらえ、ネットとリアルに別々の戦略で挑みます。
「デジタルマーケティングの手法を活用すれば、ユーザーのひとりひとりがどのような行動をしているのかをデータとして見ることができます。それをもとに仮説を立てて検証するだけで、日本酒市場はガラッと変わるはずなんです」
ブランド事業には、コンセプトや世界観にこだわった結果が実際の成果には結びつかないリスクもあることをシビアに受け止める松家さん。しかし、現在のプロダクトで数百億円の年商を上げたいと目標は高く設定しています。
「Whitedropの商品が売れ続ける状態をつくり、その利益を酒蔵や酒米農家の方々に還元・投資し、さらに大きなサイクルを生み出す。うまく循環すれば、日本の伝統産業にどんどん投資できるようになるんです。世界観やコンセプトも大切ですが、まずは価値を確実に届けられる状態をつくること。そのうえでブランドをつくってこそ、一流の事業になるのだと思っています」
伝統産業である日本酒の新しい魅力を世界に発信すべく走り出した松家さん。現代人の価値観にぴったりと寄りそう"心の余白"を感じられるブランド「Whitedrop」を手に、日本酒の未来の新しい1ページを彩ります。
(取材・文:Saki Kimura/編集:SAKETIMES)