TPPなど、市場環境の劇的な変化が起こりつつある日本の農業・農作物ですが、日本酒の原料でもあるお米はその代表格とも言えます。
日本の農産物の最重要品目である米、そして最も付加価値の高い米加工品である日本酒。そんな日本の農業と食文化の課題点を解決し、海外市場拡大に努める企業があります。その名もアグリホールディングス株式会社です。
今回は、アグリホールディングス株式会社代表取締役前田一成さんにインタビューしました。
今ある農業・食・健康の課題解決のために
アグリホールディングス株式会社
「アグリホールディングス株式会社の主な事業内容としては、
・日本の農業の6次化、農産物の輸出、海外マーケット開拓
・世界における日本酒のマーケット開拓・創造
・シンガポールでのおにぎり製造・販売事業
・健康・食・農業に関する事業
日本酒に関しては以前も取材していただいた子会社のミライシュハン株式会社にて事業を進めているわけですが、海外はシンガポールを第1の拠点として、日本酒の海外マーケット開拓を進めています。
「日本米と日本酒の輸出、海外展開行うため、まずシンガポールでのおにぎり製造・販売事業のSAMURICE(サムライス)を開始しました。「アジアから世界へ、世界一のおにぎり屋になる」ことを目指し、昨年7月7日にシンガポール初のおにぎり専門店として、Raffles Placeに1号店をオープンしました。シンガポール在住日本人を中心に、ローカルのシンガポール人、欧米人にも着実にファン層を広げ、今年5月に2号店もオープンしました。
SAMURICEは、「おにぎりを通して、日本の米のおいしさを世界へ伝え、日本の米をはじめとした農産物と加工食品の輸出拡大に貢献する」ことをミッションとしており、国が目標として掲げているコメ及びコメ関連食品の輸出目標額の2013年実績の150億円から2020年600億円への拡大の一翼を担い、TPPが締結されたいま、日本の農業のグローバル競争にいち早く貢献していきたいと考えています。
シンガポール随一のビジネス街Raffles Placeにある1号店は、ビジネスマン向けの店舗でしたが、2号店のあるNovena地域は、ローカルに加えて近隣に日本人ファミリーが多く住み、また富裕層の多いOrchardエリアも近いため、店舗販売に加えてデリバリー拠点としての機能を強化していきます。
シンガポールでは、展示会・国際会議・ランチミーティングなどのビジネスシーンから、日本人コミュニティでの定期的なスポーツイベント、バーベキューパーティ、子供の誕生会などのプライベートシーンまで、日々、たくさんのイベントが行われています。おにぎり・弁当・パーティフードなど和食のデリバリー需要が高く、SAMURICEでも、大きなイベントでは数百人規模の受注も受けています。
夜は日本酒バーとして営業していることもあり、10月1日の「日本酒の日」に合わせて、SAMURICE Novena店では日本酒の販売を開始いたしました。
シンガポール内のレストラン50店舗が連携して開催される「KANPAI SAKE in Singapore」にSAMURICEも参加し、乾杯の日本酒1杯目を無料でご提供させていただきました。
乾杯用としてご用意させていただいたお酒は、シンガポール初登場の瀬古酒造(滋賀県)の「忍者」です。濃厚でフレッシュな香りと、どっしりとした飲みごたえのある味わいです。SAMURAIがNINJAを連れてきたと覚えていただきやすい、マーケットの成熟度によりますが覚えやすさ、頼みやすさは大変重要なファクターだと考えています。シンガポールでの日本酒の卸売りも開始しましたが、忍者の他にも、本田商店(兵庫県)のドラゴン、天鷹酒造(栃木県)のオーガニック日本酒、自社(ミライシュハン株式会社)のオリジナルブランド日本酒「桜咲け!」SAKURA SAKEなど、飲食店でメニューに並んだときに、思わずお客様が頼んでしまいそうな日本酒のラインナップを揃えています。
米の付加価値が最も高まるのは日本酒だと考えていて、日本酒を広げることで、日本の農業を支えていきたいと考えています。一方で、農業における研究やビジネスシーズの事業化を行う日本及び海外の農家・研究者、現地資本や投資家とともに、農地・アグリビジネスの開発も行っています。
農産物や日本の食文化等を、より付加価値の高い、そしてスケーラビリティのある出口づくりを行うために、農産物の生産と付加価値の高いブランド形成を一体となって行っていて、それをグローバル・ダイレクトチェーンと呼び、その構築を進めています。
マーケットのゴールは消費者のもとにその商品が届くことですが、作り手の方達は、どんな消費者がそれを受け取ったかを知らないケースが多いと思います。「つくる・卸す・売る」を一貫して行うグローバル・ダイレクトチェーンという流れでは、マーケットの状態を可視化することができます。そうすることで、海外の消費者のニーズも作り手が確認しやすいですし、無駄のないよりよい商品提供が可能になります。
さまざまな角度からの日本酒の認知作り
「日本美食狂人という香港のウェブサイトで日本酒のマリアージュを広めるライターをやらせてもらっています。中国には2011年〜2013年まで滞在していましたし、今もシンガポールで仕事をしていますので、中華圏のマーケットの可能性を非常に感じています。中華圏では、人とのつながりも多いですし、いま消費者に求められているものはなにかといったマーケットの肌感覚があります。
記事内で「ごてんや」の「お燗とマリアージュ」(※)について紹介した際には、日本酒の多様性に驚かれました。香港にかぎらず、アジアのマーケットでは、まだ古い日本酒がプレースメントされているお店が多いんです。日本食だけでなく、たとえば中華に古酒、フレンチに食前酒・食中酒・食後酒で合わせを変えて楽しめるということを日本酒のマリアージュとして伝えて、料理との組み合わせでいくらでも日本酒の味わいは広がるということを伝えたい。
結果として日本食以外のお店で日本酒が飲まれることを一般的にし、日本酒のマーケット拡大を次のフェーズに持っていきたいと考えています。
また、国内での事業として、京都のフリーペーパー協会さんと共同で、日本酒で世界からのお客様をおもてなしすることをコンセプトとした、外国人観光客に向けた案内所兼日本酒バー「釀 -Jo- Social Sake Bar」を、京都・先斗町にオープンいたしました。こちらは、海外の方々からの京都のナイトライフが楽しめていないという声を基にお店作りを行っています。
既に京都は外国人観光客が多いですが、先斗町はもっと外国人が来る街にできる、スペインのサンセバスチャンのバルみたいな楽しみ方をしてもらえる街にしていけたら最高です。
他にも経済産業省の事業で「道産酒ストーリー事業(運営:JTB北海道)」にて委員も務めさせていただき、道産酒、道産品のマーケット拡大とインバウンドにつなげるためのブランディングを進めています。北海道は海も山も食材は素晴らしいから、バカンスのバレンシアのようにもっと一流のシェフが集まる場所にしたい。
このように、日本酒は新たな食文化づくり、街づくり、地域づくりとともに新たなお客様を呼び込み、世界中にファンを形成していくことが大事だと考えています。
※記事:燗酒の魔術師、香港に現わる【前編】/燗酒の魔術師、香港に現わる【後編:燗酒とマリアージュ】
海外生活で見えてきたもの–「よそ者経験からの新しいモデル作り」
「20代はまったく違う畑のIT企業で役員を務めていました。ベンチャー企業の立ち上げ、スタートアップへの投資などに携わっていましたが、2013年に最後の勤務地のあった中国から日本に戻ってきました。
海外にいると見えてくる日本の良さがあります。直接的に日本の文化を海外の方から褒められることもありましたし、もちろん自分自身でも、他文化のなかにいて、その良さを実感する場面が多々ありました。いつからか、もっと日本の良さを知ってほしい、日本のいいものを持ってまた海外に出たい、そう強く思うようになりました。そして、自分のライフワークともなるような、長く続けていける仕事をしたいと考えていたんです。
そんな時に、ちょうど、日本の農業と日本酒の産業の課題点が目に留まりました。日本酒の消費量の減退に波及を受けての経営破綻や、跡取り不足で酒蔵がどんどん潰れていき、農業は作り手の方々の高齢化により耕作放棄地が増加していくといった状況です。
米も酒も1000年、2000年という長い歴史があり、次の時代にもこの米や酒といった日本の良さを伝えていかなければならないと思いました。一方で今のままでは産業として残すことは難しい、ただ守るのではなくて進歩・前進の中で世界に誇れる産業として残さなければならない、そう思っています。
僕は、日本の米の価値が最も発揮されるのは日本酒だと思っています。日本酒を広げることで、日本の農業を支えていく、そういったモデル作りを行っていきたいですね。」
海外への流通構造をスマイルカーブへ
「国内も海外も酒蔵が消費者・マーケットに関われる構造作りをしていきたいと考えています。それは必ずしも中間が必要ないということではなく、各国の消費者の感覚が伝聞調ではなくダイレクトに伝わるような構造はつくれないものか、酒蔵とともに海外でのマーケティングやブランディングを考えられるモデルをつくっていきたいですね。
「御社の酒蔵のお酒は、高級酒として酒造りを行い、価格は高いけれどもブランドに惜しみなく投資していきますか、それとも消費者にフレンドリーな商品をつくりまずマーケットを広げますか?」と、価格設定の話はあくまで一例ですが、そういう部分を酒蔵さんと作戦を練っていきたいと考えています。
今も各酒蔵さん、流通さんが行っているかと思いますが、はっきりとメッセージが伝わっていくと日本酒のマーケットが消費者から見てもっと楽しくなると思っています。なにせ全国に5万種類もあると言われているわけですから。
純粋に消費者の立場として見ると、海外での日本酒の最終売価はもっと工夫できるのではないかと思います。現在の売価は日本酒の高級方向のブランディングとしては良いと思いますが、日本酒を気軽に楽しんでいただくには高すぎますよね。普及する価格をつくれていないのが現状です。どうしても「生産者→流通→販売」というマーケット構造のなかで真ん中の価格決定力が強く、山型になっています。
これを生産者と販売者が消費者・マーケットを考えながら酒造りを行い、販売を行うことで様々なミスマッチも減る、結果的に流通量も増えて中間の流通も潤うという構造。この両端を先に考える「スマイルカーブ」が今後のマーケット拡大のカギになると思います。ブランド投資や価格政策にもっと多くの酒蔵さんが関わることができたら考え方は大きく変わりそうです。
僕らも日本酒の輸出額が今後100億円から1000億円まで拡大する一助になれればと思っています。そのためには和食以外に限らず、いろんなシーンで日本酒が飲まれるようになることが必須だと考えています。
当面の目標としては、
1, 生産・流通・販売が一体となってマーケットを10倍にするためのスマイルカーブを作りたい。
2, 日本食以外のマーケットを開拓していく
3, 酒蔵がブランドや生産へ再投資できるようサポートする
これらを同時進行的に行いながら、まずはアジア圏のマーケットでシェアを獲得していきたいです。まずはシンガポールを拠点に、マレーシア、フィリピン、中国など様々な国にチャレンジしていきたいと考えています。」
SAKETIMES読者にひとこと
「日本酒は、すごく豊かな飲み物だと思っています。他のお酒に比べても製法の手が込んでいますし、また近年酒蔵さんは新しい日本酒をつくろうと面白い取り組み、面白い日本酒が沢山現れていて、それだけでも飽きません。
酒蔵に行けば酒蔵ごとの気候、風土、ストーリー、歴史があり、その土地での食文化を感じることができます。海外の方も新たな文化的発見があるし、僕ら日本人であれば一層深く知ることができます。
読書のように想像の翼を広げ、日本酒を通じて日本の豊かさを感じてもらえたらと思います。そして我々日本人が日本と日本酒の良さを知っているからこそ、外へ伝えていけるのだと思っています。皆様と一緒に新たな日本酒のステージを盛り上げていけたら嬉しく思います。」
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