日本酒の飲用シーンを広げてさらに幅広いユーザーへ届けるため、多くの酒蔵が"日本酒の新たな価値"の創出に日々奮闘しています。
京都伏見の老舗酒造メーカー・月桂冠もそのひとつ。2019年3月に、日本酒の新たな楽しみ方を提案する「THE SHOT」を発売しました。
片手に収まるサイズのボトル、開閉の自由なキャップ、参考小売価格250円という手軽さ。ふだん日本酒を飲む機会の少ない人でも手に取りたくなるスタイリッシュなデザインも印象的です。
独特の存在感を放つ「THE SHOT」は、どのように誕生したのでしょうか。商品開発の中心人物である、マーケティング課の伊藤慎也さんに話をうかがいました。
社会の中心を担う40代に、あらためて日本酒の魅力を
入社10年目の伊藤さん。市場や顧客のリサーチを行い、商品の企画から販売までを広く担当するマーケティング課に在籍しています。これまでさまざまな商品に携わってきましたが、メインで担当するのは「THE SHOT」が初めてだそうです。
「日本酒のメイン顧客層は60〜70代。特に月桂冠のようなナショナルブランドはその傾向が顕著です」と伊藤さん。新商品の開発にあたって、さらに若い世代の消費者にも日本酒の楽しさを知ってもらうという大きなテーマがありました。
そこで「THE SHOT」がメインターゲットとしたのは40代の男女。20代の若い層にアプローチする商品も多いなか、なぜ40代を中心とする世代に的を絞ったのでしょうか。
「20代をターゲットにする選択肢もありましたが、地に足をつけて考えようということになりました。社会の中心を担っている働きざかりの40代に日本酒の良さを改めて認識してほしいと考えたんです」
新商品の開発は、まず容器を決めるところから始まりました。想定したのは、自宅で毎日飲むようなヘビーユーザーではなく、「少しだけでも美味しいお酒を楽しみたい」というミドルからライトユーザー。容量は180mlに設定しました。
「一般的に、一合サイズの商品はカップ酒が中心です。ただ、お客様からは『カップ酒はハードルが高い』という声がありました。お酒は飲みたいけれど、デザインや容器のイメージなどから手を出しにくいというのです。まず、そのイメージを変える必要がありました。ただ、日本酒からかけ離れた容器になると、得体の知れないものに見えてしまう。カップ酒のイメージを払拭しつつ、日本酒らしさが感じ取れるようなもの。そのバランスを考えるのに苦労しました」
伊藤さんをはじめとした30代の社員を中心に意見を日々出し合っていくなかで、最終的にしっくりきたのはフルーツジュースなどに使われているガラスびんの形状でした。
ギフトショップなどで販売されている飲み口が広めのボトルで、キャップをカシュッと開けて飲む。このスタイルが「『THE SHOT』の目指す世界観に近いと感じた」と伊藤さんは話します。
新しい挑戦に、会社の空気が変わる
酒質にはどのようなこだわりが詰まっているのでしょうか。
「THE SHOT」のラインナップは、黒いラベルの「華やぐドライ 大吟醸」とゴールドラベルの「艶めくリッチ 本醸造」の2種類。共通しているコンセプトは、フルーティーな香りとテイストがしっかり伝わること。伊藤さんは「フルーティーとは何か」を突き詰めていきました。
「"フルーティー"といっても、人によって感じ方はバラバラ。私たちが解釈した"フルーティー"は、香りが華やかでやや甘みを感じるテイスト。それを大事にしつつ、『華やぐドライ』ではすっきりとした味わい、『艶めくリッチ』ではキレの良い上品な甘さを目指しました」
「華やぐドライ」は既存の月桂冠に近い味わいですが、酵母を変えるなど、すっきりとしながらもフルーティーな香りを出せるよう工夫を凝らしたといいます。
一方で、しっかりとした甘さの「艶めくリッチ」は、これまでの月桂冠にはない味わい。甘いテイストのニーズを感じ取っていた伊藤さんは、製造部門に相談を持ち掛けます。しかし、回答は「難易度が高い」というものでした。
「サンプルをいくつも作ってもらって目指すテイストを定めましたが、実際に商品化するためには想像以上にハードルが高いことがわかりました。それでも、この酒質を世に出すことの目的と必要性を製造部門と共有することで、運用方法を一から見直すなどのチャレンジをかなりのスピード感で取り組んでもらいました」
容器が決まり、お酒の味わいが決まり、現場の空気はさらに熱を帯びていきました。初めは「消費者に日本酒だとわかってもらえるのか」と不安視する声もありましたが、完成へと近づくにつれ、「月桂冠にこれまでなかったタイプの商品が生まれる」と、部門を越えた期待が高まっていったといいます。
ちなみに「THE SHOT」という名前に込められた意味は2つ。ひとつは、日本酒を"ショット"で気軽に楽しんでもらうこと。片手でスッと飲んでキャップを閉め、またキャップを開けて飲んでという手軽な飲み方の提案です。もうひとつの意味は、日本酒業界に新しい価値を"打ち出す"という、強い意気込みを表現。月桂冠の自信と熱意が込められています。
ユーザーが教えてくれたこと
こうして月桂冠が社運をかけて取り組んだ「THE SHOT」が完成し、2019年3月から販売が始まりました。2019年4月からはテレビCMも放映開始。
当初はインパクトのあるCMに対する評価が多かったものの、徐々に商品自体を評価する声も聞こえてくるようになりました。日本酒になじみのないユーザーからは「フルーティーで飲みやすい」という狙い通りの反応が多く、パッケージデザインについても「これなら気軽に買える」と高評価。また、SNSでは伊藤さんも想定していなかった声が聞こえてきました。
「アイスやプリンなど、スイーツと一緒に楽しんでいる投稿が多く見られたんです。私も試してみたのですが、特に『艶めくリッチ』とチーズケーキの相性が良くてびっくりしました」
もうひとつ意外だったのが、日本酒を好んで飲んでいた消費者からの反応でした。「この価格でこのスペックの商品が出せるのはすごい!さすが月桂冠!」と、高い技術力を称賛する声が多く届いたといいます。
「THE SHOT」を「リセットやリラックスしたいときのポジティブなお酒として楽しんでほしい」と話す伊藤さん。イメージしているのは、仕事終わりに買って帰り、食事や入浴を済ませた後のほっと一息つくときのようなシーン。伊藤さん自身もそんなリラックスタイムにお酒を楽しんでいるといいます。
「最近は家でも飲むようになりました。食事後のちょっとしたごほうびの時間に楽しんでいます。みんなでワイワイ飲むのも好きですが、たまには一人で過ごしたいというときにお酒が彩りを添えてくれる。そんな選択肢のひとつとして、『THE SHOT』を手に取ってもらえたらうれしいですね」
日本酒の楽しみ方を、お客様と一緒に見つける
「THE SHOT」の開発を振り返って「夢中で走ってきた」と思いを語る伊藤さん。メインの担当者として携わった初めての商品ということもあり、多くの人に評価してもらえたことはとても感慨深い様子です。そのうえで、「『THE SHOT』は日本酒との接点を増やしてくれるお酒。これからもっと世に出していきたい」と意気込みます。
「市場やお客様のニーズを意識したうえで、『自分はこういうものを作りたい』という想いを商品に反映できたのは良い経験になったと思います。これからも日本酒のいろいろな楽しみ方を、お客様と一緒に見つけていきたいですね」
スタイリッシュな商品が誕生したことにより、スポーツバーやアメリカンダイニングなど、いままで日本酒の営業展開が難しかった業態にもアプローチが可能になったそうです。
「日本酒はハードルが高い」「日本酒は和食と楽しむもの」「日本酒を買うのはちょっと恥ずかしい」
そんな固定観念に一石を投じる「THE SHOT」。日本酒の新しい価値観を打ち出した"ショット"は、その勢いを止めることなくまっすぐに突き進んでいます。
sponsored by 月桂冠株式会社
(取材・文/芳賀直美)