古くから日本酒の銘醸地として知られる兵庫県の灘五郷で1743年に創業した白鶴酒造。長い歴史と実績に裏打ちされたその名前は、酒造メーカーの代表的存在として、広く知られています。
しかし、ブランドが大きくなるにつれて、造り手の情熱や製造現場でのこだわりが語られる機会は少なくなり、飲み手との距離ができてしまうのもまた事実。全国的な販路をもつ身近なブランドであるがゆえの課題があるのです。
SAKETIMESは、そんな白鶴酒造を大胆に紐解く連載をスタートします。270年以上にわたる挑戦の歴史、そしてこれからの展望。知られざる白鶴酒造の姿に迫っていきます。
今回は、2019年10月25日に発売された新商品「Hakutsuru Blanc」について、酒質設計とデザインの側面から、その魅力を解き明かしていきましょう。
白ワインのように軽やかな新感覚の日本酒
2019年10月25日に発売された白鶴酒造の新商品「Hakutsuru Blanc」は、純米酒でありながら、柑橘系の爽やかでフルーティーな香りと甘酸っぱい味わいをもった、さながら白ワインのような飲み口が特長の日本酒です。
カジュアルな洋食と合わせて楽しむことをコンセプトとしてアルコール度数を8%に抑え、ふだん日本酒を飲み慣れないライトユーザーに向けて開発されました。
何よりも画期的なのは、バルやカフェをはじめとした、これまで日本酒の取り扱いがほとんどなかったような業態での提供を想定していることです。
「日本酒=居酒屋」「日本酒=和食」の概念を打ち破るべく、白鶴酒造が新たに送り出す「Hakutsuru Blanc」。それは、日本酒のポテンシャルを信じるがゆえの試みでもありました。
とことん、香りにこだわる
「Hakutsuru Blanc」のプロジェクトが立ち上がったのは3年前。日本酒をあまり飲まない方々にも商品を提案したいという社内の要望がきっかけでした。
ポイントに置いたのは、"非発泡"であること。ビギナー向けの日本酒にはスパークリングが多く、別の切り口で勝負したいという考えがありました。
「当初から、日本酒ビギナーを意識して酒質設計をしました。飲みやすさにつながる甘さを出しつつ、飲みごたえは維持する方向で。さらに『これって本当に日本酒なの?』という驚きを与えられるものにしたかったんです」
そう語るのは「Hakutsuru Blanc」の開発メンバーで、同社の研究室で働く、圍彰吾(かこい しょうご)さん。これまでにない味わいを追求する過程は、試行錯誤の連続でした。
もっともこだわったのは香り。「Hakutsuru Blanc」がもつ爽やかな柑橘系の香りは酵母によるもので、特殊な香りを出す分、製造にはとてもデリケートで細心の注意が必要でした。
「仕込配合や温度経過によって香り成分のバランスが変わりやすい酵母なんです。しかも、アルコールの生産性が非常に低い酵母でもあるので、香りをコントロールしながらどうやって発酵を進めるかが課題でした。
圍さんがこれほどまで香りにこだわった理由は、お酒を口に入れる前の第一印象を重視したから。「Hakutsuru Blanc」と初めて対面したお客さんに驚いてもらうためには、味わいよりもまず香りが大事と考えたのです。
その証拠に「Hakutsuru Blanc」の香り成分は一般的な日本酒にはまったく含まれていないもの。さらに、酵母が出す香りがどのように変化していくのか、完全には解明できていないのだとか。
「香りの変化のメカニズムの解明という大きな研究課題が残っていますが、『こんなに新しいお酒が造れるんだ!』と自信になったことは確かですね」
日本酒の新しい可能性を信じ、理想と向き合い続けた開発者の情熱が「Hakutsuru Blanc」の新たな酒質を生み出したのです。
心地良い飲み口と理想のシーンを体現したデザイン
酒質開発と並行して、「Hakutsuru Blanc」のパッケージデザインも進んでいました。手がけたのは、Osaka Metroのロゴデザインや全国各地にある美術館のブランディングなどで知られる「日本デザインセンター」の色部義昭さん。白鶴酒造とは、同社の最高級ラインである「天空」シリーズからの付き合いです。
「いきなりデザインに入るのではなく、どんな場所でどんなふうに飲まれるお酒なのかを考えなければ、焦点が合わなくなってしまうと感じました」と、色部さんはオファーを受けた当初の思いを話します。
「デザインはゼロから作りあげるものではなく、その価値をいかに可視化していくか」というポリシーのもと、徹底的にリサーチを重ねました。ともに頭を悩ませたのはコピーライターの上野晃さん。「Hakutsuru Blanc」の名付け親です。
「試飲した際に白ワインのような印象があったので、それをストレートに受けつつ、ポジティブに捉えてもらえるネーミングを考えました。『白ワイン』『白鶴』に共通する『白』から、フランス語で『白』を意味する『Blanc (ブラン)』が浮かび、これまでにない新しい世界を描くとか、どこにでもフィットする心地良いお酒だとか、そんな意味合いを込めてこの名前に決まりました」(上野さん)
また、ボトルの形は四合瓶タイプではなく、ワインボトルを採用。ラベルには、風にそよぐ稲穂のイラストをあしらいました。あえて余白を生かしたのは「飲んだ時の、心地良い風が頬をなでるような体験を表現したかったから」と色部さん。
こうして、シンプルなラベルデザインが完成しました。ただ、従来の日本酒らしさから離れれば離れるほど、日本酒としての主張が薄くなる懸念はなかったのでしょうか。ボトルをよく見ると、「Hakutsuru Blanc」のラベルには白鶴のロゴさえ入っていません。
「その点については、私たちの方が保守的だったかもしれません。白鶴さんのチャレンジングな意思を尊重できる方法を探っていった結果、『Hakutsuru』という文字そのものが日本酒を表す記号になりうると考え、このデザインに決まったんです。大手メーカーとしては、かなり思い切っていると感じましたよ」(色部さん)
不安や心配に屈することなく、常に新しいことに挑戦し続ける白鶴酒造の意思がみてとれます。
「新しい日本酒市場を切り拓いていく存在になってほしいですね。従来と同じところに置いてもらうのではなく、新しい場所で新しい価値を提案してほしい」と上野さん。「Hakutsuru Blanc」は白鶴酒造のイメージだけでなく、日本酒のイメージそのものを塗り替える可能性を秘めているのかもしれません。
お店だけで飲める酒だからこその特別な体験を
休日の昼下がり。陽の光が入る開放的なテラス席で。
「Hakutsuru Blanc」は、当初からそんなシーンを想定していました。飲食店限定とした理由もここにあります。
飲食店を通した「Hakutsuru Blanc」の提供が、その特徴や楽しみ方を確実に伝えるのに最も適していると考えたのです。
バルで提供される料理とのペアリングを想定し、実際にいくつもの組み合わせを試しました。ソムリエによるテイスティングを参考に、肉だったらどんな種類か、魚だったら赤身なのか白身なのか......詳細に追求した結果、チェダーのような塩気のあるチーズ、カルパッチョなど柑橘系を加えた魚介料理、ハーブ系ソースの鶏肉料理など、日本酒のおつまみとは思えないメニューがピックアップされました。
「日本酒=居酒屋」「日本酒=和食」など、日本酒を取り巻くさまざまな固定観念は、嗜好品としての幅を狭めると同時に、可能性をも排除していたのかもしれません。
「Hakutsuru Blanc」の開発は、まずそんな凝り固まった考えを取り払うことから始まりました。それはひとえに、造り手もデザイナーも一丸となって、新たな日本酒の可能性を信じたからこそ実現できたことなのでしょう。
ぜひお店に足を運んで、白鶴酒造がお届けするまったく新しい日本酒体験を楽しんでみてください。
(取材・文/渡部あきこ)
sponsored by 白鶴酒造株式会社