日本を代表する銘醸地・灘に本社を置き、業界ナンバーワンの出荷数量(※)を誇る白鶴酒造。1743年創業の歴史ある蔵が現在、クラウドファンディングに挑戦しています。
※出典:2018年2月号 酒類食品統計月報 (2017年清酒上位メーカー出荷状況)
「従来の白鶴とは異なる、これまでにない別格のお酒を造りたい」という思いから「別鶴(べっかく)プロジェクト」と名付けられたこの企画。まったく異なる味わいの3本がリリースされる予定です。
天気の良い午後、柔らかな光が差し込む木陰に座ってゆったり気分で乾杯したい「木漏れ日のムシメガネ」。燦々と降り注ぐ太陽と澄みわたる青空の下、開放的な気分で乾杯したい「陽だまりのシュノーケル」。茜色に染まった夕暮れ時、これから始まる夜宴に向けての乾杯を演出する「黄昏のテレスコープ」と、とてもユニークな名前です。
実はこのプロジェクト、発案から商品設計までのすべてを手掛けたのは、20~30代の若手社員たちでした。
今回は商品開発本部の佐田尚隆さん(32歳)、生産本部の梶原大輔さん(31歳)、総務人事部 広報室の大岡和広さん(32歳)に話を伺い、足掛け2年にも及んだ挑戦の日々に迫ります。
勢いあまって上司とケンカ!?
─ 3名とも部署がバラバラなんですね。
佐田:うちの会社は飲み会が好きなんで、他部署も交えて飲みに行くことが多いんです。その場で仲良くなると、あとで仕事でいっしょになったときにスムーズなこともあって。別鶴プロジェクトのメンバーとの出会いも、最初はそんな感じでした。
梶原:プロジェクトの話を佐田から聞いたのも飲みの席でした。正式に召集されたときには「ついに来たな」と思いましたね。
佐田:この企画を立ち上げるにあたって大事にしたのは、社内のさまざまな部署からメンバーを集めることだったんです。あとは「自分たちでやったろ!」っていう気概のある人。会社から全面的なバックアップがあるわけではなかったので、厳しい状況になってもいっしょに戦える人が良かったんです。
大岡:私は新商品の方向性が決まったタイミングで、広報の担当として加わりました。最初は社内でこんなプロジェクトが進んでいたことも知らなくて。
梶原:こそこそやってたからな(笑)
─ 社内でも知る人の少ない極秘ミッションだったんですね。どんな経緯で始まったんですか?
佐田:言い出しっぺは僕ですね。日本酒の消費量は右肩下がりで、最近ようやくブームといわれているものの、イマイチ実感がない。白鶴も昔はどんどん新しいことをやっていた会社なのに、どこか停滞しているような気がして......そんな状況に風穴を開けたいと思ったんです。
それで「将来の看板商品として育てていける、若者向けの新商品をつくりたい」と当時のボスに話しました。でも、会社の方針として、今は攻めよりも守り。長いスパンで商品を育てる案は受け入れてもらえませんでした。
それから1年くらいは「やりたい」「ダメ」の繰り返し。あるとき、ボスに言ってしまったんです。「あなたはあと5年くらいしか会社にいないでしょ?こっちは30年働くんですよ。1回ぐらいチャレンジさせてくれてもいいじゃないですか」って。
─ そんなことを(笑)
佐田:主力商品の「まる」は発売35年目なんです。そんなベテラン選手が屋台骨を支えている状況なので、何か次の一手を打たなければと切羽詰まる思いでした。
そうしたら「そこまで食い下がるんやったらやってみろ」との返事。企画に乗り気だった人たちに声をかけて、二つ返事で引き受けてくれたのが別鶴プロジェクトのメンバーです。それがちょうど2年前ですね。
─ 会社からのトップダウンではない、完全にみなさん主導のプロジェクトだったんですね。社内の反応はどうでした?
梶原:好意的に応援してくれる人もいれば、もちろんそうでない人もいました。プロジェクトの内容を説明して、きちんと納得してもらいながら進めていきました。
佐田:先日、初めて社長にプレゼンしたんです。「味もパッケージもおもしろい」と褒めてもらいました。ふだんから、コンセプトや味、パッケージなどの一貫性を厳しい目で評価する人なので、すんなりとGOサインが出てホッとしたのと同時に、これからいよいよ本格的に売っていくんだと気合いが入りましたね。
若者が日本酒の世界を"覗く"きっかけに
─ 別鶴プロジェクトのコンセプトはどのように決まったのですか?
佐田:ひとくちに若者といっても、お酒との付き合い方は人それぞれですよね。日本酒に馴染みのない人にも、日本酒が好きな人にも、「美味しい!」「新しい!」と言ってもらえる商品ってなんだろうと考えるところが出発点でした。
日本酒って、どうしてもしっぽりと飲むシーンがイメージされがちですが、僕らの世代はちょっとしたホームパーティーやBBQで飲む場面も多いんです。でも、そういうときに日本酒を持って行くとギャップがあるというか、料理にも会場の雰囲気にも合わないと感じることが多くて。
そこで「そんな場面にもマッチした日本酒を造りたい」と考えたんです。どうせやるなら、今あるものの目先を変えるのではなく、とことんこだわって尖ったものを造るのが白鶴らしいのではないかと思いました。
梶原:ただ、商品開発の経験がないメンバーがほとんどで手探り状態でした。そこで、まずはどんな人たちに飲んでもらいたいのかを考えました。たどり着いたのは、身近な友人に飲んでもらうこと。そのために、日本酒をあまり飲まない友人に何度もヒアリングしたんです。
佐田:ヒアリングの結果をもとに、時間をかけてていねいにターゲットを設定しました。おかげで、議論が進んで意見が食い違ったときに「この人に飲ませるならどっち?」「この人が気に入りそうなデザインはどっち?」と、原点に立ち戻って判断ができるようになったんです。
─ 商品のネーミングがどれも個性的ですよね。
佐田:飲んでもらいたいシーンを先に決めて、それに合う味わいを考えて開発していきました。なので、商品の名前にもシーンを想起させる言葉を入れようということになりました。
メンバーから「虫眼鏡」というキーワードが出てきたときに、"覗く"という発想がおもしろいと思いました。「このお酒をきっかけに日本酒の世界を覗いてくれたらいいな」という願いも込めています。
─ 造りでこだわった部分はありますか?
佐田:うちが独自に開発した酒米「白鶴錦」を使うこと、酵母も自社開発のものにすること、樽酒をブレンドすることです。
梶原:「白鶴錦」は新しい時代の酒米として、山田錦という絶対王者に挑もうとする熱い思いで作られた米なんです。開発者の方々と自分たちの思いに通じるものがあったので、絶対に使うと決めていました。
酵母は、白鶴が独自に育種した400以上の酵母ライブラリのなかから、イメージに沿った香味を出してくれるものを選びました。実は、ずいぶん昔に開発されていたにもかかわらず、実用化されずにお蔵入りしていたものなんです。かなり個性的な酵母ですが、ここで日の目を見せてあげられて良かったなと思います。
あとは、原酒の一部を樽に入れ、香りをつけてから元に戻すという手間をかけています。3種類とも11~12度の低アルコールですが、樽の風味をつけることでボディの強さや複雑さが出せたと思っています。
真価を世に問うクラウドファンディング
─ クラウドファンディングに挑戦したきっかけは何だったのでしょう?
佐田:ここまで前衛的な商品だと、スーパーや飲食店などに出荷しても、その特長がお客様に上手く伝わらないまま消えてしまう不安がありました。クラウドファンディングなら、商品サイト内で特長をしっかりと伝えられるし、支援いただいた方々の属性データも取得できる。仕組み自体がテストマーケティングとして活用できると思ったんです。
─ 最後に今後への意気込みを聞かせてください。
大岡:わくわくしています。実際に飲んでくださる方々がどのように感じられるのか、とても楽しみです。
梶原:僕も不安と楽しみ、両方の気持ちですが、楽しみのほうが大きいです。プロジェクトが始まって2年間、妥協せずにやってきて、自分たちの造りたいものがほぼ100%できています。どんなリアクションが返ってきてもいいので、まずは応援してほしいですね。
佐田:僕は正直不安の気持ちのほうが大きいです。言い出しっぺだし(笑)。
ふだんから商品開発に関わっていますが、ここまで尖った商品を造るのは稀なこと。とことん妥協せずに造ったものを世に出せるのは、開発者としての冥利に尽きます。
造る側としては、商品そのものがどのように評価されるのかを客観的に知る機会はあまりありません。クラウドファンディングではそれが楽しみですね。自分としても、会社としても、新しい知見が得られる気がしています。
日本酒のシーンを広げるプロジェクト
最大手の日本酒メーカーで日々仕事に打ち込みながら、有志で始まった今回のプロジェクト。これまで、彼らの清々しい笑顔からは想像もできない苦難や迷い、そしてそれをすべて乗り越える熱い思いがあったのでしょう。
別鶴プロジェクトの商品はそれぞれにテイストが異なり、飲み比べて楽しめるのもポイントのひとつ。そのどれもがビギナーはもちろんのこと、すでにさまざまな日本酒を飲み尽くしているファンの方々にも、新鮮に映るものだと思います。
日本酒業界に新しい風を吹かせる、エポックメイキングな取り組みを応援しましょう。
(文/渡部あきこ)