「うまい酒をより多くの人へ」「日本酒をもっと楽しんでほしい」という想いで酒造りを続け、今や新潟県を代表する酒蔵となった「菊水酒造」。「酒造りは大地の恵みがあってこそ成り立つ」と考え、近年では地域の魅力発信にも力を入れています。

菊水酒造の外観写真

菊水酒造が蔵を構える新潟県新発田(しばた)市は、「住みよいまち日本一」を掲げたまちづくりを推進しています。地元に根ざしたひとつの企業として、酒蔵はまちづくりにどのように関わることができるのでしょうか。

長年の付き合いだという、菊水酒造の髙澤大介社長と新発田市長の二階堂馨氏。おふたりの対談を通して、「まちづくりにおける酒蔵の役割」を考えます。

ニューヨークで「新発田ブランド」を広める

菊水酒造5代目の髙澤大介氏と、2010年から新発田市長を務める二階堂馨氏。ともに新発田市出身ということもあり、「新発田のためにできること」をそれぞれの立場から模索しています。

そんなおふたりは、昨年の同時期にアメリカ・ニューヨークを訪れました。それぞれがトップセールスとして動き、現地で合流したといいます。その目的はなんだったのか、そして、なぜニューヨークだったのか。そこからお話を伺っていきます。

新発田市長の二階堂馨氏(写真左)と菊水酒造5代目の髙澤大介氏

新発田市長の二階堂馨氏(左)と菊水酒造5代目の髙澤大介氏(右)

二階堂馨氏(以下、二階堂):ニューヨークには、新発田の米を持って行きました。今、新発田市が目指しているものとして、「人のインバウンド」「物のアウトバウンド」という2軸があります。

ありがたいことに、「人」の面はうまくいっている。次は「物」です。「新発田市が責任を持って、高い品質のものを一定量供給し続けられる物」と考えると、たどり着いたのはやはり米でした。

髙澤大介社長(以下、髙澤):たしかに、新発田の米は美味しいですよね。

二階堂:ええ、私は日本一だと思っています。でも、日本で販売しようと思うと、魚沼産には勝てません。他にも佐渡、岩船など、新潟県内にはたくさんの米どころがあります。これらのブランド米には、どうしても太刀打ちできないんです。

新発田がどんなにうまい米をつくっても、これから産地が持つ価値として打ち出すには、日本だと限界がある。ならば、まずは海外で認められて、「逆輸入」という形はどうだろうかと考えたんです。2016年から台湾で少しずつ販売を始めて、ようやく準備が整ったので、いよいよニューヨークへ行くことにしました。

ニューヨークを選んだのは、「よいものはよい」と価値を判断する場所だから。厳しい目線で新発田の米を評価してくれると思ったんです。

アメリカで販売されている「ふなぐち菊水一番しぼり」

アメリカで販売されている「ふなぐち菊水一番しぼり」

髙澤:我々と同じく、レストランがターゲットだということで、ニューヨークでの商談に同行させていただきました。菊水の酒を扱っていないお店でも、スタッフが「菊水さん、知ってるよ」「家の冷蔵庫に入ってるよ」なんて声をかけてくれて、ありがたかったですね。

二階堂:あるレストランで、素晴らしいフルコースをいただきましたよね。締めの丼ものにレンゲが付いてきたので、おやっと思いました。食べてみるとわかったんですが、ご飯につゆがかかると米がべちゃっとしてしまい、とても箸では食べられないんです。

それ以外は本当に素晴らしい料理だったので、心底もったいないと思いました。そのあと、「ぜひこのお店で、"本物"を使っていただけませんか」と新発田の米を渡したんです。すると、帰国してから契約が決まり、さらには商談したほとんどのお店で、契約や試験的な採用を得ることができました。新発田の米はやはりすごいです。

髙澤:ああ、そうでしたか。それはよかったですね。

二階堂:それにしても、菊水さんが先にニューヨークで展開していたことは心強かった。「新発田ってどこ?」と聞かれた時に、「菊水さんがあるまちです」と答えられるんですから。ニューヨークで菊水さんの酒を見かけると、本当にほっとしましたよ。

ニューヨークへ進出してから何年も経つと思いますが、どんなことを意識して活動をされてきたんですか。

髙澤大介氏

髙澤:ずっと意識しているのは、単に「酒を売る」のではなく、「菊水酒造」というブランドを広めることです。ブランドというのは我々の力だけでつくれるものではありません。ブランドをブランドたらしめているのは、新発田というこの地があってこそ。新発田の気候があって、良い米と水があって、それでようやく我々は酒造りができるわけです。

自分たちのバックグラウンドを説明できないと、上っ面だけのブランドになってしまう。それじゃダメなんです。「新発田」、そして「北越後」とはどんなところなのかをきちんと語れないと。

二階堂:そうですね。海外へ行くと、「新潟ってどんなところ?」「新発田ってなにがあるの?」と必ず聞かれますから。これに真剣に答えられなければ、海外へ進出する意味がないでしょう。

海外進出を機に、これまで以上に新発田市の魅力を考えるようになったというおふたり。続いて、新発田の「まちづくり」について伺いました。

地元・新発田を誇りに思えるように

新潟市に隣接し人口10万人弱を有する新発田市は、江戸時代には城下町として栄えていました。古くから稲作が盛んで、現在も住民の多くが田んぼを持っているのだとか。市内には温泉やスキー場、海水浴場があり、自然豊かなまちです。

新発田城

新発田市

そんな新発田市が取り組んでいるのは、「食の循環によるまちづくり」。近年、食の安全や食生活の乱れ、食品ロスなど、「食」に関する問題が相次いでいます。それは「食」と「農」が乖離してしまったからだとして、本来あるべき「食の循環」を改めて考えようという施策です。

二階堂:昔から、新発田は農業が盛んなまちでした。農業から派生して煎餅屋や漬物屋ができ、食品加工のまちになったんです。新発田食品工業団地というエリアがありますが、食品に特化した団地は全国でも珍しいんですよ。

そういう歴史がありますから、ここで改めて「食」に力を入れていきたい。もちろん日本酒も食品ですから、この施策を進めるにあたって、菊水酒造さんは大切なパートナーです。

新発田の田圃

髙澤:ありがとうございます。我々は、この地の米と水を使って酒を醸しているわけです。新発田に生まれ、新発田に根ざした酒蔵なんだとしっかり伝え続けていくことが、新発田のためにできることだと信じています。東京へ行こうが、アメリカへ行こうが、それは変わらない。常に「新発田・新潟・日本」という看板を背負っているんです。

二階堂:そういうことを教育にも取り入れていきたいんですよ。「新発田の心 継承プロジェクト」というのを進めているんですが、これは「"新発田人"であることを誇りに思える子どもたちを増やしたい」という想いから始めました。

子どもたちが大人になった時、「自分が生まれた新発田というのは、こんなに素晴らしいまちなんだ」と誇りが持てるようにしたいのです。「地元のためになにかしよう」と思ってくれればうれしいですし、その子がほかの都市や海外へ行ったとしても、ホームタウンである新発田の魅力を語れるように。

菊水酒造での田植えのようす

髙澤:素晴らしいプロジェクトですね。子どもたちの教育という面では、我々もお手伝いできるかもしれません。中学生や高校生が職場体験に来ることもありますし、田植えイベントの際には、お子さんを連れて来てくださる方も多いです。

酒は20歳になるまで飲めませんが、酒が生まれる背景は伝えていくことができます。ふとした時に、「そういえば、田植え楽しかったな」「田植えの後はみんなで酒を飲んでいたな」とか思い出すわけです。子どものころから地域の魅力を感じながら育てば、自然と地元に誇りを持つようになりますよ。

多くの魅力が詰まった新発田市。その魅力を後世へつなぐには、日本酒だけでも食べ物だけでもなく、気候や歴史など、文化を総合的に伝えていく必要がありそうです。

「本物」が、まちを発展させる

数年前より、新発田市は海外からの旅行客を呼び込むインバウンド政策に力を入れてきました。実施前と比べると、外国人観光客数は3倍にもなったそうです。

新発田市長の二階堂馨氏

二階堂:2019年度中には、外国人観光客数は1万人に達するでしょう。ゴルフツアーがヒットして、韓国からのお客様が多いのが特徴です。意外だったのは、ツアーではなく個人旅行でいらっしゃる方が多かったことですね。ツアーのあとに個人客という流れは予想していましたが、想像以上に早く進みました。個人でいらっしゃる方が新発田になにを求めているのか、ニーズを深掘りしていくのが今後の課題です。

髙澤:本当に、海外の方が多くなりましたよね。10年前は街のなかで海外の方が歩いていると目立っていましたが、今ではそれが当たり前です。菊水にも、アメリカやフランス、メキシコ......さまざまな国の人が訪れてくれています。

二階堂:みなさん、日本酒にとても興味を持っていますよね。抵抗もなく、すんなり受け入れられているように思います。

きっとそこには、菊水さんの「本物性」が関係しているのでしょう。本物って飽きないんですよ。日本人だとか外国人だとか、そんなことは関係なく、誰もが認める。「本物」だけが、海を渡る力を持っているんです。

菊水さんはこれを持っているので、本当に期待しています。髙澤さんは、「本物」についてどうお考えですか。

菊水酒造が造る日本酒と酒粕、甘酒

髙澤:僕は「人を感動させ続けられることができるもの」が本物だと思います。一時だけの感動じゃダメ。「いつ飲んでもおいしいな」「やっぱり菊水の酒があると楽しいな」と言ってもらえるような、人の心をとらえ続けるものが本物じゃないですかね。

新発田の素晴らしい気候の中で育まれた米と水を大切に醸せば、良い酒はできます。でも、一度「うまい」と言ってもらっただけではいけない。いつ飲んでも「やっぱりこれだ」と言ってもらえる、連続性が必要なんです。

二階堂:感動させ続けるためには、造り手の努力が欠かせませんね。新発田市では毎年、米のコンテストを開催しているんです。第3位までが翌年の輸出権を手にすることができます。

「本物」を届けるため、「一度資格を取りさえすればいい」のではなく、常に努力をしている人、こだわっている人を選ぶような仕組みを作りました。「感動させ続ける」ことはかなり難しいと思いますが、菊水さんはそのためにどんなことをしているんですか。

日本酒文化研究所 内観

3万点にも及ぶ文献や酒器が収蔵されている「菊水日本酒文化研究所」

髙澤:ひとつは、もちろんうまい酒を造ることですね。「モノづくり」です。そしてもうひとつは、「コトづくり」。「どうやって酒を楽しむか」まで伝えていくことです。

「楽しみ方はお客さん任せ」では無責任だと思うんですよ。「酒を『楽しい』『面白い』と思ってもらうためにはなにをすべきか」をいつも考えています。今日の会場となっている「菊水日本酒文化研究所」も、その考えから生まれました。昔ながらの所作や季節行事、料理の組み合わせ......このような「コト」が提供できれば、もっと酒は楽しくなる。そこまでしなければ、「感動させ続ける」ことはできないと思うのです。

奪い合うのではなく「磨き合う」

最後に、おふたりの目指すところについて語っていただきました。

菊水酒造5代目の髙澤大介氏(写真左)と新発田市長の二階堂馨氏

二階堂:今、全国の市町村が抱えている一番の課題は「人口減少」です。数年前に「何百もの市町村が消滅する」という調査結果が出てから、ますます人口の奪い合いが激しくなりました。しかし、その戦いの末に勝者はいなかった。奪い合いからはなにも生まれてこなかったんです。ですから、これからは奪い合うのではなく、力を合わせて「磨き合う」ことが大切ではないかと。

髙澤:日本酒業界も同じです。市場が小さくなってくると、焦って「自分だけ勝ってやろう」となりがちなんですが、一社だけでがんばってもダメ。力を合わせないと。同じエリアの酒蔵と連携して、いっしょに情報発信をするとか。

二階堂:そして、もっと視野を広げる必要があるでしょうね。たとえばニューヨークへ行くとして、これまでなら新発田市のものだけを持って行っていました。これからは、同じ新潟県下越地方の村上市の鮭や胎内市の米粉も持って行かなくてはなりません。

もともと新発田は、下越地方の都だったわけです。その歴史が示す通り、新発田は下越のリーダーになるべきだ。どの市が上とか下とか、そういうことではありません。役割の違いです。我々はリーダーとしての覚悟を持たなくてはならない。それが新発田に与えられた使命だと考えています。

髙澤:我々、菊水酒造も例えるならば同じ船の乗組員だと思うのです。役所だとか企業だとか、そういうのを飛び越えた連携が必要な時代です。地域に根ざした蔵として、新発田市とともにある。

二階堂:新発田には「本物」がたくさんある。それらをうまく伝えていくことができれば、新発田はもっと化けますよ。菊水酒造さんも「本物」のひとつです。これからもパートナーとして、よろしくお願いします。

髙澤:もっともっと面白いことをいっしょに仕掛けていきましょう。ありがとうございました。

菊水酒造5代目の髙澤大介氏(写真左)と新発田市長の二階堂馨氏

「より良い新発田の未来のために」と熱を込めて語るおふたりの姿からは、地元・新発田を想う気持ちがひしひしと伝わってきました。

酒蔵は、地域の恵みを活かして酒を造ります。そうであるなら、酒造りだけでなく、その地域の魅力を発信していくことも、これからの時代に求められる酒蔵の役割なのかもしれません。

(取材・文/藪内久美子)

sponsored by 菊水酒造株式会社

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