新潟県阿賀町に蔵を構え、新潟の人たちの生活に密着し、長らく愛されている"新潟地酒"の代表格・麒麟山酒造。移り行く時代の中、様々な改革を行いながらも、変わらず「淡麗辛口」の酒を造り続けてきました。
しかしながら、地酒とはいっても、その原料の調達については様々。米どころ新潟の酒でも、必ずしも新潟県産米100%で造られているとは限りません。しかし麒麟山酒造は新潟県産、もっと言えば地元である阿賀町で作った米にこだわって酒造りをしています。しかも、自社でアグリ事業部を立ち上げ、米作りに取り組んでいる稀有な酒蔵なのです。
今回は、麒麟山酒造の酒米作りを牽引するアグリ事業部部長の伊藤賢一さんに、自らが手がける田んぼを案内してもらいながら、お話を伺いました。
米へのこだわりからアグリ事業部設立へ
盆地で寒暖差が大きく冷たい水がある阿賀町は、実はコシヒカリの名産地として有名な魚沼地区と似た環境。そのため、生産量こそ多くないものの、高品質なお米の名産地なんです。
麒麟山酒造が米作りに力を入れ始めたのは先代のころ。「品質第一で日本酒をつくる」と三増酒の製造をやめ、砂糖などの副原料に使っていた費用を米にまわしたことが始まりでした。さらに平成7年からは地元産米にこだわるために、地元農家ととも「奥阿賀酒米研究会」(以下、酒米研究会と表記)を立ち上げます。
また平成18年には酒税法が改正され、減税により一升瓶1本あたり37円ほど値下げが可能になりました。酒税法の改正による減税を受けて商品の値下げを行う酒蔵もあった中、蔵を継いだ当代(7代目)の齋藤俊太郎社長は異例とも言える記者会見を開いて、現行価格を維持し余剰資金を良質な米作りに還元させると発表。さらに、阿賀町で栽培された米を使うことを宣言します。どの田んぼでどの米が作られているか、酒造りに必要な米を目の届く範囲に。それは、毎日飲んでもらう酒だからこそ安全性を確保したいという気持ちからでした。
平成29BYの今期、麒麟山酒造では全銘柄の酒造りに使われる米のうち92%を地元・阿賀町産に、酒造好適米に限って言えば地元産100%を達成する予定です。
このような麒麟山酒造の米への取り組みを支えたのが平成23年、自社内に設置されたアグリ事業部であり、地元のJAから招き入れられた伊藤さんです。
「酒米研究会をきっかけに、齋藤社長と知り合いました。先代の時から酒米に関する話はしていたのですが、現社長に変わって『100%地元産の米を使った酒造りをしたい』という相談をいただきました。ただ最初は、入社するとは思っていませんでしたね」
地元JAに38年間務め、営農指導などに携わってきた伊藤さん。確かな実績があり、地元の農家のみなさんからの信頼も厚く、麒麟山の酒米作りを推進するのに最適な人物でした。齋藤社長は、伊藤さんを口説くために毎日のようにJAへ顔を出し、さらに「どうしても麒麟山酒造に力を貸してほしい」という熱い気持ちを手紙にしたため、渡したそうです。それが決め手となり入社に至りました。
アグリ事業部の歩み
アグリ事業部立ち上げ時の人数は、わずか2人。7ヘクタールの土地から作付けを開始しました。徐々に事業部のメンバーは増え、現在は社員が4名。田植えのシーズンには季節雇用で2名加わります。作付面積も17ヘクタールまで増えました。
「当時すでに会社の目標として、この地域の米を100%使った地酒造りにするというのは決まっていました。ですが、それを達成するのは簡単なことじゃないということは覚悟していましたね。今でも、弊社で作付けしている田んぼだけでは到底まかないきれませんので、酒米研究会の農家から借りたり、委託したりしながら確保しています」
「場所によって日当たりや水の状況も違うため、米の出来も変わってきます。会社で栽培した米は、乾燥以外の部分についてはほぼ作業委託をせず、自分たちの手で管理してきました。麒麟山で必要な米のうち、アグリ事業部で栽培した米はまだわずか15%ほどにしかなりません。残りは酒米研究会が育てたものです。でも自分たちでも米を作ることに価値があると考えています」
奥阿賀酒米研究会と"お酒"で結束!
アグリ事業部が立ち上がった平成23年当時、酒米研究会はメンバーの顔触れが安定しないことが問題となっていました。そこで齋藤社長と伊藤さんが取り組んだのは、お酒でのコミュニケーションでした。
「ひんぱんに飲み会を開催して、麒麟山酒造としての米作りに対する思いを農家さんに語りました。コミュニケーションを増やしたことで、メンバーの結束が固まり、さらに2~3年前からは、酒米研究会に入りたいという人も増えてきたのです」
JA出身というキャリアも農家とのコミュニケーションに役立ったそうです。さらに、良質な米を作れば奨励金も出すように。そして、酒米がコシヒカリの価格を割った年は、会社から助成を行うようにするなどフォロー体制も整えていきました。その結果、現在は32名のメンバーで安定するようになっています。
「麒麟山酒造の杜氏が酒米研究会の顧問になっているので、米について細かくフィードバックをしてくれます。それも米作りの励みになりますね。また造った酒が賞を取ったりすると、原料を作っている農家や我々もうれしくなります」
今も齋藤社長は積極的に農家とのコミュニケーションに取り組み、研修会にも参加しているそうです。伊藤さんにとっては、社長自ら参加してくれることで、農家とのコミュニケーション強化につながっていると感じています。
しかし一方で、問題も残っています。
「今のメンバーは、苦しい時期も一緒に取り組んできてくれたメンバーです。しかし人は誰でも年を取ります。高齢のメンバーはいつかリタイアしてしまうので、酒米作りの思いを未来に引き継ぐためにも、若い後継者を勧誘する必要性を感じています」
米作りも含めて、麒麟山の酒造り
アグリ事業部が作っている酒米は「五百万石」「たかね錦」「越淡麗」の3銘柄。酒米の種類によって、作付け時期や肥料配合も変わってくるといいます。
訪問時は田植えが終わったばかりの6月。静かな山中の平地に田園風景が広がっていて、その中に、ポツリポツリと看板が立つ田んぼがあります。これらが麒麟山酒造の酒米を作っている田んぼです。クルマから降りると、湿気を含んだ土と緑の匂いが広がってきました。
「この看板が酒米研究会の印です。実はアグリ事業部以外の社員も草刈りや田植えなどを手伝ってくれているんですよ。会社の組織図では、アグリ事業部の下に『全社員』と明記されています。社員みんなで米を作るという体制です。ただ、社員が手で植えたところは、あまり上手じゃないですね(笑)」
年7回行う酒米研究会の研修会では、メンバー全員で田んぼを見て回り、細かくチェックします。もちろん、そのあとには飲み会は欠かせないそうです。
「研修会では、新潟県新津農業普及指導センターやJA新潟みらい阿賀支店からも指導を受けるようにしています。全部評価は点数にして分析しているのですが、我々アグリ事業部はまだまだで……場所により出来も変わりますし、天候にも左右される。米作りはなかなか難しいです」
農閑期である冬は主に農家のもとを訪ね、酒米作りへの協力のお願いをしてまわるというアグリ事業部。地道な努力を重ねて、麒麟山の酒米作りを担うメンバーを増やしてきました。そのかいがあって、農家だけでなく麒麟山酒造の一般顧客にも変化があると言います。
「お客さんの中にはお酒そのものだけでなく、米作りまで行っている点にも興味を持ってくださる方が増えてきました。本当にうれしいです。我々の中には、ただ酒を造るだけでなく、酒のベースになる常浪川の軟らかい伏流水を100年先まで守るための植林による森作り事業と、アグリ事業部・酒米研究会による米作りがあってこその『麒麟山酒造』だという思いがありますし、それがきちんと伝わっている状況をうれしく思いますね」
「縁の下の力持ち」のごとく、土、水、その上にできる米という部分で麒麟山酒造を支えているアグリ事業部。麒麟山酒造の酒が新潟の人びとの暮らしに密着しているからこそ、安心して飲んでもらえる商品を提供したいという姿勢が、米作りからも伝わってきます。
取材を通して、終始ていねいにお話しくださった伊藤さんの人柄、手入れが行き届いた田んぼの様子からも、酒米作りへの想いを感じることができました。
(取材・文/ミノシマタカコ)
sponsored by 麒麟山酒造株式会社
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