蔵の案内をしていると「お酒を造るなかで、失敗することもあるんですか?」と、聞かれることがあります。あったかなぁ......と記憶を振り返ると、失敗して怒られたことをいくつか思い出しました。

そこで今回は、自分がやってしまった失敗や他の蔵人から聞いたものをセレクションし「酒造りの失敗あるある」として紹介いたします。蔵人の方々は、ぜひ今期の参考にしてください。

美味しい甘酒ができない......

巷で人気の甘酒。そんな甘酒づくりに失敗してしまったシーズンがありました。糖化時間も分量も同じなのに、なぜか酸が多く出てしまう。これでは、商品としての価値が低くなってしまいます。必要なときに限って失敗し、深夜に造り始めることもありました。改めて調査してみると、甘酒づくりにおいても押さえるべきポイントがいくつかあったようです。

甘酒を造っている最中に、お湯で瓶に入れた麹を温めている写真

まずは温度。使うべき湯の温度はかなり厳しく管理しなければなりません。仕込み時に温度が高すぎると麹の酵素が失活してしまい、低すぎると乳酸菌優位になってしまうのだそう。

このときは、乳酸菌がコンタミネーション(目的以外の菌が混じって発酵すること)していたようです。甘酒をつくるときは仕込み後の温度を52℃にしたいのですが、冷凍の麹を使う場合もあれば、出麹したばかりのホカホカの麹を使う場合もあります。使用する麹の糖化力が変われば、出来上がりの味も変わるのです。

また、容器や仕込み桶などはキレイにしておいたのに、混ぜるのに使っていた柄杓や温度計から菌が移ったと思われることもありました。撹拌の回数が少なかったり多かったり......詳細な記録をつけていくうちに見えてきた問題点もありました。

お酒を構成する要素はいくつもあって、それが少しでもズレると他の要素が一筋縄でいかなくなり、さらにそれを取り戻そうとしたときに失敗が起きやすくなります。詳細なメモを取り、温度や時間などのポイントをひとつずつ押さえていくと、美味しい甘酒がコンスタントにできるようになりました。

麹の温度が上がらない......

失敗ではありませんが、何度やってもコツを掴めないのが麹造り。

麹造りは3日かけて温度をじっくり上げていくと、酵素を多く出す良い麹ができます。麹の温度が思うように上がらない、どうやっても破精(ハゼ)が回らない......というのは日常茶飯事。麹屋は、創意工夫をこらして温度を上げ、破精がきちんと進むようにします。

麹室の中で、温度調節のために布が被せられた麹。

麹室の室温や室内に流れ込む外気の量、掛ける布の枚数、盛る厚さや手入れの時間など、さまざまな要素を考え手を加えることはできますが、所詮は小手先の操作。麹菌がしっかりと増殖するかどうかは麹菌次第なので、私たち人間は菌の繁殖具合が狙った通りになるよう、環境を整えることしかできません。

裏を返せば、人間が環境づくりをサボると麹も増殖をサボるということ。朝早くからの仕事に加えて、泊まり込みの作業もあるため、仕事の合間に暖かい麹室でウトウト......という日もあります。そんなときに判断を誤ると「品温が上がらない!」「あの作業をやってない!」という事態に。

そのたびに、杜氏に怒られたり呆れられたりします。少しでもサボってしまうと、麹の出来がまったく変わってしまうのでまじめにやることが大切です。ただ、サボらずにしっかりやった麹ですら上手に造れないのは、修行不足ですね。「麹造りはできるようなるまで10年!」と言われる世界。試行錯誤を繰り返して、良い麹造りを目指しています。

放冷機に挟んでしまった......

蒸米を放冷機にかけて40~50℃前後にまで冷ましながら種麹を撒き、麹室に蒸米を入れる。私の蔵では、この仕事を麹屋である私が担当しています。

放冷機というのは、ステンレスの爪がついた回転体によって大量の蒸米をこなしながら、風を当てて冷やしていく機械。風が出るタイミングで種麹(モヤシ)を撒くと、麹米に種麹がふりかかるという仕組みになっています。酒造業界では、この機械への巻き込み事故が非常に多いんです。

蒸米が運ばれてる放冷機の写真。真ん中には温度計が刺さっている。

服や手が回転体に挟まって巻き込まれてしまうこともあります。特に多いのは、何かトラブルが発生したあとに事故が起こるケース。詰まった蒸米を取り除こうとしたときに巻き込まれてしまうようです。朝の忙しい時間帯に蒸米が詰まると仕込みのスケジュールに影響が出るため、電源をオフにしてから対応すればいいのですが、どうしても焦ってしまいます。

私は種麹を撒く際に使う木のヘラを回転体に挟んでしまいました。取り除こうと手を伸ばす間もなく、木のヘラはパッキリ。自分の手ではなくて、本当に良かったと思いました。

巻き込み事故を防ぐためには、巻き込まれないような袖口の服を着ることや無駄な物を置かないことが大事。しかし一番大切なのは、慌てないことです。コンベアの速度ギアをひとつ落として、ゆとりのある作業を心がけましょう。

モヤシ缶が爆発してしまった......

種麹を撒くときに使うのが、モヤシ缶と呼ばれるメッシュの蓋がついた缶。中に種麹を入れ、逆さにして蒸米に撒いていきます。モヤシは麹菌の菌糸を玄米に付着させたもので、100~200g単位で種麹屋から購入します。

種麹(モヤシ)をふりかける時に使う、モヤシを入れる缶

このモヤシを準備しておくのは麹屋助手の仕事。蒸米に対するモヤシの使用量を計算し、蓋を締めて放冷機の前に置いておきます。麹室で種切りをする場合は、モヤシを入れたビーカーにベンベルグという布をかけて麹室へ持っていくことも。この日は放冷機での種切りだったので、モヤシ缶を放冷機の前に置いて、麹室の掃除に出かけました。

蒸米が放冷機を通過し始めるころ、あたりが騒がしい様子。トラブルがあったのでしょう......。しばらく麹室で待っていると、種麹の混じった蒸米が麹室に運ばれてきました。モヤシ缶の蓋が外れて蒸米上に溢れかえったようです。原因は、蓋の締め方が緩かったこと。というのも、クッキー缶のように金属同士で蓋を締める形状の缶を使っていたため、使い続けた結果、緩んでしまったのでしょう。

これはいけないと思い、次のシーズンからは網戸の網とタッパー容器を組み合わせたモヤシタッパーを自作しました。コツが必要ですが、中身が見えるため種麹が振り切りやすく重宝しています。

モヤシ缶を改良したものでタッパーに網戸の網をつけたもの

ホースの締結が緩かった......

お酒や水を移動させるときには、専用のホースを使います。庭先で使うものよりも直径が大きく、一気に数千リットルを流すことができます。ホースを繋ぐのは、ホースバンドという腕時計のような金属パーツ。この締まりが甘いと、ポンプに押し込まれた空気やお酒の圧力によって、ホースが外れてしまいます。

お酒や水を通すホースの先とこぼれた水

お酒の温度によっては、ホースが温められることで直径が広くなり、接続部が緩くなることも。すぐに気が付ければいいのですが、300メートルもある蔵内部の配管には死角があります。これまで、数百リットルのお酒が流出したという事故は起きていませんが、もしホースが外れてしまうと数千リットルの酒が流出してしまいます。

もし流出したらどうなるのか?

急いで呑み口を締め、その後すぐに税務署へ報告します。お酒の流出については酒税法で厳しく定められているんですね。特に、流出量が100リットルを越える場合は、税務署職員による立会のもとで流出した経緯やその正確な量を取り調べられるようです。

ホースは、液体の輸送以外にも使われます。掛米や枯らした麹を送る際に使うエアシューターは、空気の力で粉粒体を移動させることができます。掃除機と逆の仕組みですね。直径が成人男性の太ももくらいあるホースを使って数百キログラムを送るので、風圧がとんでもなく、締りの緩いバンド類はすぐに外れてしまうのです。すると風によって、掛米や麹が蔵の中いっぱいに散らかります。やらかしてしまった日の午前中は掃除に費やされました。

普通のパイプホーストとは違いネジで締め上げて止めるタイプのホース

金具をしっかり締結するのが基本ですが、締めやすい道具を用意するのも改善策でしょう。一部の機器には、ホースバンドよりも確実性の高いヘルールやサニタリーバルブを使用しています。金属の間にパッキン入れ、ネジで挟み込むように締めるので、かなり外れにくく漏れも少ないです。

分解したホースの接続部分の金具

また、分解して洗いやすいので衛生的。蔵人としては非常に便利ですね。

夕焼けの映る酒蔵の壁と杉玉

造りの期間に疲れがたまってくると、ふだんできていることでもミスをしてしまいます。「人間だから失敗もするよね」という言い訳も虚しく、後処理に追われることもしばしば。怒られることは少ないですが、昔だったらゲンコツが落ちたんだろうなぁ......。酒造業も食品業のひとつですので、ミスを極力減らし、整理整頓・清潔を守って作業に向き合いたいものですね。

(文・イラスト/リンゴの魔術師)

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