平成30年度国税庁調査によれば、新潟県は国内最多の89蔵の酒造数を誇ります。酒造好適米「五百万石」や「越淡麗」の産地としても知られ、大小さまざまな規模の蔵が、それぞれの個性が光る日本酒を造り続けています。

新潟駅から東へ車で30分、五頭連峰や飯豊連峰を望む新潟市北区の街の中心部・豊栄にある「越後酒造場」も、新潟の銘酒を醸す酒蔵のひとつです。

越後酒造場

創業から100年に満たない、日本酒の酒蔵としては比較的新しい蔵ですが、どのようなこだわりを持って酒造りをしているのでしょうか。蔵の代表と杜氏のおふたりにお話をうかがいました。

蔵に勤める全員で取り組む酒造り

昭和7年(1932年)に「八田酒造場」として創業。昭和61年(1986年)に兵庫県・大関株式会社の子会社となり「越後酒造場」に社名を改め、今年で35年目を迎えます。

商品

代表的な銘柄は、八田酒造場時代から続く「甘雨(かんう)」と、越後酒造場となってから発売された「越乃八豊(こしのはっぽう)」。地元・豊栄で育てられた越淡麗や地元の米屋が扱う五百万石など、山田錦を除くすべての酒米は新潟県産のものを使っています。

越後酒造場代表取締役の長石元一氏

代表取締役の長石元一さん

「私が越後酒造場に来て感じたのは、すっきりとした味わいがこの蔵のお酒の特徴だということです。豊栄地区は田園や園芸地帯が多くて野菜や果物の栽培が盛ん。そういう風土に自然とマッチしたお酒になっているのかもしれないなと思います」

こう話すのは、越後酒造場 代表取締役の長石元一さん。1985年に大関に入社後、営業、マーケティング、商品開発などに幅広く携わり、2020年4月に越後酒造場の代表に就任しました。現在もみずから営業として、日々客先へ足を運んでいます。

越後酒造場の杜氏を務めているのは、製造部課長の西島徹さん。新潟県上越市にある県立吉川高校の醸造課に進学し、日本酒をメインに味噌や醤油などの発酵食品について学び、2000年の春に卒業。地元の醸造所に勤めた後、2005年11月から越後酒造場で働いています。

杜氏の西島徹さん

杜氏の西島徹さん

当時、越後酒造場は酒造り50年の経験をもつ野積杜氏(のづみとうじ)の青木礎さんが造りの指揮を執っていました。野積杜氏とは、新潟県で酒を醸す越後杜氏のなかの一派で、長岡市野積地区(旧寺泊町)を拠点とする杜氏集団のことです。西島さんは青木杜氏に野積流の酒造りのノウハウを学んだといいます。

「『手作業でていねいに』というのがうちの蔵の持ち味だと思っています。特に精米や洗米に関しては自分で米の状態を見て浸漬時間を調整してきたので、機械任せにせず自分の目できちんと確認したいという思いがあります」

西島さんがそう語るように、越後酒造場の酒造りの現場を見ても、製麹機などの機械は見当たりません。米を運ぶのも、精米した米を甑(こしき)と呼ばれる蒸し器に入れるのも、すべて人力で行っているため多いときで10人前後の従業員が作業をしています。

越後酒造場 蔵内

西島杜氏は現場での作業についてこう話します。

「瓶詰めやラベル貼りはパートさんが行っていますが、仕込みの忙しい時期は朝に麹の種付け作業を手伝ってもらうこともあります。吟醸酒を仕込むときはよりていねいさとスピードが求められるので、どうしても人手が必要になりますね。

逆に、私や製造担当の社員が瓶詰めやラベル貼り作業をすることもあります。蔵の人間はこの作業しかやらない、という決めつけがないようにしています」

長石社長も「現場は従業員はもちろんのこと、パートさんの活躍があってこそ」と語り、みなさんの働きぶりに敬意を表しています。20~30年と長く勤めるベテランも多いといい、「蔵人だから」「パートだから」という垣根がなく、一人一人が蔵の一員として真摯に酒造りに向き合っている様子が伝わってきました。

日本酒のイメージを変えるワインボトルの新商品

従業員一丸となって酒造りに取り組む越後酒造場が、2020年10月に新たに発売したのが、「越後 越淡麗 大吟醸 ワインボトル詰」です。新潟県産の越淡麗を100%使用した「越乃八豊」の大吟醸酒を、スタイリッシュなワインボトルに詰めました。

越後 越淡麗 大吟醸 ワインボトル詰

「越後 越淡麗 大吟醸 ワインボトル詰」

おだやかな香りとすっきりとした飲み口。後味に感じるかすかな酸味が絶妙で、キレが良く新潟のお酒らしい吟醸酒になっています。長石社長が代表に就任したタイミングで商品化に向けて動き出し、西島杜氏が初めて商品開発に携わった記念すべき一本です。

「越淡麗は高精白に耐えられる大吟醸向きという特徴があるので、米の特性をどこまで活かせるかを考えて造りました。越淡麗には越淡麗の良さがあります。山田錦と比べると甘みは弱いですが、味のふくらみがほどよくあって、くどさがない。吟醸らしい香りもあって、すっきりしたお酒になっています」(西島杜氏)

通常の四合瓶と比べると、ワインボトルの瓶詰作業に多少時間はかかるものの、特別に設備投資する必要はなかったそうです。「臨機応変な対応が可能なのは、手作業で造っている私たちの強みですね」と、西島杜氏は誇らしげに語ります。

越後酒造場 瓶詰め

「このお酒はいろんな料理に合わせやすく、和食はもちろんイタリアンのお店にあっても違和感のない味わいです。今までの日本酒のイメージを変えたいと思い、ワインボトルに詰めることを提案しました。

商品開発に関わるのは初めてのことなので、長石社長にラベルデザインからコストのことまで教えてもらい、今も引き続き勉強させてもらっています」

クラウドファンディングの挑戦で見えてきたこと

長石社長が代表に就任した2020年春は、新型コロナウイルス感染症の影響が拡大する中でのスタートとなりました。越後酒造場はそのような状況下でもさまざまな新しいチャレンジに取り組んでおり、そのひとつが、クラウドファンディングへのチャレンジです。

2020年5月からに、SAKETIMESと応援購入サービス「Makuake」の共同企画で、全国の酒蔵を応援するために立ち上がった「オンライン日本酒市」。

ここに、越後酒造場は「越乃雁晴(こしのがんばれ)大吟醸」を出品しました。山田錦を100%使い、米の味やふくらみがしっかり感じられる旨口のお酒です。商品名は、会社近くにある福島潟で、国の天然記念物「オオヒシクイ(雁の仲間)」が晴れ渡った空を舞う姿から命名されています。

越乃雁晴 大吟醸

クラウドファンディングへの初めての挑戦について、長石社長はこう振り返ります。

「今年は毎年恒例の『にいがた酒の陣』もなく、出展を予定していた分の売上がゼロになってしまいました。そんなときにオンライン日本酒市への参加の話が持ち上がり、出品商品を考えていたところ『越乃雁晴』の“がんばれ”が今の状況に対するメッセージになると思い決めました。

同シリーズの本醸造は全国的に流通しているのですが、今回出品した大吟醸はほとんど流通していないお酒。どのような結果になるかわかりませんでしたが、チャレンジしたら無事に目標金額の140%に到達することができました。

自社でオンラインショップの運営をしていますが、クラウドファンディングはそれとはまったく違う感覚でした。サポーターのみなさんのコメントを見ても、応援してくれているということがひしひしと伝わってきて、本当にありがたい気持ちでいっぱいでした」

商品

会社や取引先の関係者だけでなく、一般消費者の方からも多く応援していただいたこと。また、20代の若い世代のサポーターがたくさんいたことに驚いたといいます。

「今後の事業を継続するにあたって、非常に貴重なデータを得られたと思っています。私がサポーター向けの活動レポートを書くと、社内から『文章が堅くて、まるで社内連絡みたい』と言われてしまいました。支援が多く集まっている蔵の方はそのあたりのコミュニケーションも上手なので勉強になります。機会があればぜひまた挑戦してみたいですね」

新しいブランドの立ち上げを構想中

さらに挑戦を続けている越後酒造場。2020年10月には、代表銘柄「甘雨」のカップ酒商品、「純米酒 辛口 甘雨」を発売しました。福島潟マスコットキャラクター「クイクイ」が目印の、お土産にも喜ばれそうなかわいらしいデザインです。

純米酒 辛口 甘雨

カップ酒「純米酒 辛口 甘雨」

今後も小容量の商品を増やして、来春をめどに新しいブランドの立ち上げも構想中だと語る長石社長。新潟の地酒でありながら、良い意味で既存の新潟酒のイメージに囚われないラインナップを目指しているそうです。

「新しいブランドがどんなお酒か、イメージは自分の中でなんとなくできているので、今はどうやってそのイメージに近づけていくかを考えているところです。淡麗辛口が主流の新潟らしいお酒とは異なる、甘みやフレッシュ感のあるお酒というのは挑戦してみたいですね」と、西島杜氏。

越後酒造場での酒造りが今年で5年目を迎える西島杜氏は、蔵人として働くことと杜氏として働くことの違いがやっと感覚的につかめてきたと、自身の成長を実感しているといいます。

これまで先代の杜氏に習ってきた酒造りを忠実に再現することを大切にしてきましたが、新しいブランドの立ち上げも見据え、これからはプラスアルファの工夫をしていきたいと意気込みます。そんな西島杜氏の背中を押すのは、「自分が造りたいお酒にチャレンジした方がいい」という長石社長の言葉です。

今あるお酒は、あくまで西島杜氏が入社する以前からあった銘柄ばかり。これまで受け継がれてきたことを大切にする一方で、西島杜氏自身が得た経験を活かして新しいブランドに取り組んでほしいとエールを送ります。

「新しいことに挑戦しやすくするためにも、もっと蔵全体の体力をつけていかなければいけない。それが越後酒造場の一番の課題だと考えています。売上が増えれば、それによってやれることも増えていきますから。

現在は売上のメインが飲食店向けなので、小売にも取り込んでいければもっと広げられるのではないかと期待しています。やれることはいろいろあるはずなので、これから蔵がどう成長していくのか楽しみです」

杜氏

野積杜氏の伝統的な技術を継承しながら、前例のないことへも積極的に飛び込み、新たな挑戦を続けていく。言葉にするのは簡単ですが、実践するためにはたゆまぬ研鑽やモチベーションの維持、創意工夫、そして周囲のサポートが欠かせません。

越後酒造場は、伝統と革新、どちらも大切にしながら一歩ずつ前進しています。灘の酒造メーカーから越後の蔵へ移った長石社長と、まだ杜氏として歩みを始めて間もない西島杜氏。インタビューでは、互いにフレッシュな気持ちで酒造りに取り組み、蔵で働く人たちとともに支え合っている様子が見て取れました。

そうした新鮮さとぬくもり、手作業によるていねいなお酒との向き合い方が、これから生まれる越後酒造場の新しいお酒の味わいに反映されていくのかもしれません。

(取材・文/芳賀直美)

sponsored by 大関株式会社

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