「音楽と日本酒は似ているかもしれない。日本酒を造ることも、日本の文化が背景にある、ひとつの世界を探検するようなことじゃないかな」

「音楽と日本酒の共通点はあるか」との問いにこの答えをくれたのは、世界的に権威ある音楽賞「グラミー賞」も獲得したフランス出身の人気バンド「Phoenix(フェニックス)」で、ギターを担当するクリスチャン・マゼライさんです。

Phoenixのメンバーと砥上さん

Phoenixのメンバーと楯の川酒造の砥上さん(左から1番目)。左から2番目がクリスチャン・マゼライさん。

この取材が実現したのは、Phoenixのメンバーが日本酒の熱いファンであるだけでなく、その名を冠したコラボ日本酒が造られたからに他なりません。

山形県・楯の川酒造が、2017年に「楯野川 純米大吟醸 PHOENIX」を発売。グラミー賞バンドとのコラボ、レインボーをモチーフとした目を惹くラベルで話題を集め、「2018年度 全米日本酒歓評会」でも高い評価を受けるなど、その味わいでも確かな実力を誇っています。

山形県酒田市・楯の川酒造「楯野川 純米大吟醸 PHOENIX」が横置きになっているボトルとグラスの写真

「楯野川 純米大吟醸 PHOENIX」

そして2019年になり、新たなコラボ商品「楯野川 純米大吟醸 PHOENIX Sparkling」を発表。4月23日にそのお披露目イベントが開催されました。イベント当日は、渋谷で催された国際的音楽祭「SOMEWHERE, 」のために来日したPhoenixのメンバーも出席。コラボに至った経緯や、新商品の魅力を語ってくれました。

Phoenixのメンバーは、どのようにして日本酒に魅せられたのか。「楯野川 純米大吟醸 PHOENIX Sparkling」の魅力とあわせて、その真意をお伝えします。

"先生"との出会いが生んだ縁

はじまりの舞台は、フランス・パリのオペラ地区。マゼライさんが住んでいた建物には、確かな品揃えで人気の日本食品店「WorkShop ISSE」がありました。そこで、店主の黒田利朗さんと知り合い、本物の和食や日本酒に親しんでいったといいます。

「彼は私にとっての"先生"でした。 日本酒に限らず、どんなことでも聞けたし、いつも予想外な答えをくれたんです。彼のおかげで、私や友人たちは日本酒をはじめ、日本の文化や考え方をより深く知ることができました。日本酒には無限の世界が広がっていると感じています」(クリスチャン・マゼライさん)

一方、楯の川酒造でマーケティングディレクターを務める砥上将志さんは、フランスで自社の日本酒を扱うパートナーを探すべく、2011年に黒田さんと出会います。「日本酒や日本の文化を海外へ伝えたい」という両者の想いが一致し、提携が決まりました。

楯の川酒造の砥上将志さん

楯の川酒造・砥上将志さん

2013年のある時、黒田さんは砥上さんにマゼライさんを紹介します。その後の2014年1月、砥上さんはPhoenixのライブを観た後、特別にラベルをデザインした楯の川酒造の日本酒をマゼライさんにプレゼント。それをメンバーが気に入ったことから、両者がコラボレーションした限定酒を販売するプロジェクトがスタートしたのです。

砥上さんがマゼライさんにプレゼントしたラベル

砥上さんがマゼライさんにプレゼントしたラベル

しかし、この稀有な引き合わせを生んだ黒田さんは2017年2月に他界。その出来事は、プロジェクトを必ず成功させるというモチベーションへと変わります。2017年6月に、黒田さんへの敬意を込めた「楯野川 純米大吟醸 PHOENIX」を発売。ラベル下部には"In Memory of Toshiro Kuroda"と記し、黒田さんがガンで亡くなったことから、売上の一部を日本赤十字社に寄付することに決めました。

「人々が日本酒の世界に踏み出すきっかけを作りたい」という思いを胸に、楯の川酒造とPhoenixのコラボレーションは続くことになります。後に、Phoenixメンバーが自ら日本酒を選定し、その魅力を世界中に広めるプロジェクト「PHOENIX SAKE COLLECTION」も発足され、奈良県・油長酒造や栃木県・惣誉酒造も参画しました。

結成20周年を記念したスパークリング日本酒

そして、Phoenixの結成20周年を記念し、新たに発表されたのが「楯野川 純米大吟醸 PHOENIX Sparkling」です。

スパークリング日本酒の製造には、大きく分けて「後入れガス充填」と「瓶内2次発酵」の2つの方法がありますが、このお酒は「瓶内2次発酵」で造られました。瓶の中に澱(おり)を残し、瓶内で発酵を継続させることでガスを発生させます。しかし、生酒のため、保管状況によっては品質が劣化してしまいます。

今回の商品開発では、海外でも楽しめるよう常温保管できることを重視しました。耐圧タンク内で2次発酵を済ませ、酵母が作り出す自然な炭酸ガスと麹と米が作るやわらかい甘味を酒に閉じ込めたあと、澱が絡んでいないクリアな状態で瓶詰めをし、さらに火入れまで行うことで品質劣化を防ぐ、独自製法の特別なスパークリング日本酒です。

「純米大吟醸 PHOENIX Sparkling」

普段から、Phoenixのメンバーは喉への影響を考慮して弱炭酸を好むこともあり、ガス圧は一般的なスパークリング日本酒の半分程度に調整したとのこと。

契約栽培でつくった庄内産の出羽燦々を用い、精米歩合は50%。楯の川酒造の特徴であるクリアな飲み口に、甘みや米の旨味が合わさり、「乾杯酒としてふさわしい酒に仕上がった」と楯の川酒造の佐藤淳平社長は評しました。

「音楽と日本酒は似ているかもしれない」

「PHOENIX Sparkling」お披露目イベントの直後、SAKETIMESではマゼライさんに独占インタビューをする機会を得ることができました。音楽と日本酒の関係性、楯の川酒造とのコラボ、そして新たに発表された「PHOENIX Sparkling」の魅力など、さまざまなお話をうかがいました。

クリスチャン・マゼライさん

─ 日本酒を好きになったきっかけを教えてください。

2000年に札幌でライブをした時に初めて日本酒を飲んで、すぐ好きになりました。今でもライブツアーをするなら日本は一番好きな国ですね。その後に「WorkShop ISSE」の黒田さんと出会い、彼が日本酒のすべてを教えてくれました。

黒田さんは「水のようにミニマルで、洗練されたものが日本酒の理想」と語っていました。コラボレーションの話が始まった時は、まさに水をイメージさせる日本酒「楯野川」から、より糖分を少なく、より真っ直ぐに立つミニマルな酒にしようと考えていました。「楯野川 純米大吟醸 PHOENIX」は、まさに黒田さんの理想へ一歩近づいた日本酒だと思います。

─ 「真っ直ぐに立つ」という表現はユニークですね。

それも、黒田さんの教えのひとつです。ワインは食べ物とのマリアージュで成り立つため「斜め」に立っている。しかし、日本酒は単体で成り立つために「真っ直ぐ」に立っているものだと話してくれました。

─ 今回の「楯野川 純米大吟醸 PHOENIX Sparkling」は、どんなところが気に入っていますか。

実は、もともとスパークリングはそれほど好きではなかったんです。バランスが悪かったり、どこか下品に感じるところが多かったから。楯の川酒造から「楯野川 純米大吟醸 PHOENIX Sparkling」を提案された時は乗り気ではありませんでしたが、一口飲んだらしっくりきましたね。バランスが取れていて、一発で納得しました。

音楽も調整に時間がかかることが多いですが、今回のスパークリングみたいに一発で決まる曲もあります。そういうものは、特別な存在になるんですよね。

─ 音楽と日本酒に共通点があるとは興味深いです。

年齢を重ねると、新しい世界を求めるようになります。新しいアルバムを作るときには、毎回「新しい音楽の世界」を探検するような気持ちで制作に望んでいます。

日本酒を造ることも、ただのアルコール飲料を造ることとはきっと違うと思います。日本の文化が背景にある、ひとつの世界を探検することに近いのではないでしょうか。そういう意味では、音楽と日本酒は似ているのかもしれませんね。

─ 「風の森」の油長酒造や「惣誉」の惣誉酒造も参画する「PHOENIX SAKE COLLECTION」では、どのような違いを意識していますか。

それぞれの蔵が発売した「PHOENIX Limited Edition」で、蔵ごとに異なる世界観や方向性を紹介したいと考えています。

「PHOENIX SAKE COLLECTION」

「風の森」と目指したのはミニマルな日本酒ではなく、むしろロックンロールでアバンギャルドな日本酒。生原酒にも似ている、今までになかったような日本酒だと思います。少しだけ「斜め」に立っているけれど、決して倒れることはない。奈良の硬水を使っているので、その特徴が出ているのでしょう。しっかりとした重みがあって、燗でも楽しめる1本です。

─ 次に造ってみたい日本酒のイメージはありますか。

実は、スパークリングを造ろうとする前は、濁り酒を造ろうとしていたんです。メンバーも楯の川酒造の濁り酒が好きでしたから。濁り酒をよりミニマルな酒にしたかったのですが、今回はうまくいかなくて......。しかし、そのプロセスで日本酒を学ぶいい経験ができました。いつかは濁り酒を造りたいですね。

「日本酒」から「SAKE」へ

お披露目イベントには、Phoenixメンバーのほか、楯の川酒造・佐藤淳平代表取締役、マーケティングディレクター・砥上将志さんをはじめ、油長酒造・山本嘉彦代表取締役、惣誉酒造・河野道大専務取締役も出席。

さらに、横浜君嶋屋の四代目代表・君嶋哲至さん、ニューヨークを拠点に和酒のPRを行うSake Discoveries・新川智慈子社長が参加していました。

イベントでは、楯の川酒造・砥上さん、新川智慈子さん、さらにナレーターや司会で活躍するレイチェル・チャンさんによるトークセッションも開かれました。「ニューヨークでは、一風堂のラーメンと日本酒を合わせるのが流行している」といった現地情報も話題に上がり、海外における日本酒事情を垣間見ることができました。

イベントの集合写真

日本酒が"SAKE"の名と共に世界に羽ばたく陰には、そのきっかけを作る"人"が必ずいます。きっかけを、より大きな体験へと引き上げてくれる人もいます。

Phoenixにとっての黒田利朗さんのように、彼らの呼びかけが、新たな日本酒の世界を切り拓いていく。その成果として生まれた日本酒が、また新たな人々を日本酒の世界へ誘う。このたゆまぬ循環こそが、日本酒と世界をつないでいくのでしょう。

(文/長谷川賢人)

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