天保3年(1832年)から山形県で酒造りを営んできた楯の川酒造。平成22BY(醸造年度)には精米歩合50%以下の純米大吟醸酒のみを醸造する体制に踏み切り、精米歩合1%という究極の高精白に挑戦するなど、オンリーワンの進化を続けています。

SAKETIMESでは、その進化の過程について、蔵を率いる6代目蔵元・佐藤淳平社長へのインタビュー醸造現場への取材、さらに海外進出の立役者であるマーケティングディレクター・砥上将志さんに注目するなど、多方面から探ってきました。

楯野川酒造「純米大吟醸 光明(こうみょう」

精米歩合1%の純米大吟醸酒「光明(こうみょう)」

今回は、楯の川酒造の根本にある要素を見つめてみましょう。それは、彼らが根ざしている「庄内」という土地そのものです。

庄内という地域は山形県の北西部に位置し、多くの河川が流れ込む肥沃な土地を背景に、国内有数の米どころとして知られています。東は出羽山地、南は朝日山地、北は鳥海山、西は日本海に面し、山と海に囲まれた平野が広がっています。

山形・庄内から望む美しい鳥海山

山形・庄内から望む美しい鳥海山

庄内平野の南部に位置する鶴岡市は、その豊かな食材と伝統が評価され「創造都市ネットワーク 食文化部門」への加盟を認められました。これはユネスコが「世界の特色ある都市」を認定するもので、鶴岡市は日本で唯一の採択を受けています。

庄内の魅力は、楯の川酒造の日本酒にどのように活かされているのでしょう。今回は楯の川酒造の佐藤社長と、庄内をベースに活動する2名に集まっていただき、庄内の特色を伺いました。

左から順に、楯の川酒造・佐藤淳平さん、ハミングデザイン代表 ・宮城良太さん、有機栽培米の農家・佐藤清人さん

庄内の魅力は「独自の食文化」

ひとり目は、鶴岡市にデザイン事務所「ハミングデザイン」を構える宮城良太さん。

ハミングデザイン代表 ・宮城良太さん

ハミングデザイン代表 ・宮城良太さん

「光明」や「無我」など、楯の川酒造のラベルデザインを担当してきました。本社に併設された試飲ルームの店舗デザインも手がけています。

2012年に、14年間を過ごした東京の店舗設計企業を退職し、さくらんぼ農家を営む妻の実家がある鶴岡市へ移住しました。現在、5~7月はさくらんぼ農家、それ以外の時期はデザイナーという、一風変わった二足のわらじを実現しています。

有機栽培米の農家・佐藤清人さん

有機栽培米の農家・佐藤清人さん

もうひとりは、庄内生まれ庄内育ちの農家、現在71歳の佐藤清人(さとう きよんど)さん。

18歳で農業の道に進み、高度経済成長期を経て畜産も手がけるようになり、三元豚の養豚も行っています。23年前からは「当時、まだ一般的ではなかった」という無農薬の米作りにも挑戦。合計13町(約13ヘクタール)の田んぼで米を栽培し、契約農家として楯の川酒造の酒米も作っています。

「楯の川酒造とは先代のときから関わりがあり、その時に契約農家を探していると聞いたんです。そこで、酒米に初挑戦しました。自分の米で造られた酒を初めて飲んだときの思いは一生忘れられません」と、佐藤さんは酒米作りを始めたころを振り返ります。

楯の川酒造 社長の佐藤淳平さん

楯の川酒造 社長の佐藤淳平さん

佐藤社長、宮城さん、清人さんの3名に、率直な庄内の魅力を伺うと「食文化」と声を揃えます。米はもちろん、三元豚などの豚肉、枝豆、岩牡蠣、庄内柿、庄内メロンなど、豊富な農産物・海産物が挙がりました。「庄内野菜」と呼ばれる在来野菜も多く、特に赤ねぎが名産なのだとか。

「赤ねぎは辛味が強く、刻んで納豆に入れると美味しいんです。でも、煮込むと味が柔らかくなる。栽培が大変なのであまり多くは作れませんが、庄内には在来の伝統野菜がたくさんあります」(清人さん)

かつての山形県には、各県に1つが通例の「全農(全国農業協同組合連合会)」が、「庄内」と「山形県」のどちらにも存在していました。ひと口に「山形県」とくくれないほど、庄内は独自の食文化を育んでいたようです。

新幹線も高速道路もない。それが良かった。

庄内の肥沃な土地を語るうえで、そして日本酒を語るうえでも欠かせないのが「水」

周囲の山々から流れ込む雪解け水や、先人たちの築き上げた灌漑用水が張り巡らされた水田のおかげで、すくすくと米が育つのです。清人さんが「湿気を含んだ温かみのある雪が降る。まるで布団のよう」とたとえる庄内の雪は、楯の川酒造の酒造りに欠かせない要素のひとつです。

楯の川酒造 社長の佐藤淳平さん

「酒造りには良い環境です。雪が降るおかげで空気中の雑菌が落ち、無菌状態に近い環境で酵母と麹菌を働かせられること。そして、水道水でも充分に美味しい水がたっぷりとあるのは良いことですね」(佐藤社長)

有機栽培米の農家・佐藤清人さん

豊かな自然に加え、美しい景観の残る庄内。この土地で長年暮らす清人さんは、庄内地域の課題でもあり特色でもある点として、"後発の利"を挙げます。

「高度経済成長であらゆる地域が恩恵を受けたけれど、庄内には新幹線が来なかったし、高速道路も断片的。国内でも発展が遅れていると言われてきたのです。ただ、便利になりすぎなかったことで、1次産業の良いところが残りました」(清人さん)

「企業誘致よりも、1次産業との組み合わせで発展することが、地方の手っ取り早い産業振興」と清人さんは話します。地元産の原料でグローバル市場へ打って出ることこそが、今後、地方のロールモデルとなる可能性を秘めているのでしょう。

ハミングデザイン代表 ・宮城良太さん

東京から移住した宮城さんは、外側から来たからこそ、その強みをより体感していると話します。

「原石は至るところに転がっていて、それを国内だけでなく、海外へどのように発信するのか。海外では古民家や伝統的な食事など、日本らしいストーリーが好まれる傾向にあります。今ある資源を見やすいように調整し、発信していくことが大事だと思います」(宮城さん)

しかし、発信や発展の方法には、宮城さんも注意を払っているのだとか。気にかけているのは、"東京のように"押し付けないこと。ターゲットを地元住民に定めるのか、あるいは観光客にするのかを明確にした上で、時代性に寄りかかりすぎないデザインを施す。庄内にある原石の輝きを失わずに、磨き上げることを意識しています。

「庄内」だからこそ、できるモノづくり

左から順に、楯の川酒造・佐藤淳平さん、ハミングデザイン代表 ・宮城良太さん、有機栽培米の農家・佐藤清人さん

一方で、宮城さんは家業のさくらんぼ農家を発展させ、「いつかはリゾートを作りたい」という夢を聞かせてくれました。

「さくらんぼ狩りや体験プログラムといった1日だけの農業経験だけでなく、会社の研修で1週間滞在するという事例も増えています。魅力的な食文化や観光はもちろん、宿泊も含めて提供できる、庄内だからこそのリゾートを作ってみたいんです」(宮城さん)

庄内に潜む原石。それを活かす手はずは、まだ多く残されています。

種麹をふる楯の川酒造 社長の佐藤淳平さん

佐藤社長は「自分たちで酒米を作っていきたい」と展望を語ってくれました。

「契約農家さんとは付き合い続けながら、全体の2割くらいは自社米で酒を造りたい。そのなかから潤沢に米を使う高精白の酒を造ることで、また新しい差別化になると考えています」(佐藤社長)

清人さんは、「地域の根ざす産業」として日本酒への期待を話してくれました。

「大きな企業を誘致したものの、その企業が抜けてしまってから苦しくなる地域をたくさん見てきました。だからこそ、1次産業から盛り立てていくことがとても大事なんだと思います。ですから、1次産業と深く関わっていて、地域に根ざす日本酒の役割は大きいですよね。楯の川酒造には『こんな美味しい酒が日本のどこで生まれてくるんだ』という気持ちにさせてくれるお酒を造り続けて欲しいと思っています」(清人さん)

世界を驚かす「SHONAI」へ

庄内で暮らし庄内で仕事をする3名は、それぞれ手がけることは違えど、庄内への認識は共通しているようでした。豊かな土壌から生まれる米や農産物を活かして、世界が驚くようなモノづくりができる。それこそが、庄内の魅力なのでしょう。

庄内の豊かな土壌で育まれた農産物が、この土地の食文化を支えている

庄内の豊かな土壌でとれる農産物が、この土地ならではの食文化を支えている

庄内と暮らしてきた清人さんが守り育ててきた1次産業の輝きを、佐藤社長の率いる楯の川酒造が醸し、さらに宮城さんのような新しい才能が発展のサポートをする。その流れは、決して表面だけを真似したとしても、同じものは成しえないはずです。

"SHONAI"の名を海外から耳にする日は、そう遠くないのかもしれません。

(取材・文/長谷川賢人)

sponsored by 楯の川酒造株式会社

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