山形県酒田市にある楯の川酒造は、天保3(1832)年創業。100年後も、"日本食の普及とともに、日本酒が世界の人々に認められ、世界中の人々を魅了するような Sake"であることを目指して、積極的に海外進出を進めてきました。

他国への波及効果が大きい、パリのブランド力

海外の国々で、楯の川酒造の日本酒が一番売れているのはアジア。全量純米大吟醸酒を掲げる同蔵の商品は、豪華さや華やかさを重視する中国や香港、台湾で売り上げを伸ばしてきました。シンガポールやマレーシア、インドネシアでも好調です。

一方、ヨーロッパの市場規模はまだ大きくないものの、ロンドンやパリでも健闘。購買力ではロンドンが勝りますが、パリの持つ発信力に注目し、積極的にプロモーションを仕掛けています。

「やはり、"食の都"パリのブランド力は絶大。『パリでも人気』という話をすると、バイヤーの目の色が変わるんです。他国への波及効果も考え、重要視しているマーケットのひとつですね」と語るのは、楯野川のブランディングと国内外のマーケティングを担当する、楯の川酒造の砥上将志さん。

パリでは、在仏日本大使館やOECD(経済協力開発機構)の公邸、日本産の上質な食品やお酒をセレクトした小売店「Workshop ISSE」で試飲会を開催するなど、イベントを通したプロモーションを地道に行っています。その努力の甲斐もあり「Workshop ISSE」での販売は好調。パリにある五つ星ホテル・ホテルクリヨンや、ザ・ペニンシュラパリにも納品しています。

また、今年7月にパリで初めて開催された日本酒コンクール「KURA MASTER」の純米大吟醸部門では「楯野川 清流」が金賞を受賞しました。

「WorkshopISSE」で行われた試飲会の様子

他業界から来た、異色のマーケター

楯の川酒造の海外進出を推し進めた原動力は砥上さん、と言っても過言ではありません。そんな砥上さん、実はもともとデザイナーだったのだそう。

「昔から、海外に住みたかったんです」という砥上さんは、20代でデザイン会社を退職し、カナダのトロントやアメリカのニューヨークに数年間滞在していました。帰国後、楯の川酒造の佐藤淳平社長と知り合い、意気投合し入社。それ以来、楯野川のブランドに関わるデザインとマーケティングの全権を任されています。「海外へ行く前は、日本酒の仕事をするなんて、まったく想像していなかった」と言うように、人のキャリアは不思議なものですね。

学生時代にバックパッカーだった経験を活かし、軽いフットワークと得意の英語で精力的に新しい取引先を開拓。現在はひとりで海外を飛び回り、世界中で楯野川を売り歩いています。「Workshop ISSE」との取引も、ドイツで開催された展示会の帰りにパリを訪れた際、楯野川を日本で飲んだことがあった元店主・黒田利朗さん(故人)と出会ったことで始まりました。

「日本酒×ロックバンド」という試みで新しい市場を拓く

限定商品「楯野川 純米大吟醸 PHOENIX」。国内は君嶋屋でのみ販売

楯の川酒造は、今年6月にフランスのロックバンド「PHOENIX」とコラボレーションした限定商品「PHOENIX」を発売しました。"日本酒×ロックバンド"という斬新な切り口は日本酒業界でも珍しい試み。「PHOENIX」のファンである30代前後の若者を楯野川の顧客として育てる狙いがあったのだとか。

このプロジェクトは、ANAが主催するクラウドファンディングのプラットフォーム「Wonderfly」の課題テーマ「家で、外で、日本酒をもっと。」でAWARDを受賞。賞金の100万円でプロトタイプを製作し、クラウドファウンディングで資金を調達しながら、手作りの手ぬぐいで包んだ新しい商品の開発を進めています。

楯野川と「PHOENIX」を結びつけたのは、今年2月に亡くなった「Workshop ISSE」の黒田さん。黒田さんと親交が深く、以前から楯野川のファンだった「PHOENIX」メンバーのクリスチャン・マゼライさんとのご縁で実現に至りました。このプロジェクトは、パリで日本酒の普及に尽力されていた黒田さんに対する感謝の意味も込められています。

お酒にまつわるストーリーを、いっしょに伝える

左から「Workshop ISSE」の黒田須美子さん、クリスチャン・マゼライさん、砥上将志さん

海外で日本酒を売るのは簡単なことではありません。物理的な距離も大きな障壁のひとつですが、フランスでお酒を売ろうとすると、輸送費や税金、取引先のマージンなどが重なって、価格が3倍に膨れ上がります。価格が3倍になってしまう商品に、どのような付加価値をつけて販売していくのでしょうか。

「品質が高いのは当然として、お酒にまつわるストーリーを伝えたいですね。蔵のある山形の風景や造り手の顔が見えるような話を通して、他の商品との違いをアピールしていく。それを地道に積み重ねていきます」

異業種の出身で、かつ海外経験が豊富というバックグラウンドを持つ人材の加入が、山形にある老舗酒蔵の海外進出を大きく前進させました。今後の楯の川酒造にも期待しましょう。

(文/金子 剛)

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