国税庁の発表によると、平成27年度における日本酒の海外輸出は、輸出量・金額ともに6年連続で過去最高値を記録しました。フランスでも、ここ数年でSAKEに対するイメージが変わりつつあります。
これまでは、現地の日本食レストランでもワインやビールを飲む人の方が圧倒的に多かったようですが、今は現地のフランス人が日本酒を楽しむ場面に出会うことも少しずつ増えてきました。しかし、ブームと言われるほどにはなっていないのが現実でしょう。
国税庁のデータを改めて見てみると、日本酒の主な輸出先は以下のようになっています。
- 1位 アメリカ合衆国
- 2位 香港
- 3位 大韓民国
- 4位 中華人民共和国
〜中略〜 - 9位 イギリス
- 10位 ベトナム
このうち、アメリカと香港の2カ国だけで輸出量の50%以上を占有。上位10カ国に、フランスをはじめとするEU圏の国々がランクインしていないのも意外に思われるかもしれません。
ヨーロッパで唯一ランクインしているイギリスのシェアは、わずか1.9%。アメリカ(35.7%)や香港(16.3%)、大韓民国(9.7%)と比較しても、まだまだ少ないことがわかりますね。
小林順蔵商店の代表・小林佑太朗さんにインタビュー
それでも、欧州でもSAKEが少しずつ認知されるようになった近年、日本酒を海外に輸出したいと考える酒蔵や、欧州でSAKEを販売したいと思っている現地輸入者の数は確実に増えています。
しかしながら、一筋縄でいかないのが欧州。言語の壁に加えてさまざまな規制があり、清酒をスムーズに輸出するためには、未経験者にとって非常にハードルが高い状況です。
そんななか、商品の輸出から現地の情報収集やイベントの企画運営まで、酒蔵を全面的にサポートしているのが株式会社小林順蔵商店。大阪とスイスを拠点に欧州を飛び回る、代表取締役の小林佑太朗さんにお話をうかがいました。
─ まず、小林順蔵商店についてご紹介ください。
小林順蔵商店は、創業1890年の歴史ある貿易会社です。羊毛の輸入を中心に事業を展開していましたが、数年前に業態を転換しました。現在は日本酒や焼酎など、"和酒"の輸出を中心に事業を展開しています。
─ 大阪とスイスを拠点に活躍されている小林さん。現在に至るまでの経緯について、お聞かせください。
私は兵庫県生まれで、中学までは地元にいました。その後イギリスの高校に進学し、2年間の現地生活を経て、大学進学のために日本へ戻ってきたんです。大学院に進学後、ホテルでの勤務を経て、家業である小林順蔵商店に入りました。そして、会社の事業方針を転換するため、新しいビジネスを探しているときに出会ったのが、日本酒だったんですよ。
─ 羊毛から日本酒輸出への業態転換、劇的ですね。どんなきっかけがあったのでしょうか。
きっかけは、父が知人の紹介でスイス人のMarcさん(現・Shizuku GmbHの代表)と出会ったことですね。Marcさんは日本での留学経験を通じて、日本酒のすばらしさに魅了されたようでした。「スイスで日本酒の普及に携わりたい」という願いを実現するために、貿易を営む弊社に声をかけてくれたんです。
当初は軽い気持ちでお手伝いしていましたが、Marcさんの熱意や蔵元の思いに触れることで、我々も日本酒の魅力に引き込まれていきました。そこで、新たに日本酒の輸出事業を立ち上げることになり、現在ではスイスだけでなく、ヨーロッパやアジアなどのさまざまな国で、日本酒のすばらしさを伝えるために奮闘しています。
Shizuku GmbH代表・Marc氏
─ 具体的な事業内容を教えてください。
簡単に言えば、"日本酒を海外に輸出したいと考える酒蔵"と"欧州でSAKEを販売したいと思っている現地輸入者"をつなぐ役割を担っています。
海外ではSAKEへの関心が年々高まっており、SAKEを自国に輸入したいと考える、Marcさんのような人が増えてきました。それは日本酒の輸出を検討している酒蔵にとって、絶好のチャンスでしょう。しかし、言語的・地理的・心理的な壁が原因で、商談がスムーズに進まないケースが多いのも事実。こうしたチャンスをビジネスにつなげるためのお手伝いをしています。
単純な商品の輸送を行うだけではありません。輸入者に商品情報や日本の飲酒文化、蔵元の思いなどをしっかりと伝え、現地の人々に対するインフルエンサーになってもらえるような工夫をしています。定期的な情報共有や、蔵元が現地視察をする際のサポート、輸入者が来日したときのアテンドなど、双方のサポート体制を整えながら日本酒の市場拡大を目指すのが弊社の特徴ですね。
固定観念に縛られず、現地の感性を大事にする
─ 蔵元と輸入者とをつなげるにあたって、気を付けていることはありますか。
飲み方など、日本における日本酒のあり方を無理やり押し付けるのではなく、輸入者自身の感性を大切にするよう心掛けています。我々日本人は、固定観念に縛られたワンパターンな飲み方を提案しがちなんですね。「この日本酒は冷やで、刺身と合わせる」といったような。
しかし、現地輸入者の感性に任せると、おもしろい発想で食材や料理とのペアリングを提案してくれるんですよ。大切なのは、そうした意見を取り入れながら、新しい日本酒文化を現地で普及させることだと思っています。
─ 思い出に残っているエピソードはありますか。
Marcさんの家で体験した「チーズ酒フォンデュ」です。チーズフォンデュは通常、数種類のチーズを白ワインで伸ばしながら加熱するのですが、そのときは白ワインの代わりに日本酒で挑戦しました。米のほんのり甘い香りやまったりとした濃厚な旨味がチーズと溶け合い、非常に美味しくできたんですよ。ぜひ、試してみてほしいですね。
◎「チーズ酒フォンデュ」の材料
- スイスチーズ 1/2ポンド(約200~250グラム)
- グリュイエールチーズ 1/2ポンド(約200~250グラム)
- 小麦粉 小さじ2杯
- 塩 小さじ1/4杯
- ナツメグ(粉末) 小さじ1/4杯
- 日本酒(当時使ったのは「月の桂 純米吟醸 柳」) 1カップ
- 角切りのフランスパン お好みで
また、スイスのレストランで行なわれたペアリング・ディナー体験も印象に残っています。スイス人のシェフが、スイス料理と日本酒を絶妙にマッチさせていました。
なかでも鮮明に覚えているのは、コーンスープと純米酒(常温)のペアリング。コーンの香ばしさと、純米酒特有のまろやかな旨味が絡み合う、最高の組み合わせでした。この発想は日本人にはできないのでは、と感動しましたね。
─ スイスの人は、ペアリングを重視するようですね。フランスでは"フォアグラとソーテルヌワイン"や"牡蠣と白ワイン"のような定番ペアリングがあります。
日本では「日本酒は何にでも合う酒」と説明することが多いかもしれません。それに比べて欧州では、どの食材や料理と合わせるかが重視されるので、ペアリングの提案が重要になってきます。これからも、新しいペアリングをたくさん発見していきたいですね。
日本酒を、だれもが気軽に楽しめる存在に
─ 小林さんのお話を聞いて、日本酒はまだまだ大きな可能性を秘めていると感じました。日本酒の未来については、どう思われますか。
現在、ワインは世界各国で楽しまれています。日本国内でもワインの消費量は増え続け、日本酒の消費量に追いつかんばかりの勢いともいえるでしょう。欧州でも、ほとんどの日本食レストランが日本酒といっしょにワインを提供しているのが現状です。
しかし、私は実体験を通して、「ワインのおいしさを理解できる人は、日本酒のおいしさも理解できる」と確信しました。近い将来必ず、日本酒もワインのように全世界でだれもが気軽に楽しめるような存在になるでしょう。
日本酒が"和食の飾り"としてではなく、ワインやビールのようにどんなシーンでも飲まれる存在になることを、強く願っています。
─ 今回はリレーインタビューということで、小林さんから欧州で日本酒の普及に携わっている方を指名してください。
それでは、パリ市内でお好み焼き屋「OKOMUSU」を経営する、田淵寛子さんにバトンをつなぎたいと思います。
─田淵さんとは、どのように知り合ったのですか。
今年日本で開催された日本酒セミナーに、田淵さんが講師として登壇したことがきっかけですね。セミナーでは、フランスでの日本酒の現状を実体験を交えて紹介していました。アクティブで、さまざまなことにチャレンジされている印象を持っています。
─ 小林さん、ありがとうございました!
日本と欧州を飛び回り、日本酒の普及に尽力する小林さん。欧州の日本酒市場が大きく活性化する日も近いのではと、期待が高まります。
次のインタビューは、6月に3周年を迎えた、パリの人気お好み焼きレストラン「OKOMUSU」を経営する田淵寛子さん。地元フランス人に愛されるお店が語る日本酒事情について迫ります。
(文/SAKERINA)