スペインのバルセロナと言えば、サグラダ・ファミリアやグエル公園など、人気の名所がたくさんあるスペイン屈指の観光都市です。近年では、バルセロナにも寿司をはじめとする日本食ブームが到来し、250店以上の日本食レストランが存在するとも言われています。日本人が経営しているお店は1割にも満たないものの、スペイン人や中国人のオーナーによる新規レストランの出店は、加速度的に続いています。

最近は、寿司だけでなく、ラーメンやうどんの専門店も見られるようになったバルセロナで、こだわりの鶏白湯ラーメンと日本酒が楽しめる、地元スペイン人に人気のお店があると聞き、訪問しました。

バルセロナ育ちのオーナーによるラーメンダイニング「YU」

「いらっしゃいませ!」

にこやかなスタッフに迎えられ、店内に足を踏み入れると、そこは「ラーメン屋」というよりはお洒落なダイニングカフェ。

驚くべきはドリンクメニュー。ビールやワインよりも先に、SAKE(日本酒)が目に入ります。

SAKEがフランス人を惑わせる!? パリの”なんちゃって日本食レストラン”の実態」の記事にも書いた通り、「"なんちゃって日本食レストラン"が提供している"SAKE"のせいで、多くのフランス人が日本酒を食後に出される蒸留酒と勘違いしている」のですが、この状況はスペインでも同様です。

「スペイン人に、日本酒の本当の美味しさを知ってもらいたい」

そう語るのはバルセロナ生まれ、バルセロナ育ちのオーナー・山下ロウナさん。

物価の安いスペインでは、ビールもワインも低価格。輸入品である日本酒は、ちょっとした贅沢品です。「試しに注文するには、値段が気になる。それならいつものワインにしておこう」というのが、スペイン人の本音のようです。そのため「YU」では、日本酒のグラス売り価格をワインよりも低く設定し、スペイン人に気軽に楽しんでもらえるよう工夫しています。

ご自身も日本酒が大好きだというオーナーの山下さんに、「YU」にかける想いを伺いました。

-メニューの一番最初に、ビールでもワインでもなくSAKE(日本酒)を載せているのはなぜですか?

とにかく、SAKEを飲んでもらいたい、というのが一番の理由です。こちらから提案しなくても「ここではSAKEを飲むべきなんだな」と感じ取ってもらいたくて、もっとも目につくところに載せています。

-お客さんの8割がスペイン人という「YU」でも、食後酒としてSAKEを求めるお客さんが少なからずいるとのことですが、SAKEは食後酒ではないと説明するのでしょうか?

私たちはひとまず、お客様の好きなタイミングでSAKEを飲んでもらうことにしています。仮に、なんちゃって日本食レストランで提供されている中国酒(パイチュウ)をSAKEだと信じ込んで、食後酒としてご注文くださるお客様がいたとしても、「SAKEは醸造酒でありパイチュウとは異なる飲み物です・・・」ということは言わず、黙って日本酒を注いで差し上げます。

-飲んだお客さんは驚くのではないでしょうか?
驚いて「これは何だ?」と聞いてきますね、それが私たちの狙いです。

-言葉で訂正するのではなく、実際に飲んでいただき、味の違いを判っていただくのですね。
その通りです。そこでお客様とのコミュニケーションが生まれます。本当のSAKEはこんな飲み物だったのか!と気が付いたお客様の多くは、もっとSAKEのことが知りたくなる。そこで初めて我々も、日本酒についての知識をお伝えします。こうして少しずつ、日本酒ファンを増やしていくのです。

スペイン人には辛口のSAKEが人気

山下さんの工夫が功を奏し、今では「YU」を訪れる多くのスペイン人が、SAKEを注文するようになったそう。では、どんなSAKEが人気なのかというと、"辛口"を好む傾向にあるようです。まだまだ大吟醸や吟醸など、特定名称についての知識を持つ方は少なく、たいていのお客さんが「辛口のSAKEをください」という注文をするそうです。そんな中、一番人気のお酒は「松竹梅 上撰豪快」とのこと(メニューでは「GOKAI FUTSUSHU」と表記)。

「豪快」は、その名の通りどっしりとした旨味と、キレのある後味が特徴の日本酒です。コクがあるので、ラーメンや味の濃いつまみとの相性も良く、食中酒として楽しまれる方が多いそうです。

飲む・つまむ・〆る

日本と同様に、「つまむ」食文化があるスペイン。タパスやパエリアなどの大皿料理を数人でシェアする文化が根付いています。つまり、日本の居酒屋文化に通ずる部分があるということです。

「YU」では、「つまむ」ための一品料理も充実しています。イベリコ豚を使用したとんかつをはじめ、スペインならではの食材を日本らしくアレンジしたつまみの数々に、ついついSAKEも進みます。そして、飲んでつまんだあとは、自慢のラーメンで〆る。

自慢のラーメンスープの仕込みにかかる時間は、8時間。作り置きはしません。日本の食文化を、その地に合った形でできる限り再現したい。そんな願いが込められたスープは、スペイン産の鶏の旨みが凝縮され、まろやかで優しい味わいでした。

日本食のクオリティの高さを、生まれ育ったスペインで

山下さんの父は、今から約40年前にバルセロナで初めて日本食レストランをオープンさせ、日本食ブームを巻き起こした立役者だそう。現在は、YAMASHITAグループとして、バルセロナ市内に多くの日本食レストランを展開しています。

日本食ビジネス界のサラブレッドとも言える山下さんはバルセロナ生まれ、バルセロナで育ち。ビールやワインを好み、日本酒を飲むことはほとんどなかったと言います。日本酒の魅力に気が付いたのは、初めて日本に住んだ24歳の時だそうです。

「日本に住み始めた当初、ある日本酒に出会い、あまりの美味しさに感動しました。それまで日本酒に対して持っていた悪いイメージが払拭され、こんなに美味しいものならば、国籍問わずみんなに受け入れてもらえるはずだと思いました」

こうして4年間、日本で飲食ビジネスに携わるうちに、「生まれ育ったスペインで、現地の人々に日本食・日本酒文化の豊かさを伝えたい」という気持ちが、どんどん高まっていったそうです。

「日本で学んだことはたくさんありますが、一番驚いたのは"食のクオリティの高さ"です。多くのお店が本当に美味しいものを提供していることに驚きました。と同時に、そのクオリティが海外ではまだじゅうぶんに再現できていないとも感じたのです。

そして、日本人のルーツを持ちながら、バルセロナで生まれ育った自分だからこそ、日本の食文化を現地に合わせて伝えることができるのではないかと考えました。」

そんな思いを胸に、2014年にバルセロナへ戻り手がけた店が、ラーメンダイニング「YU」です。「ラーメンダイニング」という名のもと、「飲む・つまむ・〆る」を体験できる店を目指しました。

「まだまだ、挑戦は始まったばかり。バルセロナには日本食・日本酒を盛り上げようと活動する方がたくさんいます。みんなで力を合わせて、日本酒ブームを創出したいです!」と語る山下さん。

飲んでつまんで、〆る。そんな日本の美味しい食文化が、スペインに根付く日も近いかもしれません。

(文/SAKERINA)

◎店舗情報

  • 店名:Ramen Dining YU
  • 所在地:Carrer de València, 204, 08011 Barcelona, スペイン
  • 電話: +34 934 51 94 46