「エンタメ化経営」という独自の経営方針を掲げる代表の渡邉久憲さんのもと、チャレンジングな取り組みを続ける岐阜県飛騨市の酒蔵・渡辺酒造店。地域に根付いた酒蔵ですが、ここで働くのは地元出身者だけではなく、社風に惹かれ、県外から移り住んできた人も少なくありません。
今回は、渡辺酒造店の従業員の中から、県外から移住してきた若手社員の方々に話をお伺いしました。全国に多くある酒蔵の中から渡辺酒造店を選んだみなさんは、どんな点に惹かれているのでしょうか。入社のきっかけや現在の仕事、今後の目標などについて聞きました。
造り手のトップである杜氏を目指したい—製造部・嶋田さん
最初に話をお伺いしたのは、埼玉県の出身で、入社4年目となる製造部の嶋田匡(しまだ・たすく)さん。大学時代に酒販店の方と親しくなったことをきっかけに日本酒に興味を持ち始めました。「自分が美味しいと思う日本酒を造っている蔵で働きたい」と就職活動を始めたところ、さまざまな日本酒を飲み比べしていた中に、渡辺酒造店の「蓬莱」があったといいます。
「ただ美味しいだけでなく、個性のある味わいだと感じました。実際、面接の時に渡邉社長や従業員の方々と話してみると、みんな個性が豊かでにぎやかな印象。他の酒蔵は職人気質の落ち着いた方が多かったので、まったく雰囲気が違って驚きましたよ。同時に『この会社で働いてみたい』と思いました」
無事に入社が決まり、嶋田さんは製造部に配属されました。朝6時に出勤すると、まずは前日に洗った米を蒸す作業から一日がスタート。その日の気温や湿度によって蒸し上がりの出来が変わるため、嶋田さんは「この朝一番の作業にやりがいを感じる」と話します。その後、蒸し上がった米を麹室や仕込み室に移動し、道具などの洗浄や片付けに。午後からは、醸造したお酒の濾過や火入れの作業を行います。
「お客さんの口に入るものを扱っているので、衛生面には常に注意を払っています。また、濾過や火入れの作業をする時、お酒をタンクからタンクへ移す作業が必要になりますが、蔵の中にあるタンクの数は限られているので、どんな順番で移動させるかを杜氏と相談しながら進めなければなりません。とても頭を使う作業です」
そうした毎日の業務を経て、完成した商品を手にする瞬間は喜びもひとしお。年に数回しか造らない商品もあるため、「試飲した時に『前回よりも良くなった』と感じられるとうれしくなります」と、嶋田さんは顔をほころばせます。
入社4年目となり、社内の後輩が増えてきたという嶋田さん。今後の目標を尋ねると「いずれは造り手のトップである杜氏を目指したい」と、力強い言葉が返ってきました。
「ただ、いまの自分はまだ実力不足。他の酒蔵の方々とも積極的に交流して、お互いに技術を高めていきたいと思っています」
現在、嶋田さんは、杜氏に頼らず若手社員だけでの酒造りに挑戦したいと、渡邉社長に提案しているのだとか。そうした積極的な姿勢の背景には、従業員の挑戦を後押ししてくれる渡邉酒造店の社風があるようです。
「社長も杜氏も、新しい挑戦を大事にする方で、自分のような若い社員の提案も無下にせず応援してくれます。社員同士の距離が近く、温かい雰囲気の職場です。その一方で、自分が直すべきところはきちんと指摘してくれる。そのおかげで、入社当時と比べると、人間としても成長できていると感じます」
海外に日本酒の魅力を伝えたい—営業部・小鹿さん
続いて話をお伺いしたのは、2020年に入社し、営業部の部長を務める小鹿栞歩(こじか・しほ)さん。群馬県出身の小鹿さんは、以前は地元の人材派遣会社で経理の仕事をしていましたが、得意の英語を活かした仕事をしたいと転職を決意。日本の魅力を海外に伝える仕事を探す中で、渡辺酒造店の求人を見つけました。
「会社のホームページを見た時に『日本で一番笑顔あふれる蔵』の文字が目に入りました。イベントなどの写真を見ても、スタッフとお客様がいっしょに楽しんでいる様子が伝わってきましたし、求人に応募する前に酒蔵を訪ねた時も雰囲気の良さを感じました。当時、日本酒に対する関心はあまり強くなかったのですが、『このにぎやかな人たちといっしょなら、日本酒を好きになれるかもしれない』と思ったんです」
入社が決まって1週間もすると、小鹿さんがイメージしていた親しみやすい雰囲気は早くも実感に変わりました。「みなさん、家族の話など、プライベートなことをたくさん話してくれるんです。前職が堅い雰囲気の職場だったこともあって、良い意味で大きなギャップがありました」と当時を振り返ります。
現在、主に輸出関連の業務に関わっている小鹿さん。海外からの問い合わせの対応や、輸出する国や地域ごとに決められたルールを確認しながら、商品のラベルなどに印字する内容の指示書の作成などを行なっています。
小鹿さんが入社した2020年の春は、国内外ともに観光需要が激減し、コロナ禍の影響をもっとも大きく受けていた時期。最近は、主にインバウンドのお客さんが戻りつつあるようで、小鹿さんが海外の方を接客する機会も増えてきたといいます。
「今年の5月からは、海外の方を対象にした有料の酒蔵見学を再開しました。説明はすべて英語で、これまでアメリカやカナダからのお客様をご案内してきました。コロナ禍のオンライン商談も達成感はありましたが、お客様のうれしそうな反応を直接見ることができるのは、喜びの大きさが違いますね」
異なる業種から日本酒の世界に飛び込んだ小鹿さんに、渡辺酒造店の一員になって良かったことを尋ねると、「日本酒を好きになったこと」と「新しいチャレンジができること」との答えが返ってきました。
「『こんなイベントや企画をやりたい』『こんなものを店頭に置いたらおもしろそう』というアイデアを提案すると、基本的に何でもやらせてくれるんです。チャレンジ精神を大事にしてくれて、自分が成長し続けられる会社だと思います」
今年は海外に赴いての商談も予定されているようで、「わくわくしながら仕事をしています。コロナ禍の中、がんばってきて良かったと感じています」と声を弾ませる小鹿さん。海外での経験を日本に持ち帰って、国内でのイベントや商談に活かしたいと意気込んでいます。
「海外から日本の酒蔵に来てくれるのは、もともと日本酒に関心の高い方々ですが、現地に行ってお会いする方々はそうではありません。渡辺酒造店の魅力をしっかりと伝えて、日本酒に興味を持ってもらえるようにがんばりたいです。そして『今度は飛騨に行ってみたい』と思ってもらえることを目標にしています」
世界中の料理と日本酒のコラボをしたい—営業部・三好さん
渡辺酒造店のInstagramのライブ配信に、樽酒の着ぐるみをかぶった「樽酒ウーマン」として登場しているのが、営業部企画課の三好こころさん。地方の展示会などでお会いした方に「樽酒の中の人ですよね!いつも見ていますよ!」と声をかけられることもあるのだとか。
そんな三好さんは、秋田県出身。動物飼育の専門学校を卒業した後、静岡県の動物園に飼育係として勤務。その後、沖縄県に移って離島を巡り、水族館や山小屋などでアルバイトをしながら生活していたという、非常にアクティブな経歴の持ち主です。
2016年にオーストラリアにあるワイナリーで働いたことをきっかけに醸造酒の魅力を知り、「帰国したら日本酒に関わる仕事に就きたい」と考えるようになりました。
「帰国した後、ネットで酒蔵の求人を探してみると、最初に出てきたのが渡辺酒造店でした。連絡をしたらすぐに返信がきて、その3日後には酒蔵見学へ。当日は私ひとりのために3時間半もかけて、酒蔵を案内してくれました。社長ともお話しして『国外も含めて日本酒の魅力を伝えていきたい』という思いに共感したため、ここで働くことを決めました」
現在は、主に酒販店への情報発信を担当している三好さん。メルマガの配信や酒販店に対する提案の資料作成のほか、直売店での接客業務も行っています。展示会や商談会で県外に出張することも多いそうですが、SNSの更新やライブ配信など、仕事内容は多岐にわたります。
入社からもうすぐ丸2年、日本酒の知識はまだ充分でないという三好さんですが、展示会や商談会の現場では、酒造りの細かい部分について聞かれる機会も少なくありません。そんな中、スムーズに話ができるのは、嶋田さんや小鹿さんも感じている"従業員同士の距離の近さ"のおかげだと話します。
「以前、製造の手伝いをした時、蔵人の方々から酒造りについて教えてもらう機会がありました。私が理解できるまで詳しく説明してくれたので、お客様からの質問に対して、又聞きの情報ではなく自分のリアルな体験からお答えできるようになったんです」
三好さんは、これまでレストランで働いた経験を活かし、飲食店とコラボしたペアリングイベントをたびたび企画してきました。次の目標として、世界のさまざまな料理とコラボしたいという大きな目標を掲げています。
「たとえば、本格的なスパイスの効いた料理と日本酒をどう合わせるか。世界各国の料理のプロフェッショナルに渡辺酒造店の日本酒を飲んでもらって、それに合わせた料理を作ってもらう。日本酒がもっている可能性をさらに広げるようなイベントを、私たちが企画し、発信していきたいです。新しいチャレンジを歓迎してくれる会社ですし、渡辺酒造店の日本酒には、世界に広がっていけるポテンシャルがあると思っています」
渡辺酒造店は「日本で一番笑顔あふれる蔵」
渡辺酒造店で働く3名の若手社員から話を伺ったところ、共通して出てきたのは「挑戦」というキーワードでした。業界の慣習にとらわれることなく、「エンタメ化経営」という独自の方針を掲げる渡邊社長の姿勢は、若手社員にもしっかりと浸透し、新しいチャレンジを恐れない社風が醸成されているようです。
そしてもうひとつ、「従業員同士の距離が近い」という点も、全員が共通して挙げた言葉でした。「和醸良酒」という言葉もあるように、酒造りはチーム戦。お互いに信頼し合える温かい雰囲気があるからこそ、渡辺酒造店の日本酒は、国内外のたくさんの人々を魅了するのかもしれません。
何よりも、嶋田さん・小鹿さん・三好さんの3名が楽しそうに笑顔で話している様子が印象に残りました。まさに「日本で一番笑顔あふれる蔵」を、そこで働く従業員が体現しています。
(取材・文:芳賀直美/編集:SAKETIMES)
sponsored by 有限会社渡辺酒造店