2019年、ラグジュアリー日本酒ブランド「SAKE HUNDRED」が、24年熟成のヴィンテージ日本酒「現外」を発売しました。
この「現外」は、1995年1月17日に発生した阪神淡路大震災のなか、兵庫県の酒蔵・沢の鶴で奇跡的に倒壊を免れたタンクから生まれた熟成酒です。
最初のリリースから2年が経った2021年1月、26年熟成となった「現外」の予約販売が始まりました。昨年に比べて、熟成による変化はわずかですが、口に含んだ時の透明感が増し、よりきれいでなめらかな印象です。
近年、日本酒の熟成が注目され始めているなかで、この「現外」は、どのような価値を世の中に示そうとしているのでしょうか。そのヒントを得るために、日本酒の古酒・熟成酒専門の酒屋「いにしえ酒店」の店主・薬師大幸さんに話をうかがいました。
ふたたび、脚光を浴び始めた熟成酒
長期間にわたってじっくりと寝かせる貯蔵の工程が重要視されているウィスキー。時を重ねるごとにヴィンテージとしての価値が上がっていくワイン。酒類の中でも、特に高級とされるものには「熟成」の価値軸が備わっています。
一方で、日本酒における熟成の文化は、あまり浸透していません。どちらかといえば、「新酒」や「しぼりたて」に代表されるフレッシュなものが好まれ、長期間の熟成を経て出荷される商品は、市場には決して多くありません。
「ワインは原料であるブドウの品質に最終製品の出来が大きく左右されます。対して、日本酒は造りの工程の中で人間の手がたくさん入るため、人間が酒質をコントロールする技術が発達してきました。搾った時点でひとつの完成形を迎える日本酒は、あえて熟成させる必要がなかったのかもしれません」
そう分析するのは「いにしえ酒店」の店主・薬師大幸さん。全国の酒蔵から選りすぐりの古酒や熟成酒を取り揃え、豊富な知識を活かして、その魅力を伝え続けてきました。
「実は、日本には古くから熟成酒を楽しむ文化がありました。しかし、明治時代に入って、酒蔵から出荷するタイミングではなく、お酒を造った時点で酒税が課されるようになりました。蔵で熟成しようにも酒税がかかってしまうので、造ったお酒をすぐに売り出すようになったんです。
さらに、原料の問題もあります。ブドウと違って米は主食。嗜好品であるお酒よりも大事なものです。特に戦時中などは食べる消費のほうが優先されたため、そもそもの日本酒の醸造量が多くなかったのかもしれません」
日本酒の世界においては、熟成の魅力がなかなか浸透してきませんでしたが、近年、熟成古酒を集めた試飲イベント「熟成古酒ルネッサンス」の開催や、熟成古酒の価値を再提案する「一般社団法人 刻SAKE(ときさけ)協会」の発足など、少しずつ光が当たり始めてきました。
そもそも、古酒や熟成酒には、定義があるのでしょうか。
「明確な定義はありませんが、私は『古酒』と『熟成酒』を異なるものと認識しています。酒質がもともとの日本酒の延長線上にあるものは『熟成酒』、もとの酒質を推測できないくらい色や味が変化しているものを『古酒』としています」
さらに、薬師さんは「『熟成』には『寝かせる』という意味以外に『寝かせた結果、酒質が向上する(美味しくなる)』というポジティブなニュアンスがありますね」と続けます。
「糖分の多いお酒ほど、熟成による変化が見られやすいです。逆に、米をたくさん磨いた当分の少ない大吟醸酒のようなタイプが極端に"化ける"ことは、多くありません。とはいえ、熟成による変化は未知数。運次第ですね」
温度や湿度だけでなく、瓶に触れた時に生じるわずかな振動も変化に影響があるのだそう。最終的な酒質をコントロールできない難しさが、古酒や熟成酒の魅力なのかもしれません。
熟成酒の魅力は「多様性」
古酒や熟成酒を専門に扱う「いにしえ酒店」には、日本酒ファンや熟成古酒マニアだけではなく、お酒を飲み慣れていない方々もよく来店されていたとのこと(現在、店舗は閉業中。ECサイトのみの展開)。
古酒や熟成酒は、一般的な日本酒よりもクセが強く、決して飲みやすいとは言えません。そのため、商品の提案にはコツが必要だそうです。
「基本的には、常温よりも高い温度帯が飲み頃です。同じお酒を温度を変えて試飲してもらったり、少しずつ複数の種類を試してもらったりしていました。ひと口に『古酒』『熟成酒』といっても、コクの深いもの、酸味の強いもの、香りや味のパターンは本当に幅広いんですよ」
「そんな『多様性』こそが、古酒や熟成酒の最大の魅力」と、薬師さんは話を続けます。
「香りや味だけでなく、それぞれの古酒や熟成酒が経てきた『時間』は、何ひとつとして同じものはありません。ワインやウィスキーなどの洋酒と並ぶような大きなポテンシャルを秘めていると思います」
今後、古酒や熟成酒が広まるためには「体験できる場がもっと必要」と語る薬師さん。そして、日本酒業界の全体が「熟成」の価値に目を向けて、価格の基準を変えていくことも欠かせないと言います。
「古酒や熟成酒との出会いは、一期一会です。栓を開けた後も、どんどん味わいが変わっていきます。それが、古酒や熟成酒のおもしろさであり、最大の価値ですね」
二度と出会えない奇跡の日本酒
後に「現外」となる日本酒が醸造されたのは、1995年。その年の1月17日、阪神淡路大震災が起こり、倒壊した酒蔵で奇跡的に残ったタンクには、日本酒のもととなる「酒母」が入っていました。
醸造工程の途中でしたが、設備の被災によって次の工程に進むことができなかったため、当時の蔵人たちは酒母の状態で搾ることを決断。未完成のお酒として沢の鶴の熟成庫で長い眠りについていました。
このお酒に価値を見出したのが「SAKE HUNDRED」です。「SAKE HUNDRED」は、「心を満たし、人生を彩る」を掲げて、日本酒の最高峰の価値を提供するブランド。「この味には、二度と出会えない」と確信し、ヴィンテージ日本酒「現外」としての商品化が決まりました。
「以前、後に『現外』となるお酒を試飲したことがあるのですが、その時と比べて、熟成香がより強くなり、特徴的だった酸味に苦味と渋みが加わって複雑さが増しました。日本酒度(−30)の数字を見ると、重い味を想像しますが、不思議とすっきりしていてきれいな後味です。個性が際立っていますね」
「現外」を試飲した薬師さんも、太鼓判を押していました。
「古酒を持っている酒蔵は多いですが、その中で光るものを探すのは、本当に難しいんです。その点、『現外』は適切な環境下でゆっくりと熟成が進んだ、奇跡的なお酒だと思います」
ヴィンテージ日本酒が世界で評価される未来へ
今この瞬間も貯蔵タンクの中で熟成が進んでいる「現外」は、毎年、その年に販売する分のみが瓶詰めされます。今後、販売される「現外」は、タンクに現在入っているものがすべて。二度と同じものを醸造することはできません。
薬師さんも「本当の意味で、"これしかない"お酒ですね。同じ味を再現するのは不可能だと思います」と評価します。
また、タンクの底には、熟成を重ねたからこその「澱(おり)」が沈殿しています。その上澄みだけを瓶詰めしている「現外」は、あとどのくらいの量を商品として出せるのか、正確に把握することも困難です。
2021年に発売されるのは、限定500本。不可逆の時間だけが創り出すことのできる「現外」にはヴィンテージ日本酒の可能性が秘められています。
(取材・文:渡部あきこ/編集:SAKETIMES)
◎商品概要
- 商品名:26年熟成「現外|GENGAI」
- 価格:198,000円(税込)
- 内容量:500ml
- 販売元:SAKE HUNDRED
- ※「SAKE HUNDRED」サイト内にて、事前申込を受付中。