秋田県を代表する銘酒として、長きにわたり愛されている「高清水」。醸している秋田酒類製造株式会社は、高い商品力と製造力で東北を代表する酒蔵として広く知られています。
同社に3つある醸造蔵のうち、本社敷地内に建つのが「千秋蔵」と「仙人蔵」です。
普通酒に特化し大規模な仕込みで会社の屋台骨となっているのが「千秋蔵」。一方の「仙人蔵」では伝統的な手法に立ち返り、酒造りの技を磨いています。
それぞれ異なるアプローチによる酒造りは、ひとりの杜氏の手によって統率されています。ふたつの蔵が目指す酒造りと杜氏の想いについて取材しました。
高清水の屋台骨となる「千秋蔵」
日本屈指の米どころとして知られる秋田県は、江戸時代から酒造りが盛んに行われ、現在も"美酒王国"としてその名を轟かせています。秋田酒類製造が発足したのは1944年のこと。秋田県内で酒造業を営んでいた12軒の蔵が、完全企業合同を行ったのが始まりです。
「酒質第一」を掲げ、手間を惜しまずに造られるお酒は口当たりが良く、バランスのとれた味わいを基調とし、食中酒として本領を発揮します。代表銘柄の「高清水」は、手頃なパック酒から華やかな食卓にも映える純米大吟醸酒まで幅広いラインナップが揃い、日本酒ファンに親しまれています。
秋田酒類製造の3つの蔵のうち、最も大きな製造量を誇るのが千秋蔵です。
「精撰辛口」などの普通酒の醸造に特化し、1978年に完成した地上6階建ての鉄筋コンクリート造の蔵では、7トンもの仕込みを1日1本ペースで行っています。
それを可能にしているのは、最上階から酒造りの工程に沿って洗米、蒸米、製麴と順に下層へと送っていく効率の良い作業動線。加えて、毎年仕込みの時期に合わせてやって来るベテラン蔵人たちの存在も欠かせません。
千秋蔵の蔵人たちは朝6時の始業から担当する持ち場につき、きびきびと作業を進めていきます。毎日同じことの繰り返しですが、実はかなりの集中力が必要とする作業。雑菌の繁殖を防ぐために酒母タンクなどを毎朝拭きあげるなど、常に清潔に保つように衛生面も徹底されています。
伝統の酒造りを継承する「仙人蔵」
一方の仙人蔵には、「酒造道場(さけどうじょう)」というキャッチコピーがつけられています。
この言葉に象徴されるとおり、仙人蔵は伝統的な造りを追求する小仕込み専用の蔵です。2005年に普通酒の製造蔵だった第一工場の一部を改築して誕生しました。
創業当時の柱や梁をそのまま活かした内部は、古き良き酒蔵といった佇まいです。コロナ禍で現在は休止となっているものの、通常なら見学も受け入れています。
ここで製造されているのは、全国新酒鑑評会への出品酒をはじめ、「瑞兆(ずいちょう)」や「 和兆(わちょう)」など、秋田酒類製造の数あるラインナップの中でも高級酒に位置付けられる商品群です。これらはほぼ手作業で造られています。
仙人蔵の蔵人は、社員を中心に構成された9名。少数精鋭で一丸となって酒造りに取り組む様子は、まるでスポーツチームのようです。声がけを行いながらの吸水作業では、緊張感の中に笑顔も見え、良い関係性が育まれていることが伝わってきました。
今ある酒に磨きをかけるために。秋田の伝統の酒造りをより深く知るために。そして未来へと続く新たな伝統の醸成のために。
仙人蔵の成り立ちには、そんな願いが込められていると言いますが、決して頑なに機械化を排除しているわけではありません。
たとえば、麹造りでは高性能な自動製麴機を導入し、内部の温度変化は杜氏のスマートフォンで逐一確認できます。この仕組みのおかげで長時間労働の必要がなくなり、良質な麹の再現性も上がったそうです。
それでも醪や酒母の温度管理は難しいようで、蔵の中は空調設備がなく気候がそのまま反映されるため、その都度適切な手当てを行わなければなりません。理想とするお酒に仕上げるため、経験と感覚を研ぎ澄ませて作業にあたります。
仙人蔵の手造りならではのきめ細やかな心配りに、先人から受け継がれた酒造りの精神が息づいていました。
杜氏の役目は、蔵人がその力を発揮できる場を整えること
個性の異なる2つの蔵を杜氏として取りまとめているのが、菊地格(ただし)さん。秋田酒類製造に入社後、研究室や精米工場での勤務を経て、2014年に5代目となる両蔵の杜氏に就任しました。
千秋蔵と仙人蔵、両極端の酒造りを行う蔵を同時進行で管理するのは、一筋縄ではいかない苦労があるようにも感じます。しかし、当の菊地さんは「同じよりは違ったほうがおもしろいですね」と意外にも楽しんでいる様子です。
「仙人蔵の出品酒はもちろん気を遣いますし、千秋蔵の普通酒は何と言っても『高清水』の売上の7割を支える商品。変わらない味を提供しながら酒質を上げていくにはどうすればいいかを考えるのはやりがいがあります」
ルーティーン作業の多い千秋蔵では、慣れゆえの作業の省略化や手抜きを行わないよう、「当たり前のことを当たり前にやる」ことに注力しています。
一方の仙人蔵では、気候の変動にも対応しやすいよう、あえて発酵力の弱い酵母を使うのがコツ。こちらも「特別なことはせず、基本に忠実に仕込む」ことを心がけているのだそう。
それぞれでき上がる商品こそ違うものの、菊地さんの真面目で一本筋が通った仕事ぶりは共通しています。
「副杜氏として4代目のもとで修行を始めた頃から両方の蔵での酒造りを見てきました。それぞれの蔵に思い入れもありますし、今でも教えてもらったことを思い出しながら造っています」
継承しているのは先人の思いばかりではありません。創業以来、メインとなる商品に「きょうかい6号酵母」を使うのも、継承のひとつです。
昭和初期に新政酒造の醪から分離された6号酵母は、高清水の初代杜氏「鶴田百治」がその発見にかかわった、秋田発祥の酵母です。穏やかな香りを生むのが特徴で、できあがるお酒は柔らかくふくらみのある味わいになります。主張しすぎず、食事のおいしさを一層引き立ててくれるため、千秋蔵ではメインの酵母になっています。
「6号酵母は、私に取っても扱いやすく慣れ親しんだ酵母。蔵の敷地内にある井戸から湧く仕込み水にもよく合うんですよね」と菊地さん。
他の酵母を使って冒険したい気持ちもあるそうですが、それよりも「高清水」を選び飲んでくれる人のためにも、ブレずに「定番であること」を重視したいと言います。
「普通酒は晩酌に毎日飲む人が多いだけに、ほんのわずかな違いにも気づいて電話をくださるお客さんもいます。それだけ愛飲してくれているわけですから、うれしい反面、プレッシャーもありますね」
杜氏の仕事は酒造りを統括し味わいを決めることですが、蔵人がその力を十分発揮できる職場を整えるのもまた必要なことです。
「酒造りの相手は微生物。よく観察して伸び伸びと育てるようにしているんです。環境を整えてあげると、気持ち良さそうに働いてくれる、そんな姿を毎日見るのが楽しいんですよ」
この言葉にインタビュー前にそれぞれの蔵で見かけた蔵人たちの姿が重なりました。菊地さんの人柄あってのチームが生み出す「高清水」の味わいの秘密が、わかったような気がします。
限られた条件の中でいかにおいしいお酒を造ることができるか
今後は「酒質のアップと銘柄としての発展を考えつつ、大きな変化のないように造りに専念したい」と語る菊地さん。全国に根強いファンを持つ「高清水」は、そんな心優しくまっすぐな杜氏のもとで造られています。
秋田酒類製造にとって千秋蔵は、「高清水」の味を守る砦のような存在。安易に造りや味わいを変えないことで、飲み手を裏切らない定番酒としての立ち位置を確立してきました。それは仙人蔵で造られる吟醸酒にしても同じこと。培った伝統を先人の心意気のまま受け継ぎ次世代に渡す役割は、流行を追うばかりでは継承できません。
ただ、それらは決して窮屈なことではないはず。むしろ、限られた条件の中で品質を向上させ続けていることは、千秋蔵と仙人蔵がクリエイティブな現場であることの証でしょう。
「高清水」の2つの蔵は大きな責任を負いながらも、今日もおいしい日本酒を醸しています。
(取材・文/渡部あきこ)
sponsored by 秋田酒類製造株式会社