車の運転が控えてたり、休肝日だったり......お酒を飲みたいけれど飲めないというシーンは、日常のなかにあふれています。
そんな時にうれしいのが、お酒を飲んでいる気分を楽しめるノンアルコール飲料。現在ではビールテイストやカクテルテイストなど、さまざまなノンアルコール飲料が販売されていて、実際に飲んだことがある人も多いのではないでしょうか。
京都・伏見の老舗酒造メーカー・月桂冠は、日本酒テイストのノンアルコール飲料の開発を続け、2019年8月には大吟醸の香りと味わいをイメージした新商品「スペシャルフリー」を発売しました。
アルコールを使わずに日本酒の香味を、しかも大吟醸を表現するという困難とも思える挑戦。月桂冠がノンアルコール商品の開発に懸ける思いを伺いました。
「ノンアルコールで日本酒の味を表現」という難題
お話を伺ったのは、月桂冠 総合研究所 製品開発課の村椿達哉(むらつばき・たつや)さん。
村椿さんが入社した2014年は、月桂冠にとって初となる日本酒テイストのノンアルコール飲料「月桂冠フリー」が発売された年。当時、多くの先輩社員が、新商品の発売に向けて東奔西走していたといいます。
月桂冠がノンアルコール飲料の開発を始めたのは、2003年のこと。
当時、道路交通法の改正により飲酒運転の罰則が強化されたことを受けて、ノンアルコール飲料の需要が増加。それにともない、大手ビールメーカーから続々とノンアルコール飲料が発売されました。
月桂冠も日本酒テイストのノンアルコール飲料の開発に着手しますが、日本酒独特の香りやうまみはアルコールを使わずに表現するのが難しく、開発は一時頓挫してしまったといいます。
「日本酒はさまざまな成分で構成されていますが、やはり味わいの大きな決め手となるのがアルコール(エタノール)です。お酒からアルコールを抜くだけでは味のバランスが崩れてしまう。日本酒らしい甘さ、酸、辛さをどのように表現するか、非常に苦労したと聞いています」
一度は頓挫してしまった挑戦ですが、飲酒運転の罰則がさらに厳しくなったことを受け、「やはり自分たちも造らなければいけない」という使命感から開発を再開。前任の開発者たちは、あらためて日本酒テイストのノンアルコール飲料と向き合うことになりました。
ヒントとなったのは、すでにさまざまなノンアルコール飲料を開発していたビール会社の製法です。
月桂冠は当初、「日本酒からアルコールを抜き取る」という方法で開発しようとしていましたが、ビール会社は「ビールの香りや味わいを一から作り上げる」という方法をとっていました。
以前から、果物を使ったリキュール類の製造も行っていた月桂冠。味を生み出すことのノウハウがあったことから、「日本酒テイストも一から作り上げることができるはず」と、商品化への新しい道筋が拓けたのです。
「日本酒の成分を分析して、アルコールを使わずに代替できそうなものをいくつも試したと聞いています。甘さは糖を足してみたり、酸や苦みは柚子の抽出物で表現したり、生姜やコショウを使って試作したこともあったのだとか。複雑な成分で構成された日本酒のなかでも、どの成分が特に効いているのか、先輩たちはひとつひとつ試しながら開発に取り組んだそうです」
より健康に配慮した「NEWフリー」
2014年、月桂冠がノンアルコール飲料の開発に着手してから11年という歳月を経て、日本酒テイストの最初のノンアルコール飲料「月桂冠フリー」が商品化されました。
その翌年には、「月桂冠フリー」をリニューアルした、アルコール0.00%、糖質ゼロ、カロリーゼロの「月桂冠NEWフリー」を発売。わずか1年でのリニューアルに踏み切ったのは、消費者からの切実な声を受けてのことでした。
当初、開発側が想定していた利用シーンは「車の運転をするときに」「休肝日のために」「飲酒量を抑えて飲み過ぎを防ぐために」といったもの。
しかし、想像以上に多かったのは「健康上の理由で医師から飲酒を制限されている」という人たちの声。それでも日本酒を飲みたいという人が「月桂冠フリー」に出会い、定期的に購入していたのです。
「医師から飲酒を止められているような方は、同時にカロリーや糖質にも配慮する必要がある方たちでした。ですが、最初に発売した『月桂冠フリー』は糖質やカロリーがそれなりに多かったんです。当時、他社のノンアルコール商品は糖質ゼロ、カロリーゼロというものも増えていたので、これからはアルコール以外の要素もゼロを目指そうと決意を固め、リニューアルに踏み切り、『月桂冠NEWフリー』を発売しました」
「普通酒テイスト」から「大吟醸テイスト」へ
そして2019年8月、「月桂冠フリー」と「月桂冠NEWフリー」を開発した経験を活かし、新たに「スペシャルフリー」が発売されました。
以前の商品と大きく変わったのは、味わいが普通酒テイストから大吟醸テイストになったこと。また、アルコール0.00%、糖質ゼロと、健康面に配慮した特徴も「月桂冠NEWフリー」から引き継いでいます。
「ノンアルコールビールを飲む理由が、もともとは『ノンアルコールだから飲む』だったのが、最近では『おいしいから飲む』に変わってきています。日本酒はフルーティーな吟醸タイプがトレンドなこともあり、『断念していた大吟醸テイストのノンアルコール飲料を出してみないか』という声が挙がったことから開発をスタートしました」
課題は、ノンアルコールで大吟醸の味わいをどのように構成するかでした。最初は日本酒という枠組みのなかで味わいを構成していましたが、村椿さんはその考えを一旦取り払い、これまで考えられなかった配合も試していきます。
糖質ゼロを実現するため、日本酒らしい複雑な味わいも表現できる天然の甘味料を使用し、さらにうまみの素となるアミノ酸の量などを調整。従来の方法にとらわれない開発方法が功を奏し、月桂冠の大吟醸酒を参考にしたフルーティーな香りと、すっきりとしながらふくらみのある味わいを作りあげました。
「初期の商品は"昔ながらの日本酒"という味わいで、特に日本酒を飲み慣れていない人は少し苦手だったかもしれません。その点、新商品の『スペシャルフリー』は、従来の商品よりさらにおいしくなったと思っています。
ノンアルコールビールも、今や"ビールの代用品"ではなくノンアルコールビールという新たなジャンルとして受け入れられていますよね。この商品も日本酒の味を完全に再現できたわけではありませんが、『これはこれでおいしいね』と思ってもらえるぐらい、飲料として完成度が高くなっていると思います。若い方にも受け入れてもらえるのではないかと、期待できる出来栄えです」
ほかのノンアルと並ぶ、新しい選択肢として
創業380年を越える老舗酒造メーカーとして、日本酒を造り続けてきた月桂冠。その月桂冠がノンアルコール飲料を手掛ける背景には、「飲み手のことを考えた酒造メーカーとしての使命感」があると村椿さんは語ります。
「月桂冠のお酒をずっと愛してもらえるのはうれしいですが、お客様には健康に気を配って長生きしてもらいたい。どんなにお酒が好きでも、毎日、たくさん飲み過ぎてしまうのは健康的とは言えませんから。『飲まない方がいいけどお酒の気分を楽しみたい』というときに、ノンアルコールビールなどと並ぶ選択肢を増やすのが酒造メーカーとしての務めだと思っています。気分だけでも"日本酒っぽさ"を味わって、楽しんでもらいたいですね」
開発者である村椿さんはどのようなシーンで飲んでいるかと尋ねると、微笑みながらご家族の話を聞かせてくれました。
「実は妻が育休中なんですけど、本当は日本酒がすごく好きなんです。でも、今はお酒が飲めませんから、その目の前で私だけ飲むわけにはいかないですよね(笑)。スペシャルフリーなら2人でいっしょに飲めるので、お酒を飲んでいる気分だけでも味わってもらえる。『スペシャルフリー』があって良かったと、心から思っています」
現在「スペシャルフリー」は月桂冠オンラインショップでの販売が中心で、売れ筋のランキングでも上位に位置しているのだそう。一部のスーパーマーケットなどでも取り扱いがあります。
試飲した人からは「おいしい」と好評ですが、一方で、月桂冠が以前からノンアルコール商品の開発に取り組んでいたことを知っている村椿さんは、「『今まで日本酒でこういう商品はなかったでしょ?』と言われるのが悔しい」と、本音をこぼします。
「まだまだノンアルコールビールのような高い認知度はありません。まずは新商品の『スペシャルフリー』を飲んでもらって、満足いく味わいだということを知ってもらいたいですね。
この商品がゴールだとは思っていません。私たちにできることはまだまだある。もっとおいしい日本酒テイストのノンアルコール飲料を造れると思っています」
月桂冠のコーポレートブランドコンセプトは、「健をめざし、酒(しゅ)を科学して、快を創る」。"時代や社会が求める価値に対して技術力と開発力で応える"という意味が込められています。
すっきりとした大吟醸テイストの「スペシャルフリー」は、まさにそのコンセプトが表現されたような商品。「日本酒を飲みたいけれど飲めない」という飲み手の気持ちに寄り添った、共感力の結晶です。
冷蔵庫で冷やして飲めば、フルーティーな香りとほのかな甘みで日本酒気分を味わえるはず。アルコールは入っていませんが、造り手の熱いこだわりに酔いしれてみてください。
sponsored by 月桂冠株式会社
(取材・文/芳賀直美)