2021年2月、白鶴酒造は看板商品のひとつである「上撰 白鶴 生貯蔵酒」をリニューアルしました。
発売から37年間、お客様の声に耳を傾けながら少しずつ進化してきた商品ですが、今回は製法や味わいだけでなく、環境への配慮の観点でパッケージやボトルも見直しました。
より良い酒造りを追求しつつ、「環境問題に酒蔵として取り組むべきことは何か」を考えて進められた今回のリニューアルについて、担当者に話をうかがいました。
日本酒の楽しみ方を変えた「生貯蔵酒」
「上撰 白鶴 生貯蔵酒」が発売されたのは1984年。当時、日本酒の飲み方といえば、「冷や(常温)」か「お燗」という時代。現代のような生酒や冷酒を楽しむ文化はあまり浸透していませんでした。
そんななか、白鶴酒造は、特に燗酒の需要が減る夏にも日本酒を楽しんでほしいという想いから、他メーカーに先駆けて、冷やして美味しい「生貯蔵酒」を発売しました。
一般的に流通している日本酒の多くが「二回火入れ」ですが、生貯蔵酒の場合、火入れは貯蔵後の一回のみ。生酒らしいフレッシュさを残しつつ、落ち着いたまろやかな味わいを実現しました。また、淡麗ですっきりとした後味で、和食だけでなく、洋食や中華など、どんな料理とも好相性だったことから人気となり、白鶴酒造の主力を担う商品となりました。
恵まれた自然環境があってこその日本酒
「発売からこれまで、生酒を貯蔵した時に発生しやすい不快臭(ムレ香)を抑えるための手法などについて、試行錯誤をしながら、何度もアップデートを繰り返してきました。瓶のサイズやデザインも時代に合わせて変えています」
「上撰 白鶴 生貯蔵酒」の変遷について教えてくれたのは、白鶴酒造 マーケティング本部の小倉健太郎さん。今回のリニューアルはどのように進められたのでしょうか。
「実は5年前にもリニューアルをしていて、そのときは酵母を変えて華やかな吟醸香を加えたんです。一方で、生貯蔵酒の売りだったフレッシュな風味が弱くなったんじゃないかという意見もあり、それらを両立した酒質を目指してプロジェクトが始まりました」
今回のリニューアルでも、前回と同様に、酵母が変わるそうです。
白鶴酒造の研究室には、400もの自社酵母が保管されている酵母ライブラリーがありますが、今回のリニューアルのために新しい酵母を開発したとのこと。3年の月日をかけて、理想の酒質を表現することはもちろん、発酵力が高く安定した醸造が可能な酵母を生み出しました。
「定番商品だからこそ、要求される酵母のスペックは高いんです。もしかしたら理想の酵母ができないかもしれないと思っていたので、3年はむしろ早いほうでした」と、小倉さんは酵母開発の難しさについて話してくれました。
また、製法も見直し、フレッシュな風味をより長持ちさせるため、アミノ酸度を少し下げました。
「アミノ酸は日本酒に旨味を与えてくれますが、熟成を進めてしまう原因にもなります。わずかの差ですが、新しい酵母のおかげで、フレッシュでキレの良い味わいに仕上がりました」
酵母の開発と同時に、ボトルやパッケージの検討も進めていきました。瓶の高さと幅は変えずに肩の曲線をシャープにしたことで、瓶の重さを25gも軽量化。瓶を製造する際のCO₂削減と輸送時のコスト抑制がねらいです。
さらに、フィルムの印刷の一部に植物原料に由来するバイオマスインキを使い、地球温暖化への対策も意識されています。環境への配慮の観点でのリニューアルは日本酒業界では珍しいですが、どのような考えがあったのでしょうか。
「日本酒の醸造に欠かせない米も水も微生物も、自然からの恵みですよね。白鶴酒造の277年の歴史は、恵まれた自然環境があってこそ。私たちがこれからも酒造りを続けていくためにも、環境のためにできることを、少しずつでも取り組んでいきたいと考えました」
シンプルながら静かな決意がみなぎるような言葉に、思わずハッとさせられます。リニューアルした「上撰 白鶴 生貯蔵酒」には、日本酒の未来に向けた強い意志が宿っていました。
酒造りは地域の自然とともに成り立ってきた
近年、持続可能な開発目標「SDGs(Sustainable Development Goals)」の観点から、環境活動を推進する企業が増えていますが、酒蔵の取り組みはまだ珍しいかもしれません。白鶴酒造のCSRを担当する総務人事部の西田正裕さんは、こう話します。
「社会に対して良いことをやっているから応援するという消費者の方々は多く、以前は、それが企業の差別化にもつながっていました。しかし近年は、企業が環境・社会問題に取り組むのは当たり前という時代になってきているのではないでしょうか」
白鶴酒造では、環境問題に対するさまざまな取り組みを実践してきました。たとえば、2012年に竣工したボトリング工場(灘魚崎工場)の屋上には、1,176枚の太陽光パネルを設置し、一般家庭の約80世帯分の年間消費電力に相当する発電を行っています。
また、同工場には、冷却の排熱を有効活用して冷水と温水を同時につくる「冷温同時取出ヒートポンプ」を日本酒業界で初めて導入し、CO₂排出量を34%も削減しました。
そのほか、使用済み瓶のリユースはもちろんのこと、これまでは廃棄するしかなかったお酒を下水汚泥と混ぜてバイオガスをつくり、家庭用のガスや市バスの燃料などへ資源化する、神戸市の実証事業にも参画していました(2021年3月まで)。
「白鶴酒造では、1999年に環境方針を制定し、さまざまな取り組みを行ってきました。さらに遡れば、1953年には、灘五郷酒造組合と同時に水資源委員会が発足しています。これは地域内で土木工事を行う際に地下水に影響が出ないように審査指導をするための組織です。灘五郷の日本酒は六甲山の良質な水と切っても切り離せませんから、昔から環境を守る意識があったのではないでしょうか」
さらに、「環境活動を進めるために重要なのは、企業の枠を超えて地域と連携すること」と、西田さんは言葉に力を込めます。
「酒造りは地域の自然と一緒に成り立ってきた産業ですから、地域全体の環境デザインにも取り組んでいきたいです。環境活動への投資は、私たちの事業に対する投資でもあります。優先度を高めて進めていきたいですね。近頃は、地元の企業や自治体から『一緒にやりませんか』という提案を受けることも多くなりました」
地域の産業を担う企業として周辺の環境を守る意識が以前からあったとはいえ、それを実践するにはさまざまなハードルもあったことでしょう。しかし、それを未来への投資と捉えて積極的に取り組む姿勢が、今回の「上撰 白鶴 生貯蔵酒」のリニューアルにも現れています。
酒質の向上に加え、白鶴酒造の環境活動をリードする存在として生まれ変わる「上撰 白鶴 生貯蔵酒」。社内でも高評価だったようで、小倉さんも自信作と胸を張ります。しかし一方で、「これで完成形ではない」とも言います。
「『もっと良い商品にできないか』と、常に考えています。それは白鶴酒造が製造するすべての商品に当てはまることですね」
美味しいお酒で飲み手を幸せにし、地域の環境にも貢献していく。そんな白鶴酒造の想いが感じられた取材でした。
(取材・文/渡部あきこ・編集/SAKETIMES)
sponsored by 白鶴酒造株式会社
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