長野県の南部・上伊那郡中川村に蔵を構える米澤酒造は、南アルプスの麓の自然環境と良質な水に恵まれた土地で、地元の米にこだわり、伝統の槽搾りで酒造りを行ってきた酒蔵です。

米澤酒造

後継者不在などの問題に直面し、一時は廃業の危機に立たされますが、2014年、同じく長野県の企業である伊那食品工業のグループ会社となり、新体制で再びスタートを切ります。現在では数々のコンテストで受賞を重ね、その味わいは高く評価されるようになりました。

地元の企業が、地元の酒蔵を事業継承する。この背景には、どのような思いがあったのでしょうか。伊那食品工業の代表であり、現在は米澤酒造の代表も務める塚越英弘さんにお話をうかがいました。

地元の「文化」がなくなるという危機感

米澤酒造がある中川村は、NPO法人「日本で最も美しい村」連合に加盟している、古き良き日本の里山風景を見ることができる村です。村の中心には天竜川が流れ、その西側には、村の特徴的な地形である河岸段丘を見ることができます。段丘には果樹園や水田が広がり、季節折々の恵みを村に与えています。

米澤酒造の棚田

米澤酒造が創業したのは1907年。代表銘柄「今錦」を中心に、中川村の地酒を造り続けている酒蔵です。

なかでも、特徴的なのが「おたまじゃくし」シリーズです。このお酒は、休耕地となっていた棚田で栽培した「美山錦」を100%使用。さらに、田植えから稲刈りまでを村民とともに行っており、"地酒"を突き詰めた一本となっています。

「おたまじゃくし 特別純米酒 ひやおろし」

「おたまじゃくし 特別純米酒 ひやおろし」

村で唯一の酒蔵として、地域の活性化や景観保全にも積極的に取り組んできた米澤酒造。しかし、後継者問題や設備の老朽化の影響で、蔵は存続の危機に陥ってしまいます。

そこで相談したのが、長野県伊那市にある寒天メーカー・伊那食品工業でした。1958年に設立された同社は、業務用寒天の製造から始まり、現在では家庭用寒天製品「かんてんぱぱ」シリーズを展開。寒天の国内シェアは約80%を誇ります。

「かんてんぱぱ」シリーズ

伊那食品工業は、製品だけではなく、企業姿勢も特徴的です。

社是は「いい会社をつくりましょう」。単に経営上の数字がいい会社を目指すだけではなく、社員をはじめ、会社に関わるすべての人にとって「いい会社であるように」という強い信念があります。その思いは地域に向けても表れており、歩道橋の設置や市道の拡幅など、よりよいまちづくりにも貢献してきました。

さらに、経営方針として掲げているのが「年輪経営」。急激な成長を追い求めるのではなく、樹木の年輪のように少しずつ確実に成長していく経営を行っています。

伊那食品工業の最高顧問・塚越寛さんは、当時、NPO法人「日本で最も美しい村」連合の副会長を務めていました。これが縁となり、事業継承の検討が始まったのです。

米澤酒造 代表の塚越英弘さん

伊那食品工業と米澤酒造の代表・塚越英弘さん

「最高顧問は、すぐに決断したようです」と語るのは、伊那食品工業と米澤酒造の代表を務める塚越英弘さん。

「それまで米澤酒造とお付き合いがあるわけではありませんでしたが、同じ地域にある会社同士です。『地元の酒蔵がなくなるのは、地元の文化がひとつなくなるのと同じことだ』と顧問が話していたことをよく覚えています。『酒蔵も地域の景観の一部』と捉えていたのでしょう」

「地元の文化を守りたい」という純粋な思いから、事業継承を決めた伊那食品工業。しかし、これまで寒天製造に打ち込んできた伊那食品工業に、日本酒の専門的な知識はありません。「正直なところ、いまさら日本酒なんて...と思っていました」と、塚越社長は振り返ります。

それまで、塚越社長は日本酒にあまり興味がなかったのだそう。しかし、いざ本格的に飲み始めてみると「すぐに心を奪われてしまった」と話します。

「米と水だけでこんなにも複雑な味わいが出せるのかと、本当に驚きました。酵母ひとつをとってもさまざまな種類があり、とても奥が深い。それで、考えを改めたんです。『やるなら本気で取り組もう、本当においしい酒造りに挑戦しよう』と」

蔵の再建のために奔走する日々

こうして、新たな気持ちで日本酒と向き合うことを決めた塚越社長。まず行動に移したのは、酒造りの基礎を学ぶため、同じく長野県にある大雪渓酒造を訪ねることでした。

米澤酒造 代表の塚越英弘さん

「嬉しいご縁なのですが、伊那食品工業の元社員(現:大雪渓酒造 社長)のご実家が大雪渓酒造さんだったので、酒造りの基礎を学ばせていただこうと蔵を訪ねました。ただ、最初は『生酛造り』や『山廃仕込み』という言葉の意味すらわかりませんでしたね。今では笑い話になりますが、当時は初めて学ぶことばかりで苦労しました」

さらに、縁は東北へもつながります。

「伊那食品工業のお得意先で、仙台にある会社の社長さんが日本酒好きだったんです。そこで、米澤酒造のお酒を飲んでいただいたのですが、お世辞にも褒めてくださらない(笑)。でも、代わりに『宮城の酒蔵をご紹介しますよ』と言っていただけたんです。それをきっかけに、宮城の名だたる酒蔵の方々から、本当にたくさんのことを学ぶことができました」

ほかの酒蔵をめぐるのと並行して取り組んでいたのが、設備の見直しです。米澤酒造が抱える課題のひとつが、蔵の全体的な老朽化でした。

手始めに、寒天の製造でも使用する貯蔵庫や冷蔵庫を新しいものに入れ替えたところ、「たしかにお酒の味わいが変わったことを実感した」といいます。

タンク室

現在のタンク室

その翌年は麹室に手を入れ、翌々年はタンク室など、造りに直接関わる設備も更新。最終的には、蔵の設備のほとんどを一新しました。その総額はおよそ8億円。簡単に投資できる額ではないことから、塚越社長の覚悟が伝わってきます。

「日本酒の素人でしたから、最初はひとつ機械を入れ替えるのすら恐ろしかったです。ほかの酒蔵の方々にも相談しましたが、結局は私たちの気持ち次第なんですよね。

どんなお酒を造りたいかによって、蔵のあり方はまったく違うものになる。少しずつ酒造りを学んでいくなかで、ようやくそのことがわかってきました。年々、味が良くなっていくのを感じて、自分たちのやり方は間違っていないのだと自信を持つことができたんです」

また、酒質の向上には、伊那食品工業の研究室の存在も大きく影響しました。日本酒好きの有志が集まり、分析や酵母の選抜を進めるのと並行して、試験醸造の免許も取得。杜氏とも連携しながら研究開発を行なったことで、だんだんと成果が表れてきたといいます。

槽

佐瀬式の槽

蔵は大きく様変わりしましたが、米澤酒造の大きな特徴である「槽搾り」はそのまま引き継いでいます。

実は、伊那食品工業は「ヤブタ式」を使った搾り方をよく知っていました。寒天を作るには、まず原料となる天草を煮詰め、濾過してから冷やすことで固体にします。その後、脱水と乾燥を経て寒天ができあがりますが、この脱水の過程で、ヤブタ式を10台以上も使用しているのです。

ただ、使い方は酒造りと真逆。酒造りでは搾ったあとの液体が製品になりますが、寒天製造では不要な水分を取り除くためにヤブタ式を使用するため、残った固体が製品になります。

なじみのある手法ということもあり、当初は米澤酒造でもヤブタ式の搾りを取り入れようと考えていました。しかし塚越社長は、事業継承を決めた理由である「文化を守る」という原点に立ち返ります。

「全量槽搾りは米澤酒造が続けてきた伝統であり、文化です。それに、今では全量槽搾りを行っている蔵は多くありません。これまでの文化を絶やしたくないという思い、そして、当蔵の酒質には槽搾りが必要という思いから、残すことを決めました」

2021年の「IWC」純米大吟醸の部でゴールドメダルを受賞した銘柄

「IWC 2021」純米大吟醸の部でゴールドメダルを受賞した3銘柄

そうして、麹室などの設備がなじんできた2018年。「IWC(インターナショナル・ワイン・チャレンジ)」SAKE部門 純米大吟醸酒の部で、「今錦 年輪 純米大吟醸」が悲願のゴールドメダルを受賞します。2014年の事業継承から4年後の快挙でした。

「正直なところ、そこまで高い評価をいただけるとは思っていませんでした。本当にありがたかったですね。振り返ってみると、設備はがらっと変わりましたが、実はお酒の味は大きく変わっていないのかもしれません。雑味がなくなり、本来持っていた米澤酒造の特徴がよく感じられるようになったと思います」

さらに、2021年には、「IWC」純米大吟醸の部で、「今錦 純米大吟醸」「純米大吟醸 年輪」「NENRIN S 純米大吟醸」の3銘柄がゴールドメダルを受賞するなど、快進撃は続いています。

大根の粕漬け

また、事業継承による相乗効果は伊那食品工業の製品にも。酒造りから得た発酵の知見をもとに、伊那食品工業の持つ農園で収穫した大根を米澤酒造の酒粕に漬け込んだ「大根の粕漬け」の開発や、パウダー状の味噌「酵豆粉(こうずこ)」を改良するなど、2社の特徴を活かした新たな取り組みも進んでいます。

地元に応援されてこそ「地酒」

米澤酒造がこれから目指す酒造りとは、どのようなものなのでしょうか。

「地酒は地元の人に応援され、自慢されるものでなければいけないと考えています。地元の方が『今年の酒は最高の出来だ』といってくださったことがあって、本当にうれしかったですね。『売れる』『流行る』といった理由ではなく、自分たちが本当に自信を持っておすすめできるお酒を造り続けていくつもりです」

塚越英弘さん

そして、酒蔵を続ける意義は、やはり「文化」だとも語ります。

「伊那食品工業は、ファンづくりを大切にしてきた会社です。人はどんな時にファンになるでしょうか。具体的な商品も大切ですが、そこに流れる空気や雰囲気に惹かれる部分も大きいと思うのです。100年以上の歴史を持つ酒蔵は、地域の空気や雰囲気を生み出している、地元の誇るべき"文化"です。酒蔵を次代へ継承していくことは、酒米を育てる棚田の景観維持にもつながります。

事業継承を決めた当初、村の方々からは賛否両論ありました。でも、時間がかかっても私たちの姿勢を見ていただくしかないと心に決めたんです。これまでの伊那食品工業と同じく『地域との関わり』を大切にして、米作りや山の清掃活動など、地道な取り組みを続けてきました。

それが今、地元のみなさんからの応援につながったのだと思っています。本当にありがたいことですね。米澤酒造を通じて中川村の魅力を発信することができれば、この村に酒蔵がある意味がより強くなっていくと思います」

中川村の風景

中川村の大切な"文化"である米澤酒造を守るために、事業継承を行った伊那食品工業。事業継承から8年が経った今、地元を愛する2社が手を取り合った相乗効果が実り始めています。

(取材・文:藪内久美子/編集:SAKETIMES)

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