豊かな土壌と水源に恵まれ、米作りが盛んな秋田県。日本酒ファンが多く、清酒の生産量や消費量が多い"美酒王国"としても知られています。そんな秋田県で、酒米の育成にセンサーを使った技術を取り入れることで、福島県が北限とされている酒米・山田錦を育てようとする試みが始まりました。

センシング技術で水田の特性を見抜く

センサー(感知器)を使用してさまざまな情報を計測・数値化する"センシング技術"を利用することによって農業のアップデートを進める、株式会社上新城ノーザンビレッジの柳智仁(りゅう・ちいん)さんに話を聞きました。

学生時代から興味をもっていた農業にビジネスとして挑戦したいという思いから、秋田県のプロバスケットボールチーム「秋田ノーザンハピネッツ」が出資している、上新城ノーザンビレッジに入社した柳さん。農業をテーマに、地域の活性化を目指して活動しています。柳さんは、みずから田畑で農作業を行うなかで、米の栽培についてある仮説を立てました。

それは「栽培地の条件を把握できれば、秋田が誇る日本酒の原料である酒米をより好条件で栽培できる」ということ。さらに、それが秋田県の日本酒の酒質向上に繋がれば、県内のお酒がさらに飲まれるようになるのではないかと考えました。

しかし、質の高い酒米を作るのはとても難しく、品種の特性や環境の把握が欠かせません。たとえば、水田の立地や日当たりだけでなく、同じ水田でも水口(水を取り入れるところ)と水尻(水が出ていくところ)のどちらに近いかで、稲の発育状況は異なります。その違いは、米作りに長年携わっている人にしかわかりません。若手が挑戦しようとしても、一朝一夕で把握するのは難しいのです。

「農業には、"先人の知恵"や、"俺にしかわからないこと"が多くあります。蓄積されたデータから田んぼや酒米のクセがわかれば、若手の農家が酒米を作りやすくなり、新規就農者の不安を取り除けるのではないか」

柳さんはこの考えを実践すべく、電気機器の製造を行うTDK株式会社に協力を仰ぎ、同社が開発している、外環境を測定できるセンサーを田んぼに立てて栽培試験を行うことにしました。水田の気温や水温、地温を測定してデータを示すことで、農業の初心者にも、いま必要な作業がわかりやすくなるはずです。

ベテランの経験と勘 vs. センシング技術

上新城ノーザンビレッジ・センサーを配置した圃場

2017年春、2つの田んぼを使って、センシング技術を使った栽培試験が始まりました。

ひとつは、この水田を所有する伊藤正徳さんが今まで通りに管理します。伊藤さんは酒米生産部会の部会長として、長年、酒米を栽培し続けてきました。この道50年で、住み慣れた土地の気候を誰よりもよく知っています。

上新城ノーザンビレッジ・センサーを配置した圃場

もう一方は、TDKが開発中のセンサーを設置した水田。こちらはセンシング技術を使い、稲の発育に必要な要素を計測して、それに適した管理法を示します。もちろん、地上に立てられたセンサー自体が作業をすることはできないので、実際の作業を行うのは人間です。

稲の栽培管理は、いくつもの要素を組み合わせて判断します。伊藤さんにたずねると、温度と水の管理には毎日気を遣い、稲の生育具合を見ながら経験に照らし合わせて、米作りを進めるのだそう。酒米作りには、農協などから指示される農業暦(栽培の指標になるもの)はなく、頼りになるのは経験と勘のみ。収穫のタイミングは稲の登熟歩合によるので、稲穂を見て、籾(もみ)の数や充実の程度を判断し、天気の良い日に合わせて刈り取ります。

上新城ノーザンビレッジ・米作りの様子

伊藤さんは、水田ごとの特徴や品種の栽培特性をよく把握しています。暑い寒いは自然の気まぐれなので、いつも空を気にしているのだそう。"田畑につけた足跡の数だけ、良いものができる"とは、よく言ったものですね。

しかしながら、若手農家にとっては、見ただけではよくわからない水の管理や収穫のタイミングを判断するのは難しいもの。そこでセンシング技術の出番です。

センサーが水温・気温・地温を計測し、あらかじめ決めた栽培目標データと照らし合わせます。たとえば、水温が目標より低ければ、水を張る時期を長くするような指示が出て、そのとおりに作業を進めていくことで、適切な時期に収穫ができるのです。つまり、水田ごとのクセすらも数値化されるのです。

また、栽培データを照らし合わせれば、その品種の栽培に適した田んぼが見つかる可能性もあります。将来的には、温暖化の影響で、秋田県でも積算気温が山田錦の栽培示準に達するかもしれません。秋田県で山田錦の栽培が始まれば、酒米農家の収益増も見込めますね。

上新城ノーザンビレッジ・稲刈りの風景

今回、伊藤さんが登熟具合を判断して収穫したのは、10月1日。数日前から雨がパラパラと降っていましたが、本格的な雨にはならなかったため、晴天の日を狙って収穫をしました。2017年秋は台風が直撃し、田んぼの泥がなかなか乾かなかったため、いつ収穫すればいいのか、やきもきしていたようです。

一方で、センサーを設置した田んぼでは、日照時間や積算気温が達していないことから「1日に収穫するには未熟」と判断されました。10日ごろから雨が降り始め、積算気温を稼げるか心配でしたが、14日に"適期"と判断され、収穫されました。雲に覆われた日が多く、日照時間は問題ない範囲に収まりました。

上新城ノーザンビレッジ・収穫された酒米

2つの田んぼで採れた酒米を比べてみても、パット見では違いがわかりませんが、さっそく精米所で精米をします。

ふたつの酒米、違いは出るのか?

上新城ノーザンビレッジ・麹づくりの風景

収穫した酒米は、伊藤さんが栽培したものとセンシング技術で栽培したものを分けて、それぞれ精米歩合50%になるまで磨きます。精米した米の粗熱がとれたころに洗米作業を行い、蒸して麹を造ります。そして、日本酒の元となる酒母を立て、強健な酵母を育てます。酒母ができたら、麹・蒸米・水とともに仕込みのタンクに入れて、じっくりと発酵を進めます。ここから酒ができあがるまで、およそ30日かかります。

栽培方法の異なる米に違いがあるのかどうか、作業の担当した蔵人に意見を聞いてみましょう。

上新城ノーザンビレッジ・蔵人のレビュー

酒母の段階や醪の初期ではあまり差がないようですが、発酵が進むにつれて、違いが出始めているようです

実際の醪を見てみましょう。こちらは、センシング技術で作った酒米を使った醪の10日目の様子です。

上新城ノーザンビレッジ・センサーありの醪10日目

20日目になると、泡がプチプチと弾けてよく発酵している様子でした。香りも立ってきましたが、実際にお酒になったときにどんな違いが出るのかは、まだわかりません。

タンクからは醪の弾ける音が聞こえ、吟醸香が漂ってきます。分析用に採取した醪を試飲してみると、どちらも果物を思わせる吟醸香がよく出ていました。米が充分に溶けてソフトな味のため、吟醸香とマッチすると思います。まだ発酵途中なので甘味が残っていますが、どんなふうに仕上がるかは今後の経過次第。搾りの日が、楽しみで仕方ありません。

今回の取り組みについては、クラウドファンディングで資金を募っています。支援の〆切は3月30日。新しい取り組みをみんなで応援しましょう。

(文/リンゴの魔術師)

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