「テロワール」という言葉をご存知でしょうか?

「テロワール(Terroir)」は「土地」を意味するフランス語(terre)から派生した言葉です。もともとは、ワインの原料であるブドウなどの生育地における地理・地勢・気候の特徴を指しています。土壌・気候・地形・農業技術などの要素は、作物やそこから得られるワインなどの成果物にその土地特有の性格を与えるため、「テロワール」は「生育環境」とも言い換えられるでしょう。

ワインの世界では、ブドウの生産地とワイナリーの地域性が強く結びついているため、その土地の特徴がよく語られます。しかし日本酒の世界では、酒米と酒造会社の地域性が一致していない場合が多いのが現実。それが、海外のワイン愛好者にとって、日本酒をわかりにくくしている一因になっています。

地域ブランド強化のために立ち上がった「次世代酒米コンソーシアム」

この問題を解決し、酒米と日本酒の地域ブランドを強化するため、農林水産省の支援のもと、兵庫県や京都府などの5府県が協力して、酒米研究グループ「次世代酒米コンソーシアム」を設立しました。

京都府では、府の農林水産技術センターが、地元の酒米「祝」「京の輝き」の栽培について研究し、黄桜株式会社がそれを使って試験醸造を行います。酒米と日本酒の分析は、それぞれ京都府立大学と京都市産業技術研究所が担当するなど、グループメンバーの間で緊密な連携がとられています。

京都に古くからある「祝」と新たに研究育成された「京の輝き」

地元の酒米「祝」「京の輝き」は、どんな品種なのでしょうか。

「祝」は心白が非常に大きく、タンパク質の含有量が低い酒造好適米。昭和8年に、野条穂の純系から派生した品種です。心白が大きいことから、吟醸酒をはじめとした高度精米の酒造りに適していて、当時から高い評価を得ていました。

しかし、戦争の影響で栽培が途絶えてしまいます。一度復活しましたが、収穫量が少ないことや、草丈が高く倒れやすい性質で農業の機械化に適さなかったことなどから、昭和40年代には、またしても栽培する農家がいなくなってしまいました。しかしその後、昭和60年代から「京都の米で京都独自のお酒を造りたい」という気運が高まり、平成4年(1992年)に再び栽培が始まったのです。

現在は、京都府内の契約農家によって栽培され、伏見を中心とする京都全域の酒造りに活かされています。平成24年度には「祝」とそれを100%使用した「京の酒」が「京のブランド産品」に認証されました。「祝」は醪(もろみ)の中でとても溶けやすいため、米の旨味がある芳醇でまろやかなお酒になります。

「京の輝き」は、京都府と国立研究開発法人の農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)による共同研究と、京都府内の酒造組合の連携から生まれた、掛米用の新しい品種です。

比較的大粒でタンパク質の含有量が低いため酒造りに適し、収量も多いので生産性も優れています。「京の輝き」を使ったお酒は、ライトなボディーの中にもしっかりとした旨味が感じられます。平成25年度から本格的な栽培が開始されました。

栽培技術の開発で目指すのは、安定供給

京都府農林水産技術センター農林センターの酒米現地検討会に伺っている。京都府農林水産技術センター生物資源研究センター主任研究員、尾崎耕二さん

「祝」「京の輝き」に適した栽培技術の開発を進めている、京都府農林水産技術センター農林センターの酒米現地検討会に参加してきました。案内してくださったのは、生物資源研究センターで主任研究員を務める尾崎耕二さんです。

「祝」「京の輝き」で造られる日本酒の総量は、すべて60%精米の純米吟醸酒を醸造したと仮定すると「祝」が一升瓶33万本分、「京の輝き」が一升瓶132万本にものぼるのだとか。京都府内にある酒造メーカーのうち、3分の2が少なくともどちらかの酒米を使って日本酒を造っています。順調に根付いているのですね。

尾崎さんは「祝」の品種改良を進め、酒米として安定的に供給するために日々努力を重ねています。

「京都府では、生産者の方々が安心して栽培に取り組み、清酒メーカーのみなさまが求める酒米を安定供給できることを目指しています。肥料をあげるタイミングや、スマートフォンで刈り取り適期を判定する技術など、『祝』と『京の輝き』に適したさまざまな栽培技術の開発に取り組んでいます。加えて『祝』の収量性や酒造適性をさらに向上させた新品種の育成も進めています」

亀岡圃場の様子。右が「祝」、左が「京の輝き」の酒米。背丈の高さが違う。

こちらが亀岡試験圃場の様子。右が「祝」で、左が「京の輝き」です。背丈の違いが一目でわかりますね。

亀岡試験圃場では「祝」を10アール分、「京の輝き」を16アール分育てているのだそう。「祝」は背丈が高いため、風雨に遭うと倒れやすく、収量が減ったり穂発芽(穂が濡れて発芽すること)したりすることが問題なのだとか。

「このような取り組みでは、蔵元やJAなどと情報を共有し連携しながら進めることが大事です。伏見酒造組合には試験サンプル米の酒造適性評価や試験醸造を依頼し、毎年4月と9月に検討会を実施しています」

尾崎さんに「祝」「京の輝き」への思いと、今後の展望を伺いました。

「酒米の栽培技術開発や品種改良は、収穫した酒米を使った試験醸造などを通して、関係者の方々から評価いただきながら研究を進めるため、長い月日がかかります。しかし、みなさんに満足していただける高品質な酒米を京都で生産することを目指して、これからも努力していきます」

「祝」「京の輝き」で造ったお酒を海外へ!

黄桜株式会社から発売されている「黄桜 京の滴 純米吟醸 祝米」(右)と、京の輝きを使って造った、「京都府立大学オリジナル 純米吟醸 なからぎ」(左)。

この「祝」「京の輝き」で造られたオリジナルブランドのお酒は、黄桜株式会社から発売されています。「黄桜 京の滴 純米吟醸 祝米」(画像左)と「京都府立大学オリジナル 純米吟醸 なからぎ」(右)です。

黄桜伏見蔵で外国人向けの利き酒会が定期的に開催されている。

このお酒で酒米と日本酒の地域ブランドを強化し、日本酒の輸出拡大に貢献しようと、黄桜の伏水蔵で外国人向けの利き酒会が定期的に開催されています。この日は午前・午後合計で16人の外国人が参加されていました。もちろん通訳が付いています。

外国からの参加者を案内しているのは、黄桜株式会社の北岡篤士さん。酒造りについてのビデオを観た後、大吟醸酒などのプレミアム酒を造る蔵を見学します。

黄桜伏見蔵で外国人向けの案内。麹室での説明を聞く外国人。

こちらは、麹室を見学している様子。「こちらでは大吟醸クラスのお酒を造っているので、基本的に麹は手造りです」とのこと。

黄桜伏見研究所での蔵見学が終了後、「祝」と「京の輝き」について簡単なレクチャーを受けている。

蔵見学が終わると「祝」「京の輝き」についての簡単なレクチャーが始まりました。

異なる酒米(「祝」「京の輝き」「山田錦」)で造った3種類の黄桜の純米吟醸をテイスティングする外国人たち

そして、お待ちかねの試飲。「祝」「京の輝き」「山田錦」という異なる酒米で造られた3種類の純米吟醸酒をテイスティングします。「祝」のあたたかみが好きな人、「京の輝き」のシャープさと香りが好きな人、評価はさまざまでしたが、おおむね好印象だったようです。

精米歩合60%の「祝」の純米吟醸を、10度(冷酒)、20度(常温)、45度(燗酒)の温度違いで試す。

続いて、「祝」を使った精米歩合60%の純米吟醸酒を10度(冷酒)・20度(常温)・45度(燗酒)の温度違いで試します。「Warm SAKE、美味しいね!」と和気あいあい。「日本酒のボトルに『柿の種』を付ければ絶対売れるのに!」というツウな提言まで飛び出しました。

京都のテロワールを感じる日本酒造りに今後も期待!

京都府立大学大学院・生命環境科学研究科遺伝子工学研究室教授の増村威宏先生

京都でのプロジェクトでリーダーを務める、京都府立大学大学院・生命環境科学研究科遺伝子工学研究室教授の増村威宏先生に、次世代酒米コンソーシアムへの思いをうかがいました。

「次世代酒米コンソーシアムは、国の支援を受けて、地域ブランド日本酒の普及と輸出拡大を目指しています。『地域の米で地域の酒を』という生産者の思いに応えられるように、私は酒米のタンパク質を分析するとともに、輸出促進チームの長として、さまざまなイベントにも力を入れています」

海外からの観光客が多い京都。その土地柄が反映された京都府産の米で京都産の日本酒を造る試みは、まだ始まったばかりです。地道な知見が積み重なって、京都のテロワールが感じられる日本酒が広まっていくことを期待しましょう。

(文/山口吾往子)

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