北海道の最高峰、大雪山の麓に位置する上川町。上川町といえば、戦後初の新しい酒造メーカー・上川大雪酒造とその酒蔵「緑丘蔵」が誕生し、5月からの試験醸造を経て、9月から本格的な醸造がスタートしたことで話題を呼んでいます。

その上川町で、2017年8月から進行している地方創生プロジェクトが「大雪山大学」です。これまで、プロアドベンチャーレーサー・田中陽希さんによる黒岳トレッキングツアーや、音楽家・シーナアキコさんによるマリンバミニライブと間伐材を使った楽器制作ワークショップなど、各分野の第一線で活躍する講師を招いた講座が開かれています。

今回行われたのは、大雪山大学と上川大雪酒造とコラボした「大雪日本酒ゼミ」。全3回行われるゼミの会場は、自然の地形を生かした美しいガーデンで知られる「大雪 森のガーデン」に隣接した「フラテッロ・ディ・ミクニ」。日本を代表するフレンチのシェフ・三國清三氏がプロデュースするフレンチ&イタリアンのレストランで10月14, 28日と11月5日の3回にわたって行われたゼミの模様をレポートします。

上川町の広大な自然

JTB北海道による「日本酒で楽しむ上川町観光ツアー」

10月14日に開催された第1回はツアー編です。北海道各地の清酒蔵やワイナリー、ブルワリーなどを巡るスタンプラリーとして話題になった「パ酒ポート」を企画した、JTB北海道の田村千裕さんが講師として登壇。当日は、25名の参加者が訪れました。

「フラテッロ・ディ・ミクニ」の外観

ゼミに先立ち、まずは上川町産業経済課 課長の昔農(せきの)正春さんからごあいさつ。層雲峡や大雪森のガーデンなどの観光資源をもつ上川町の魅力をはじめ、大雪山大学が上川町ならではの恵まれた自然環境や地域資源を生かしたプロジェクトであることや、町を挙げて上川大雪酒造を応援しともに発展していきたいと願っていることなどが語られました。

上川町産業経済課 課長の昔農(せきの)正春さん

続いて登壇したのは、上川大雪酒造で杜氏を務める川端慎治さん。北海道産の酒米を100%使用し少量・手造りの高品質な純米酒のみを醸す方針であることや、6月から仕込みをはじめて6本の試験醸造酒ができたこと、本格的な醸造はすでに始まっており11月中に新酒ができる予定であることなどの話がありました。

上川大雪酒造で杜氏を務める川端慎治さん

さて、いよいよ本日の講座がスタート。田村さんの話によると「ある地域の定住人口が1人減ることで、その地域の年間消費は124万円減少する。それを補うためには、観光客が持続的に訪れ、宿泊・滞在・周遊してもらう仕組みが必要」なのだそう。たとえば、アメリカのナパバレーはワイナリーを軸に、レストランや宿泊施設、ミュージアムなどが整備され、年間500万人が訪れるワインリゾートになっています。日本酒を中心に、北海道も同じような成長を遂げることができるのではないかと田村さんは考えているようです。

JTB北海道の田村千裕さん

地元米や雪解け水などのテロワール、神聖な場とされてきた酒蔵......その地域の物語を打ち出すことで、世界中から人を集めることも可能であるという言葉に、参加者からは「なるほど!」という声が上がりました。

アメリカ・ナパバレーの事例を紹介する田村さん

「リゾート列車に乗って、後志地方(小樽・ニセコなど)の地酒を楽しむツアー」「プライベートタクシーで小樽の酒蔵をめぐり、バックヤードの見学や酒造り体験を楽しむツアー」など、これまでに田村さんの手がけた企画が紹介された後は、参加者がツアーのアイデアを話し合う時間。目にも美しいランチと上川大雪酒造の試験醸造酒(第1号)を楽しみながら、「『上川のお酒』と何かを組み合わせて、魅力あふれるツアーを考えましょう」というテーマのディスカッションが、テーブルごとに進んでいきます。

「フラテッロ・ディ・ミクニ」の料理と上川大雪酒造の試験醸造酒(第1号)

各テーブルの代表者による発表タイムでは、「上川のお酒」と合わせて楽しめる町の魅力として「トレッキング」「日本一早い紅葉」「月見」「滝巡り」「ニジマス釣り」など、さまざま意見が出されました。

意見を出し合う参加者のみなさん

「20~30代のOLや50~60代のゆとりある世代をターゲットに、渓谷味豚(みとん)やもち米など、上川ならではの食材をミクニで調理し、夜空を眺めながらグランピングで楽しむ」「キノコ・山菜狩りをしてその場で日本酒の説明を受けながら、お酒と料理を楽しむ」など、どれもここでしかできない上川の魅力を楽しむプラン。参加者はもちろん、自治体の関係者も大きくうなずきながらメモを取り「今後の参考にしていきたい」と話していました。

「大雪日本酒ゼミ」第1回の様子

SAKETIMESによる「女性が喜ぶ日本酒スタイル」

10月28日に開催された第2回の講師は、SAKETIMESでディレクターを務める高良翔。この回は女性限定にも関わらず23名の参加者が集まりました。テーマは「女性が喜ぶ日本酒スタイル」。女性ならではの視点で新しい日本酒の楽しみ方を考えようという内容です。

SAKETIMESディレクターの高良

ゲストは上川大雪酒造の副杜氏・小岩隆一さん。当日は仕込み作業が佳境のころだったようで、「緑丘蔵は製造工程がすべて外から自由に見られる構造になっているので、ぜひ気軽に見学してください。予約も不要ですよ」という話に「今日の帰りは酒蔵に寄ってみようかしら」という声も上がっていました。

上川大雪酒造の副杜氏・小岩隆一さん

まずは、今までに多くの集客があった日本酒イベントの事例紹介からスタート。元サッカー日本代表・中田英寿さんがプロデュースし日本各地から100の酒蔵が集結した「CRAFT SAKE WEEK」などが例に挙げられ、数万人の心を動かす日本酒の力について、参加者一同は感心した様子で聞き入っていました。

 前回と同様、日本酒とどんな要素を組み合わせれば女性を惹きつけるイベントができるのか、テーブルごとに話し合っていきます。ここで高良から「難しく考えず、ご自身が好きなものを自由に掛け合わせていくといいですよ」とアドバイス。

参加者にアドバイスをする高良 「まずは、主役(メインコンテンツ)となるテーマを決めてみよう」「上川だからできることを考えてみてもいいですね」「自分だったら参加したい!と思えるものにすることが大事です」「SAKETIMESの過去記事も大いに参考にして(笑)」といったヒントも出されました。

「大雪日本酒ゼミ」第2回の様子

ディスカッションの後は発表タイム。「町内のガラス工房『HARIOランプワークファクトリー』でガラスの酒器を作り、フラテッロ・ディ・ミクニで、手づくりの酒器に注いだ日本酒とそれに合わせたスイーツを楽しむ」「テーマは癒やし。寝転がれる空間のある日本酒カフェで、日本酒や麹を使ったスイーツ、甘酒などを楽しみ、日本酒入りの美容クリームを使ったパックやマッサージのサービスを提供する」「大雪ダム湖に水上レストランを建て、湖底で冷やした日本酒を味わう」など、女性ならではのアイデアに会場が湧きます。

素敵なアイディアの発表に湧く参加者一同

上川町内にある温泉街や大雪森のガーデンを和装で散策し、日本酒による美容効果を感じながら"インスタ映え"を狙おうとする欲張りなアイデアには「日本酒を着こなすネオ・ジャパネスク・ビーナス」という魅力的なタイトルがつけられ、発表時には大きな拍手が起こりました。

参加者が記入したワークシート

この日のランチで出された試験醸造酒(第4号)はフルーティーな飲み口と華やかな吟醸香で、スタイリッシュな料理にもピッタリ。「飲みやすくて、ワインのようにパスタともよく合いますね」という声が、あちこちのテーブルから聞こえました。

「フラテッロ・ディ・ミクニ」の料理と上川大雪酒造の試験醸造酒(第4号)

フラテッロ・ディ・ミクニによる「地酒に合うご当地の肴」

11月4日に開催された第3回は、講師にフラテッロ・ディ・ミクニを率いるグランシェフ・宮本慶知さん、ゲストに川端杜氏を迎え、38名の参加者が「上川大雪酒造のお酒に合う、地元の食材を使った料理」について考えました。

「フラテッロ・ディ・ミクニ」を率いるグランシェフ・宮本慶知さんと上川大雪酒造の川端杜氏

カウンターに並ぶのは、目にも美しく華やかな料理12種類。「上川産渓谷味豚パテのミニタルト」「バラのコンフィチュールとゴルゴンゾーラのピッツァ」「平目、焼き茄子、塩ウニの昆布シート」といったメニュー名からも魅力がにじみ出ています。これらの料理は、シェフが事前にお酒を試飲して味わいや特徴を確認しながら、川端杜氏と何度も打ち合わせをして考えた料理だそうです。

カウンターに並べられた料理

上川産渓谷味豚パテのミニタルト

平目、焼き茄子、塩ウニの昆布シート

この日の試飲は6月に搾った試験醸造酒(第1号)と、ほんの数日前に搾ったばかりの新酒というスペシャルなもの。「どっしりとした仕上がりの試験醸造酒とフレッシュな新酒。ぜひ飲み比べてみてくださいね」という川端杜氏の言葉に、参加者の期待が高まっていきます。

試験醸造酒と新酒を飲み比べる参加者

シェフから「上川産のもち米を食べて育った渓谷味豚は、川端杜氏のお酒に合わせるため、特別に10日熟成させました」「チーズの風味に青じその爽やかさを合わせることで、複雑な味わいを持つ今回のお酒との相性を整えています」「カボチャの甘味と日本酒の旨味が同じ高さになるように調整しました」という話を聞いて、「話を聞くことで料理がより味わい深くなる」という参加者もいました。

さらに「日本酒と合わせることで、素材本来の青臭さなど、嫌な香りが強調されてしまう場合もあります。たとえば、パプリカ。今回、あえてその組み合わせに挑戦した料理もあるので、ちょっと注意して味わってみてください」という言葉に、うなずきながら楽しむ参加者の姿もちらほら。

料理の解説をする宮本慶知さん

コクのある試験醸造酒(第1号)に対して、ワインのようにフルーティーで軽快な新酒。いずれも参加者には大好評でしたが、川端杜氏によれば「まだまだこれから」。「これからやって来る厳しい冬に雪原で造ってこそ、清涼な酒ができる」と意欲を見せています。上川の水は軟水ながらもしっかりとしたミネラル分を感じさせ、お酒にキリッとした締まりを与えてくれるのだとか。上川大雪酒造では今季54本の仕込みを予定しており、30数パターンもの仕込み方法を使い分けながらの酒造りを計画中です。

上川大雪酒造で使われている仕込み水

「どんなおつまみが上川のお酒に合うのか」というテーマでの話し合いもスタート。

「大雪日本酒ゼミ」第3回の様子

「味を旨味・苦味・甘味・酸味に分解して、たとえば青じその持つ酸味を、別の食材の酸味に置き換えるとまとまりのある味になりやすいですよ」「日頃から親しんでいる料理や、外で食べて美味しかった料理を参考に食材の置き換えを考えてみましょう」など、宮本シェフのアドバイスを受けて、各テーブルのディスカッションはどんどん熱を帯びたものに!

その後、参加者全員がシートに自分のアイデアを書き込んで提出。シェフと杜氏はそのすべてに目を通し、入賞作品を決めるのです。選考中の目は真剣そのもの!

参加者のワークシートに目を通す宮本さんと川端杜氏

厳正な審査の末、シェフ賞には特産品の熊笹とマス、チーズを合わせ、彩りの美しさまでを考えた「上川・大雪山雪解け 清水の喜び」、杜氏賞には「愛別産舞茸と上川産味豚・もち米のおこわ」、また各次点として「上川産野菜をカマボコに練り込んだ『ベジカマ』」「インカのめざめ 酒粕グラタン」が選ばれました。入賞作はもちろんそれ以外のアイデアについても、今後フラテッロ・ディ・ミクニで提供される可能性があるとのこと。楽しみですね!

賞を獲得した参加者の方々

日本酒の持つ可能性の幅広さ、そして北海道・上川町の魅力を改めて考えさせてくれた今回のセミナー。なお上川大雪酒造では、来年以降、敷地内にショップや貯蔵庫を新築する予定なのだそう。

参加者からも「渓谷味豚やもち米、水などこれまで意識しなかった上川の魅力に気付くことができました。日本酒と掛け合わせることで、もっともっと魅力が広がりそう。固定観念にとらわれずにお酒を楽しみたい」などの声が聞こえてきました。


大雪山大学では、これからもさまざまなイベントやセミナーを予定しています。もちろん上川大雪酒造とのコラボも計画中とのこと。今後も上川町から目が離せませんね。

(取材・文/石渡裕美)

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