北海道に新しい清酒蔵が誕生へ!上川大雪酒造株式会社(代表取締役社長・塚原敏夫氏)は、日本酒の製造を中止していた三重県の酒造会社を、北海道の大雪山系の山々が連なる上川郡上川町に移転。醸造所「緑丘蔵(りょっきゅうぐら)」の建設を進めています。
2016年11月に地鎮祭を行い建築に着手、翌12月に酒類製造場移転申請書を三重県四日市税務署に提出。認可されると2017年9月から醸造を開始する計画で、北海道では12番目の、まったく新しい酒蔵が誕生することになります。
(写真は2016年12月21日当時)
北海道から産み出される新しい清酒とともに、日本酒を通じた新しい地方創生のモデルとして、全国的にも注目を集めそうです。
耳馴染みのない酒造免許の遠隔地移転
新たな蔵の建設に出資する会社は主に日立トリプルウィン株式会社と極東産業株式会社の2社、さらに上川町やホクレン、酒造組合などからの協力も受けています。休眠している蔵ではなく、醸造場を"新設"して移転、しかも遠隔地へというのは実に珍しいケースなのだとか。
「大手蔵が第二工場を造るなどの場合を除いて、聞いたことはないです」と語るのは、上川大雪酒造の杜氏(製造責任者)となる川端慎治さん(47)。
民事再生で形がなくなった会社が免許を遠隔地に移動させ、醸造所を建築する流れは、三国プランニング(本社・東京)の副社長・塚原敏夫氏(札幌出身)が三重県の休眠していた酒蔵「株式会社ナカムラ」を買収したことから始まりました。2016年8月下旬には上川町に移転登記、社名を「上川大雪酒造」に変更しました。2017年1月段階では現地は基礎工事が終わった段階。4月には竣工し、5月から試験醸造を開始したいと考えてるそうです。
北海道小樽つながりで夢もつながる
川端さんに今回の壮大な計画の話がきたのは、2016年6月頃だったとか。北海道小樽市生まれの川端さんは、小樽潮陵高を出ています。出資社のひとつ日立トリプルウィンの親会社・日立キャピタル株式会社の会長は小樽商科大学出身で、社長も小樽潮陵高の出身で川端さんの高校の先輩。さらに、塚原社長も小樽商科大出身という"小樽つながり"で計画が発展していきました。
日立トリプルウィンは農事業を手掛ける会社で、同分野で製造技術の標準化や生産性の向上に取り組み、地域資源を活用した地域創生への貢献を目指しています。
道産子ファン待望の川端杜氏の復帰
北海道の酒販店や飲食業界、日本酒ファンにとっては新しい酒蔵ができることは嬉しいニュースであり、川端杜氏の酒造りへの復帰も待望されていたものでした。
道産子の川端杜氏は学生時代、能登杜氏四天王のひとり、農口尚彦杜氏が醸す菊姫の大吟醸を飲み「こんな理想的な酒があるのか」と感動し、酒造りの道を志します。造り手となり、改めてそのパーフェクトな酒質を実感し、今でも酒造りを行う時に立ち返る原点のようです。石川、福岡、山形、岩手、群馬の酒蔵で蔵人として修業を積み、2010年、民事再生していた北海道樺戸郡新十津川町の金滴酒造の杜氏に就任しました。
各蔵での武者修行で経験を積んだ川端杜氏のお酒は、道産子の日本酒ファンの心をつかみ、米のうまみを存分に感じられる味わいが人気を博しました。2011年の全国新酒鑑評会では、北海道の酒造好適米・吟風で醸した大吟醸酒が金賞を受賞する快挙を成し遂げています。
ですが2014年11月に諸事情により同蔵の杜氏を退きます。約2年酒造りから離れていましたが、そろそろ酒造りを始めなければと思い、どこかの蔵に季節労働として入ることも考えてきた矢先の、この計画でした。「他県から酒造免許を移転させることなど、簡単にできるのかと思っていたのですが、このような形になり、その計画に加わらせていただき、感謝しています」と川端杜氏。
生産者にもこだわり北海道初の全量純米蔵に
新しい酒蔵は北海道最高峰の大雪山の麓。北海道の中でも水に恵まれた地域で、大雪山系の万年雪が源流の伏流水に恵まれています。「酒造りは水が基本ですから。何もない場所で新しい物を建てて始めるというのは北海道らしいですよね。水も軟水で、かつ締まりもある感じなので、切れの良い酒ができそうな手応えはあります」
基礎は83坪ほどしかない超コンパクト酒蔵で小仕込み、高品質にこだわっていきます。そして、北海道産の酒米のみを使った、全量純米仕込み。実現できれば北海道初の純米蔵となります。
初年度の仕込み予定は600㎏から700㎏の小仕込みで約400石(一升瓶換算4万本)を予定しており、家庭でも扱いやすい四合瓶(720ml)が中心になるとのこと。蔵人は川端杜氏のほか、複数名を全国から公募します。「やる気があれば経験は問いません」と川端杜氏。
特に川端杜氏が酒造りでこだわるのが米。「原材料の品質以上の酒は造れない」と痛感しているからです。北海道の酒米は21世紀に入り目覚ましい品質向上を見せ、現在、「吟風」「彗星」「北雫」の3種類が中心で、道内酒蔵の多くがこれらを使っています。
ただ、道産の酒米には独特の癖があり、川端杜氏も金滴酒造時代に試行錯誤してきました。「酒造りの教科書は山田錦での造りなのですが、そのやり方がまったく通用しません」。特に特徴的なのは米の溶け方だとか。「本州の酒米に比べて、後溶けをします。造り手が溶けて欲しい時に溶けずに、予期しない時に溶けてしまいます」。川端さんでも、その特性をつかみ始めている段階とか。
同蔵では、川端杜氏が道内各地から厳選した、6軒の農家と契約栽培した酒米を使う計画です。道産の酒米は地域や収穫時期によりバラつきが大きく、それ以上に「生産者で変わる」という川端杜氏。金滴酒造時代、酒販店のPB(プライベートブランド)で個人農家が生産した「彗星」で醸した「砂川彗星」が日本酒ファンだけではなく、一般の方にも評判を呼んだことが「生産者」という確信を深めました。そして「マニア向けの酒造りになりがちのところを、一般の方に広く楽しんでもらえてこその日本酒を目指そう」と発想の転換になったと言います。
ファン以外にも食中酒として呑まれる日本酒を
銘柄は検討中ですが、目指す酒質は「食中酒としてより広く呑まれるお酒」とのこと。前述したように、日本酒ファンだけでなく、地元上川町や道産子に広く愛されるお酒を理想とします。道内の酒販店、飲食店、ファンの期待は高く、酒造りを再開できる喜び以上に、プレッシャーを感じているようです。「まったく何もない所から始めることですから本当に大変です。改善するのではなく、創作していかなければいけません。使う設備も道具も仕込み水も初めて。米は何となくつかめてはいますが、始めてみなければわかりません」と本音を漏らします。その重圧は計り知れませんが、反面「いろいろな蔵で経験しているので、対応力は自信があります」との自負も持っています。
蔵の建設にあたっては設計段階から施工者と打ち合わせを行い、細かく注文や要望を伝えました。「蔵の中は5~10℃ぐらいをキープしなければいけないですから。醪の発酵熱など建築の方はわからないですから、説明しました。麹室なども、こちらが設計しています」と並々ならぬこだわりです。
蔵は83坪ですが、所有している土地は約1700坪。日立キャピタルが目指す地方創生モデルとして、蔵を中心に「道の駅」のような、日本酒を通じたアミューズメントスポットを目指していきます。近くには層雲峡温泉もあり、年間200万人が訪れる北海道有数の観光スポットでもあり、上川町の活性化に寄与する狙いもあります。
(層雲峡氷瀑祭り)
北海道の清酒蔵は現在11蔵。広い北海道で多いとは言えない中、まったく新しい蔵が誕生することは革命的な出来事です。この珍しい酒蔵の行く末は、全国的にも注目されるでしょう。北海道からの日本酒革命、地方創生革命に期待せずにはいられません。
(写真は2017年1月18日当時)
◎蔵情報
- 上川大雪酒造株式会社
- 住所・北海道上川郡上川町旭町25-1
- 代表者・塚原敏夫代表取締役社長
- 主要株主・塚原敏夫、日立トリプルウィン、極東産業
- 酒蔵名称・緑丘蔵
- 稼働予定・2017年9月
- 取材協力:とりきん