平成29年度産の新米が収穫され、蔵での酒造りが本格的に始まってきました。この時期に杜氏がもっとも気にするのは、米の出来栄えです。

日本酒の主原料は米。その出来は最終的な香味に大きく影響します。しかし、米づくりは自然が相手。毎年必ずベストな米ができるとは限りません。その年の傾向を事前に把握しておくことは、酒造りをする上で必須です。

さて、平成29年度産の米は、どんな特徴をもっているのでしょうか。

"溶けやすい米"ってどんな米?

醪の様子

米の性質を捉えるときに杜氏が注目するのは、ずばり「溶解性」。これは"米の溶けやすさ"を指しています。いったいどういうことなのでしょうか?

醪(もろみ)の中では、麹が持っている酵素の力で掛米のデンプンがブドウ糖に変わり、それを酵母が資化(糖を食べて、アルコールや香気成分を出すこと)していきます。

この時、米が軟らかいと酵素がよく働くため、デンプンがブドウ糖に変わりやすくなります。ブドウ糖が供給過多になると、酵母は糖にまみれて動きが取れなくなってしまいます。この状態を「濃糖圧迫」と言い、酵母によるアルコール発酵が鈍くなります。

仕込み水の量を増やすことで酵母が動きやすくなり、増殖した酵母によって糖がみるみるアルコールに変わっていきます。仕込み水にカリウムやマグネシウムが充分に含まれていれば、酵母はしっかりと増殖してくれます。

搾りの様子

軟らかい米は酵素の力で溶け切ってしまうため、醪中の糖が少なくなって、日本酒度がプラスに向かっていきます。ここで杜氏が見極めるのは「上槽」のタイミングです。

米が溶けやすいと、日本酒度の上がる速度が通常よりも速く、アルコール度数も上がっていきます。酵母はエサであるブドウ糖が少なくなると、自身の排出したアルコールに酔ってしまい、ストレスを受け始めます。すると、酵母の細胞壁が壊れて内容物が出てしまい、雑味の原因になってしまうのです。

そのため、ベストなタイミングで上槽することが大事なのです。

適切なタイミングで搾ることができた酒は、よく溶けた米のおかげで酒粕が少なくなります。つまり、米のデンプンがきっちりと糖に変わり、それを酵母が資化してアルコールがしっかりと生成されたということ。米を無駄にしない、原料利用率の高い酒になるんですね。

酒を搾ったあとに残る酒粕

一方、米が硬いと醪の中で溶けにくくなってしまうため、甘味の少ない酒になります。良い麹ができていれば、酵素の力でじわじわと掛米が溶けて、糖の供給が穏やかに進行します。酵母が糖をなんとか食いつないでくれれば、雑味の少ないきれいな大吟醸酒ができます。

酵母はなかなか増えることができません。少々の低温ですぐに弱ってしまい、働きが鈍くなるので、踊(段仕込初日の翌日に何も手を加えずに酵母の増殖を図る期間)をしっかりと確保したり、留仕込(段仕込みの最終日)の後にやや高い温度をキープして後半は低温でじっくり経過させたりすることで対応します。

こうすることで余計な米の成分が溶け出さないため、きれいな酒質になりやすいのです。しかし、対策を怠ってしまうと酒粕の割合が大きくなってしまいます。

冷夏の米は溶けやすい!?

酒米が育つ水田

これまで、酒米の溶解性は「仕込んでみないとわからない」ものでしたが、近年、酒類総合研究所酒米研究会などによってある程度の予測ができるようになってきました。

それによると、米のデンプン構造が溶けやすさに関係しているのだそう。

精米後の酒米

米に含まれるデンプンには、いくつかの種類があります。生米のままでは、消化しにくいベータ化デンプンの状態ですが、炊いたり蒸したりすることで消化しやすいアルファ化デンプンに変化します。これを「糊化(こか)」といいます。逆に、炊いた米を放っておくと、カピカピの固い状態になりますよね。これを「老化」といいます。

この老化のスピードが、溶解性の決め手になるのです。

米のデンプン構造には長短があり、短いと老化速度が遅くなるため溶けやすくなります。短くなるのは夏が涼しかったシーズン。つまり、冷夏の米は溶けやすい傾向にあるのです。実際に、米の溶解性と登熟期(米の粒が成長する時期)の気温には相関が見られるようです。登熟期の気温を参考にすることで、米の溶けやすさが推測できるようになってきたのです。

天候に振り回された平成29年度産米

酒米が育つ水田

酒類総合研究所では、2017年の平均気温のデータをもとに清酒原料米の酒造適性予測を発表しています。平成29年度産の米は、全国的に例年とあまり変わらないようですね。

  • 北海道:平年並みから平年よりやや溶けやすい。
  • 東北:平年並みから平年よりやや溶けやすい。昨年よりは溶けやすい。
  • 関東信越:早生品種は平年並み。昨年並かやや溶けやすい。晩生品種は平年より溶けやすい。
  • 北陸:平年並みの傾向。
  • 東海・近畿・中国:早生品種は平年並みからやや溶けにくい。晩生品種は平年並みから平年よりやや溶けやすい。
  • 四国・九州:平年並みから平年よりやや溶けやすい。

気象庁のウェブサイトでは毎年の平均気温を公開しているので、年ごとの平均気温を見比べてみるのもおもしろいでしょう。

2017年8月、記録的な雨が続きました。夏から秋にかけて、複雑な動きをする台風5号がやってきました。秋は北日本に晴天が多く、日照量を確保することができました。しかし、被害をもたらした台風18号が秋の連休を直撃したせいで水田が乾かず、収穫が遅れたり米の胴割れが発生したりという報告もあがっています。

平成29年度産の新米で酒を仕込んでみると、やや溶けやすい印象ですが、平年とあまり差はないと思いました。しぼりたての出荷がすでに始まり、出品酒用の精米に取りかかる蔵もあります。品種や生産地にもよりますが、原料をしっかり見極めて酒を仕込んでいきたいですね。

(文/リンゴの魔術師)

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