世界中の美食家の「旅の目的地」となることを目指し、石川県小松市の食材と農口尚彦研究所の日本酒で「美食のまち」小松市の魅力を発信するイベントが「小松Saketronomy(サケトロノミー)」。
第4回は、オープンからわずか3ヶ月でミシュランの一つ星を獲得した、東京西麻布「山﨑」の山崎志朗シェフを招いて開催されました。
「酒造りの神様」が絶賛する最新の設備
「酒造りの神様」の異名を持つ、当蔵の杜氏・農口尚彦さん。祖父も父も杜氏という一家で育った農口杜氏は、16歳で酒造りの道へ進みました。
28歳に地元・石川県へ戻った後は、菊姫合資会社や鹿野酒造などの酒蔵で60年間もの杜氏生活を送り、2006年には厚生労働省認定の「現代の名工」に選ばれ、2008年には黄綬褒章を受章します。
一度引退するも、2年後の2017年に復帰。彼の研究の場であり、"未来の農口尚彦"となる若手醸造家の学びの場でもある農口尚彦研究所には、醸造設備のほか、過去に農口杜氏が使っていたノートや道具などを展示するギャラリーもあります。
農口杜氏本人も「温度管理がなされていて酒造りに適している」というほど最新設備を備えた農口尚彦研究所。研究所に併設されたテイスティングスペース「杜庵(とうあん)」で「小松Saketronomy」が開催されました。
偶然が生んだ「農口尚彦研究所」との出会い
「山﨑」の山崎志朗シェフが、この「小松Saketronomy」に参加することになったのは、農口尚彦研究所の関係者がお客さんとして「山﨑」を訪れたことがきっかけです。
農口尚彦研究所の関係者とは知らず、おすすめの日本酒として提供されたのが、なんと農口尚彦研究所で造られたお酒だったのです。
「もともと好きなお酒だったので、味わいについてのうんちくを熱く語ってしまいました。後から関係者の方だと知って、本当に恥ずかしかったです」と笑う山崎シェフ。
しかし、このことがご縁で「小松Saketronomy」でのコラボが実現したのです。
農口尚彦研究所のヴィンテージボトルとのペアリング
「小松Saketronomy」の最初の一杯は、「Limited Edition NOGUCHI NAOHIKO 01 2017」からスタートしました。
「Limited Edition NOGUCHI NAOHIKO 01」は、その年に造ったお酒のなかで最高のロットを農口杜氏自らが選りすぐった、中身が毎年変わるスペック非公開の限定シリーズです。農口尚彦研究所ができた最初の年、2017年に造られた貴重な1本が振る舞われました。
アートディレクターでもある金沢出身の陶芸家・十一代 大樋長左衛門(おおひ ちょうざえもん)さんがスケッチし、その形のまま金型を起こして製造したというボトル。左右非対称でありながら凛とした佇まいで高級感があります。
アタックは強めで刺激的。さまざまな酸味が絡み合っている印象です。ボリューム感もあり、酸味のほか、甘味や苦味などの味わいが全て強く出ていますが、それが熟成によってまとまっています。飲みごたえのある1本でした。
1品目の料理は「粕汁」です。
農口尚彦研究所の酒粕と仕込み水を使った粕汁は、まるでお酒を味わっているかのような感覚。氷温で寝かせた香り高い大吟醸酒の酒粕に、土っぽさを味わえる能登のごぼう、柔らかくまろやかな白味噌。材料はもちろんすべて石川県産です。
強めでボリュームのあるお酒をこの優しい粕汁が包み込んでくれました。お酒を飲むことが前提のコースの最初に汁物が提供されるとは、うれしい心遣い。一気に気持ちが高ぶります。
2品目は「酒まん」と「山廃純米酒 無濾過原酒 2017」のぬる燗です。
温められたことによりコクとふくよかさが感じられ、複雑な酸味が全面に出てきています。
酒まんは、酒粕と米粉の生地でムチムチとした食感。豚肉の脂がしっかりとした食べ応えのある前菜でお腹が軽く満たされ、これから続くコースのお酒を安心して飲むことができます。
升の杉の香りがほのかに酒まんへと移り、「山廃純米酒 無濾過原酒 2017」を飲むとまるで樽酒を飲んでるかのように感じる、変化のある組み合わせでした。
小松市では紫色に輝く宝石のアメジストが産出されるそうで、そのアメジストと同じ紫色のラベルの「JUNMAI 無濾過生原酒 2019」をいただきました。フルーティーで華やかな香り、なめらかな口当たりでとろみがあり、しっかりした酸味でキレていきます。
3品目の料理は「毛蟹酢の物」です。
金時草と菊のシャキシャキした食感がアクセント。この塩漬けがシャーベット状になっていて、濃厚でありながらすっきりと感じます。蟹のふくよかな味わいに優しい三杯酢が合わされ、ここに純米酒の酸味が加わって完成されるペアリングです。
「HONJOZO 無濾過生原酒 2019」は、身体にすっとなじむぬる燗で、きりりと辛い印象。これに合わせるのは「甘鯛酒蒸し」です。
昆布〆めにして蒸し上げられた甘鯛は、昆布の旨味がしっかりと残り、それを鰹の一番出汁でまとめている1品。昆布独特の香りを「HONJOZO 無濾過生原酒 2019」がすっきりと流し、甘鯛の脂と松茸の風味を際立たせています。
小松市産の食材を活かした山崎シェフの料理
5品目の料理、屋外で豪快に炙った「鰤 塩麹漬け 藁炙り」に合わせるのは、「YAMAHAI GOHYAKUMANGOKU しぼりたて 無濾過生原酒 2019」。すっきりとしたさわやかな酸味も印象的ですが、口に含むと芳醇な酸も広がり、青っぽい清涼感も感じられるお酒でした。
参加者から歓声が上がったパフォーマンスで炙られた鰹は、実際に酒造りで使用されている麹で漬けられたもの。鰹の芳醇な脂に藁の香りが加わることで、より熟成されたようなふくよかな味わいになりました。鬼おろしとポン酢であっさりとまとめ、唐辛子のピリリとした辛みがアクセントです。
お酒のさまざまな酸味が鰹のクセを一掃し、旨味だけを残してくれる抜群の組み合わせです。
小松市の四季が描かれた九谷焼の杯に注がれた「YAMAHAI AIYAMA 無濾過生原酒 2018」は、いちごのようなフルーティーさとカッテージチーズのような酸味があり、甘い口当たりでふくよかな余韻が続きます。
これに合わせる6品目の料理は「雲子味噌柚庵」。ふわふわの食感に驚かされる衣、濃厚でミルキーな雲子に柚子のさわやかさ、雲丹の芳醇さといった様々な香りが集約。ミルクを思わせるなめらかさとお酒の乳酸が渾然一体となっています。
7品目は、「YAMAHAI GOHYAKUMANGOKU 無濾過生原酒 2018」と「干し薇(ほしぜんまい) 信田巻」です。
全体的に丸みを帯びているお酒を燗にすることにより、香りを立たせていました。アルコールのボリュームは十分に感じられ、すっと喉を通る温度です。
「干し薇 信田巻」は、ていねいに戻された干し薇をお揚げで巻いた滋味深い味わい。出汁をたっぷりと含み口にジュワッと広がる感覚は官能的です。同じ45度程度の温度に温められたお酒ともなじみます。
8品目は、なめらかな口当たりで、甘味とコク、膨らみがあり、最後はキリリと際立った酸味と苦味でキレる「YAMAHAI MIYAMANISHIKI 無濾過生原酒 2018」と、真名鰹の力強さを感じる「真名鰹味噌漬け」です。
米粉でカリッと焼かれた真名鰹を、ねっとりとした百合根のペーストを絡めていただきます。真名鰹の独特の風味としっかりした身が、お酒の酸味や苦味とよく合い、互いに歩み寄っていくような組み合わせでした。
最後のお酒は、「DAIGINJO 無濾過生原酒 2018」です。
すっきりと軽快ですが、軽すぎず程よい甘味も混じった香り。口に含むとコクも感じられ、透明感がありスーッとキレます。とてもバランスの良いお酒で飲み疲れせず、思わずもう杯を進めてしまう味わい。珠玉の逸品といえるでしょう。
食事の締めは「そぼろご飯 」。すじこの酒粕漬けとべったら漬け、味噌汁が添えられていました。
米は小松産の有機米、漬けたまごは初卵という贅沢。旨味の多いコシヒカリに甘めに味付けされたそぼろが締めにぴったりです。筋子はねっとりとした食感でほんのり甘く、魚卵と吟醸酒の相性の良さを実感する組み合わせ。出汁の風味が香る味噌汁の具は、朝に収穫されたというシャキシャキとした食感のしたなめこです。
お腹も満足したところに、お酒が軽やかにすっと入っていきます。
デザートは、しっとり滑らかな「焼酎漬け干し柿のアイス」。
未発売の酒粕焼酎に干し柿を漬け込み、アイスクリームと混ぜ合わせたものです。まるでラムレーズンを思わせる食感。アイスの甘味に焼酎の苦味が加わって大人のデザートになっていました。
「この美しい景色の中で自分の料理を出すことができるのはうれしいことです」と語る山崎シェフ。
小松市産の食材を見事に活かした山崎シェフの料理と、それに農口尚彦研究所のお酒を合わせるという貴重な時間でした。
終わることがない農口杜氏の挑戦
最後に、農口杜氏にこれからの酒造りについてうかがいました。
実は下戸だという農口杜氏は、搾った直後や瓶詰めの時などの品質チェック以外は、お酒をほとんど飲まないそうです。だからこそ、自分の好きな味というよりは「その時代にあった、みんなが飲みたいお酒を目指している」と話してくれました。
「昔は味の濃いお酒が必要でした。身体を使った重労働の後に飲むには、薄いお酒では納得してもらえなかったんです。でも今、求められるお酒は違います」
長い杜氏歴の中でも、時代の変化に合わせて造り方も変えていく姿勢には感服するばかりです。
さらに、海外展開にも強い意欲を持っています。
「海外への輸出は増え、日本とは違い外国人の若い世代が日本酒を飲んでいます。そのニーズには応えていきたいし、外国人に受け入れられる味とは何なのか、模索していきたい」
88歳となる農口杜氏の挑戦は、まだまだ終わることがありません。
SakeとGastronomyの融合をコンセプトとした「小松Saketronomy」では、そんな農口杜氏が思い描く日本酒の世界が表現されていました。実際に体験すると、日本酒の素晴らしさやペアリングの楽しさを実感することができます。
これからも不定期で開催されるという「小松Saketronomy」。小松市の美しい自然と食材。そして、農口杜氏が造る美酒を味わいに、農口尚彦研究所を訪れてみてください。
「小松Saketronomy」は、小松美食バレー実行委員会の公式ホームページから予約できます。次回の告知については、農口尚彦研究所のメールマガジンやSNSをチェックしてみてください。
(取材・文/まゆみ)