こんにちは。SAKETIMESライターの梅山紗季です。

秋もすっかり深まり、夜が長く感じられますね。秋と言って、みなさんは何を思い浮かべますか?「スポーツの秋」、「芸術の秋」、そして「読書の秋」。個人的にはここに「食欲の秋」も加えたいところで、今回は、そんな秋の夜長に読みたい、お酒を味わい深く描いた文学作品をいくつかご紹介します。
思わず日本酒が飲みたくなってしまう一文から、共感できる一文までさまざまです。

 

1. 内田百閒「御馳走帖」

まずは内田百閒「御馳走帖」から。

「東京で一番大切らしく云ふ『こくがある』と云ふ事は、酒飲みには迷惑な事であって、特にこくがあると云はれる様な酒は常用にてきしない。反対にこくがなくてさらりとした味に、清い色香と色の吟味が酒飲みには一番大切なのであろうと思はれる」

なるほど、とうなずいてしまいたくなる一文です。造り酒屋の息子として生まれ、酒を愛していたという内田百閒だからこそ描けるこの表現は、現代私たちが日本酒を味わう際にもとても役に立ちそうです。確かに、こくというよりはさらりとした味わいの方が、日本酒では特にすっきりと飲むことができますよね。

 

2. 太宰治「母」

次にご紹介するのは、太宰治「母」から、濁酒に対しての記述です。

「濁酒……清酒と同様に綺麗に澄んでいて、清酒よりも更に濃い琥珀色で、アルコール度もかなり強いように思われた。」
シンプルな言葉の表現とは裏腹な、強いお酒の香りが漂ってきそうな表現です。物語の中で、濁酒は水筒に詰められて主人公のもとへ届きます。このあと、持って来た青年と主人公がこの濁酒を「優秀」と評します。主人公は特に、この場面で濁酒を飲む前までは「美味しいとは思わない。酔い心地も、結構でない。」と考えていたため、ここでの濁酒の強い美味さがより際立って伝わってきます。

 

3. 有川浩「阪急電車」

現代作家作品の中で、個人的にとてもご紹介したいのが有川浩の「阪急電車」。映画化もされた話題作です。あたたかみのある文章の中でも、読み手が思わず頬をゆるめてしまうのがこちら。
「ユキが美味い酒を呑むときは本当に嬉しそうなのである。(中略) そしてその一杯を実に美味しそうに呑むのだ。その表情があんまり幸せそうで、征志はいつも『どうせならもう一杯いけば』と勧めるのだが、ユキが頷いたことはない。一度の呑みで高い酒は一杯だけと決めているらしい。これと決めた一杯は大事に呑む、そうした呑み方はおそらく『嗜む』というのだろう。」

文中の「征志」は、この直前に土佐の地酒である「桂月」をひょんなことから手に入れます。嬉しそうに呑む「ユキ」に、この「桂月」を味わってほしくて彼女のことを思い出す、という場面なのですが、彼の彼女に対する愛おしさがとてもよく伝わります。このあと、二人は「桂月」を味わうのですが、とにかく美味しそうな感じが、そして、好きな人と味わうお酒であるがゆえのあたたかみが、一緒に伝わってきます。

 

4. 島崎藤村「桜の実の熟する時」

最後にご紹介するのは、この季節ならではの一文。島崎藤村「桜の実の熟する時」からの引用です。
「ぷんと色香のして来るような熱燗を注いで勧めた。一口嘗めて見たばかりの菅はもう顔を渋ねてしまった。「生まれて初めて飲んで見るか」と、捨吉も笑いながら、苦い苦い酒を含んで見た。咽喉を流れて行った熱いやつは腸の底まで浸み渡るような気がした。」

寒い中、「浸み渡る」ような熱燗をぐいっと味わう。これに勝る幸せもありません!喉をゆっくりと熱い酒が流れ、それは「腸の底まで」しみるように味わい深い。これからの季節に味わいたいお酒を表現した文豪の名文です。思わず喉が鳴ってしまうこと請け合いの一文。
いかがでしたでしょうか?
秋の夜長に読みたい一冊と、それに似合う一杯を皆様が見つけるお手伝いができたらと思います。ぜひこの記事を読み終えたら、本もお酒も味わってみてくださいね。
今後も、皆様のお酒を味わう時が美味しく、愉しいものになるような記事を提供していけるよう、日々頑張りたいと思いますのでよろしくお願いいたします。
【引用】
内田百閒「御馳走帖」1996年 中央公論社 中公文庫
太宰治「母」青空文庫
有川浩「阪急電車」2010年 幻冬舎文庫
島崎藤村「桜の実の熟する時」1955年 新潮社

 

以上です!
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