「共創」を促すことを目的に、今年で8回目の開催を迎える「SoftBank World 2019」が東京芝公園のザ・プリンス パークタワー東京で開催されました。
今年のテーマは、「テクノロジーコラボレーションで、世界を変えていこう。」。「5G」「AI」「IoT」などの最新IT技術について、展示会場には86ブースが設置され、さらに2日間で合わせて76講演が行われました。
その講演のひとつである、株式会社Clear・代表の生駒龍史、平和酒造株式会社・代表取締役社長の山本典正さんが「日本酒のモダナイゼーションに秘められた可能性」というテーマでセッションした様子をレポートします。
日本酒×テクノロジーによるビジネスチャンス
テクノロジーと日本酒は縁遠いイメージがありますが、なぜソフトバンクのイベントで日本酒をテーマにしたセッションが行われることになったのでしょうか。
その経緯について、ソフトバンク株式会社・デジタルトランスフォーメション本部第三ビジネスエンジニアリング統括部担当課長の鈴木松雄さんが話してくれました。
「ソフトバンクは『SoftBank Innovation Program』という、新たな価値の創出を目指す取り組みを行っています。これは、採択された会社とパートナーシップを築き、イノベーションを推進するというものです。この取り組みに日本酒ベンチャーが参加したのがきっかけで、『日本酒は今、元気がないのではないか』、『日本酒を元気にしたい』という話題が出ました。そこから、日本酒について調査をすることになったのです」(鈴木さん)
実際に全国各地の10蔵へ足を運ぶと、ITを取り入れている蔵はほぼなかったといいます。そこで、酒蔵に協力を得て、経過簿のアプリを導入・体験してもらったそう。
「この経験から、テクノロジーを取り入れるモダナイゼーションによるビジネスチャンスがあると感じました」(鈴木さん)
現在、日本酒の売り上げは4,572億円で、その2〜3割は大手蔵が占めていると鈴木さんは話します。海外への輸出金額は222億円ですが、アルコール類全般で見ると日本酒は数パーセント。しかし、オリンピックを控え、日本酒への注目度は上がっていくと考えているそうで、鈴木さんは「日本固有の産業を支援していきたい」と前向きに話してくれました。
造り手の目線から、日本酒業界の改革を進める
季節雇用が常だった酒蔵で新卒採用と正社員化、県をまたいだ若手酒蔵のイベント主催など、日本酒業界において改革を巻き起こしている平和酒造株式会社・代表取締役社長の山本典正さん。ここに至るまで、どれほどの努力があったのでしょうか。
1978年に和歌山県海南市で生まれた山本さんは、京都大学経済学部を卒業し、人材系のベンチャー企業へ就職。その後、実家である平和酒造へ戻り、和歌山県の梅を使った梅酒「鶴梅」や、数々のコンテストで評価されている代表銘柄「紀土(KID)」など、高品質なものづくりを行ってきました。
それと同時に進めてきたのが、組織改革。酒蔵ではほとんど実行されていない、新卒採用と正社員化に注力したのです。
「『日本酒業界を変えたい』『ものづくりをしたい』という熱意のある人を採用しました。現在はほぼ県外から採用しており、女性の割合も多いです」(山本さん)
酒造りは体力が必要な仕事です。それでも新卒の蔵人が続けられるのは、常に改善されていく環境、ものづくりへの情熱があるからなのでしょう。
また、社内での情報共有として、SNSを取り入れたことも大きな効果があったと山本さんは話します。
「基本的に、昔と今で作業が大きく変わることはありません。入社1年目は雑用や清掃が主な仕事です。しかし、なぜそれが必要なのか、どれだけ必要なことなのか、今後どういう作業につながっていくのか。SNSで情報共有のスピードを上げていくことにより、最初はつらいような仕事でも理解が深まり、蔵人が長く在籍してくれるようになりました」
最近では、ホリエモンこと堀江貴文さんがファウンダーを務めるインターステラテクノロジズ株式会社とコラボし、「紀土」が民間ロケットの燃料に使われました。
「新しい挑戦をすることで、日本酒業界をざわつかせたい。しかし、基本的には忠実にものづくりをしています。これからもさまざまなことに挑戦して、みんなに感動してもらいたいですね」(山本さん)
日本酒ベンチャー・Clearが考える未来
ひと昔前までは、酒蔵が造った日本酒は卸と小売を経て、消費者や飲食店に届く生販三層がほとんどでした。しかし、インターネットが普及した現代では、日本酒の流通はさまざまな形をとっています。
日本酒専門WEBメディア「SAKETIMES」と、最高級日本酒ブランド「SAKE100」を運営する株式会社Clear・代表の生駒は次のように話します。
「Clearは『日本酒の可能性に挑戦し、未知の市場を切り拓く』をミッションに掲げています。今はまだなくても、未来には絶対に必要なもの。それを創っていきます」
SAKETIMESをスタートさせたのは2014年。今年で5年目を迎えます。
「SAKETIMESは、日本酒に関するあらゆる情報を掲載しています。『日本酒をもっと知りたい』と読者に思ってもらえるよう、興味深くユニークな一次情報に特化しています。最初は日本酒業界にとって類を見ないサービスということもあり、批判的な意見も多くありましたが、ひたすらに良い記事を書き続けていくことで、メディアで情報発信をすることの効果と意義を理解いただけるようになりました」(生駒)
その後、今まで形成されてなかった日本酒の高価格市場をつくろうと、2018年に「SAKE100」を誕生させました。
「SAKE100」とは、「100年誇れる1本を。」をテーマに掲げる日本酒ブランドです。100年先にも色褪せない価値を持つ日本酒のコンセプトをいちから創り上げ、それを実現できる酒蔵と共同開発し、インターネット限定で販売しています。
「今はないけど未来に必要なもののひとつとして、"ラグジュアリーシーンに寄り添う日本酒"があります。より素晴らしい体験をしたいと考えている人はたくさんいます。非日常の特別な時間の中で、国内外を問わず、上質な日本酒が選ばれるようにしたい。日本酒のポテンシャルをさらに上げていきたいですね」(生駒)
日本酒とともに「ストーリー」を伝える
質疑応答の時間には、「日本酒の企業が海外でマーケットを広げていくにはどうしたらいいのでしょうか。なにかヒントはありますか?」と質問が投げかけられました。
月に1度は海外に出張するという山本さんは、「世界では日本酒が盛り上がっていて、まだまだポテンシャルがある」と話します。
世界では、さまざまなお酒がブランドビジネスに成功してます。ワインやウイスキーは投資対象にもなっており、世界の富裕層が取り合いをしているほど。海外のワイン審査機関やソムリエが主体となったコンテストや、和食ブームの影響もあり、日本酒も注目を浴びるようになってきたとのこと。
しかし、海外の食文化の中で日本酒は美味しいと感じられるのでしょうか。
「海外で日本食を食べている人は食のレベルが高いと感じました。また、軽やかな味わいで素材を生かし、そして旨みを大事にするといった日本料理の原点が、他の料理にも取り入れられています。だからこそ、海外の人でも日本酒を受け入れてくれているのだと思いますね」(山本さん)
「日本酒のストーリーを伝えていけば、海外でもすんなりと受け入れてもらえる」と、生駒も続きます。
「歴史ある酒蔵には、その背景にストーリーがあります。ブランドの持つストーリーに共感してもらえれば、味わいも一層美味しく感じる。ストーリーは世界共通で心に響いていくと思っています」(生駒)
日本では精米歩合などのスペックでセールスすることが多く、ある程度の知識がある人には伝わっても、海外の人には伝わりづらくなってしまいます。世界に共通するストーリーとともに伝えていくことで、日本酒は海を渡ることができるのですね。
「ローカルをグローバルにしていきたい」
鈴木さんは「ローカルなものをグローバルにしていきたい。ほかの企業の方とも協力して、新しい市場を共創したいと思っています」と、引き続き日本酒を幅広く支援したいと締めくくりました。
ソフトバンクが日本酒業界を支援することは、テクノロジーの導入とグローバル化に向けて非常に大きな力になります。伝統産業と大手IT企業が手を取り合い、新たな市場を開拓する。日本酒の未来がますます楽しみになるイベントでした。
(文/まゆみ)