世界各地でSAKEを楽しむ人たちが増えるにつれて、同時に海外での酒造りも広がっています。しかし、挑戦する人たちの多くが技術の習得に苦労しています。

そんななか、現地に自ら出向いて酒造りの技術指導をする熱心な蔵元がいます。それが、岐阜県中津川市にある三千櫻酒造の蔵元杜氏・山田耕司さんです。

この記事では、メキシコをはじめ、チリや台湾での酒造りを指導している山田さんの活躍をご紹介します。

小規模醸造のノウハウをメキシコで活かす

酒蔵の長男として1959年に生まれた山田さん。当初は蔵を継ぐ意思はなく、台湾で日本語教室を経営していました。

ところが、1995年ごろに父の体調が悪くなり、蔵に帰ることになります。その後の10年間は3人の杜氏のもとで酒造りを学び、2004年の冬に蔵元杜氏となりました。以来、3人の杜氏の技術を引き継ぎ、甘味と旨味がバランスよく調和したお酒を造り続けています。

三千櫻酒造は醪の多くを袋吊りで搾ることでも有名です。年間醸造量が200石ほどの小さな酒蔵ですが、熱烈な三千櫻ファンに支えられています。

「三千櫻」のビン

2014年、「メキシコの実業家がメキシコ国内でSAKEを造る計画を立てている。工場建設から醸造まで、幅広く技術指導をしてくれないか」という相談が、山田さんのもとにに飛び込んできました。詳しい話を聞くと、小規模な酒蔵をレストランに併設したいとのことでした。

「仕込みの規模が小さいということは、うちが持っているノウハウや技術が活かせるはず。ゼロから酒造りを始める経験も悪くない。日本の造りの期間は冬だから、春から秋にかけてなら現地にも足を運べる」と考えた山田さんは、その依頼に応じました。

海外の環境に合わせてSAKEを造る

「NAMI SAKE」の蔵の内観

酒造りで必要な設備はできるだけ現地調達し、甑(こしき)などは日本で調達してメキシコに送りました。蔵は建物内が通年で7度の低温を保てるよう空調工事を行なって、醸造に適した環境を整えます。

また、海外の酒造りでは他社から購入した乾燥麹を使うことが多いのですが、「自分で麹を造らなければ美酒にはならない」と考える山田さんは、湿度と温度の調節機能を持った麹室を導入しました。メキシコには精米所がないため、日本から精米済みの米を調達。原料米と一緒に麹菌と酵母も日本から送ることにしました。

「NAMI SAKE」の蔵人

こうして造りの準備が完了した2015年に、山田さんはメキシコ・シナロア州に出向きました。

ところが、現地に着くと設備の導入がまだ途中でした。そこで待っている間に、現地の仕込水をチェックしたところ、大量のミネラルを含む超硬水であることがわかりました。

「日本と同じような仕込みをやれば、酵母の活動が過剰に活発になってしまい、アルコールはどんどん出るが、味がない酒になりかねない。酵母の活動を抑制するために、さまざまな対策が必要でした」と山田さんは振り返ります。

「NAMI」のビン

そして、1本目の仕込みに着手。山田さんの指揮で造りはトラブルなく進み、10月にはじめてのSAKEを搾り終えました。

「特に不安はありませんでしたが、1本目のお酒を飲んだ時は笑みがこぼれましたね。中南米で初となるSAKEが、自分の指導で実現したことに感動しました」と山田さん。お酒は「NAMI(なみ)」(URTRAMARINO社)という銘柄でメキシコ国内で発売され、大きな評判を呼びました。

メキシコの蔵人を日本に呼び、酒造りの真髄を伝える

URTRAMARINO社は、山田さんの指示通りに1年目は小規模の仕込みを行い、慎重に酒造りに取り組みました。蔵人たちの技術が向上したところで、もう少し大きな仕込みに移るため、翌年の2016年に山田さんは再びメキシコで指導を行いました。

「米を醸してアルコールを造るだけではSAKEができたとはいえない。そこに魂を入れる必要がある。そのためには、日本で造りを経験し、日本酒が生まれる風土や気候などを肌で感じるべきだ」と考えた山田さんは、現地の蔵人を三千櫻酒造に招きます。2人が交代で約2ヶ月ずつ、蔵に泊まり込みで酒造りについてみっちりと学んだのです。

三千櫻酒造に来たメキシコからの研修生と、三千櫻酒造のみなさん

メキシコからの研修生(左から3人目)と、三千櫻酒造の皆さん

「彼らはとても素直に造りを学び、丁寧にSAKEを造っています。間違いなく、海外で造られているSAKEとしてはトップクラスです」と山田さんは太鼓判を押しています。

2018年6月に、海外のSAKEを飲み比べるイベント「Sake World Cup」が京都で開催されましたが、そこでも「NAMI」は大人気でした。

「NAMI」と台湾で造られた日本酒

「NAMI」と台湾で造られたSAKE

その評判から、山田さんのもとへ海外から次々と指導の依頼が舞い込みました。

チリのワイナリーにはメールで指導。台湾からの依頼には2017年に研修生を受け入れるという形で酒造りを教えています。つい先日、台湾から教え子ができあがったSAKEを持って訪問してきたばかりだそうです。

そのお酒については「設備面で制約があり、出来栄えはまだまだ駆け出しといったところですが、これからどんどん良くなるはずです」と山田さんは期待しています。

海外での現地醸造は望ましいこと

三千櫻酒造の蔵元杜氏・山田耕司さん

海外のSAKEに対する関心の高まりを受けて、日本の酒蔵も輸出に力を入れています。三千櫻酒造も例外ではなく、香港と台湾に輸出をしています。

海外でSAKEを造る動きが広がれば、三千櫻酒造と競合することもあるでしょう。しかし、「世界のアルコール市場で見れば、日本酒のシェアなど微々たるものです。競合などありえない。むしろ、日本酒というブランドを世界中の人に認知してもらうには、海外の現地醸造は欠かせません。これからも依頼があれば、酒造りの指導はいくらでもやりますよ」と山田さんは話します。

山田さんの教え子は、これからも海外に増えていくこととなりそうです。

(取材・文/空太郎)

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