長野県下諏訪の銘酒「御湖鶴(みこつる)」が、2年ぶりに復活しました。以前の醸造元だった菱友醸造が、2017年4月に自己破産。造りを辞めてしまいましたが、福島県の磐栄運送が後を引き継ぎ、新たな杜氏を迎えて再出発を果たしています。

復活を機に、先進的な蔵に引けをとらない設備を導入し、「御湖鶴」を人気銘柄に育てあげることを目指しているそうです。高い目標を掲げて、再興に取り組む諏訪御湖鶴酒造場を訪れました。

「御湖鶴」醸造元の磐栄運送・諏訪御湖鶴酒造場の看板

「御湖鶴」復活へと繋がる出会い

下諏訪は人口2万人ほどの小さな町ですが、諏訪大社下社や下諏訪温泉などを目的とした観光客で賑わいを見せています。

酒販店やおみやげ店を訪れると、どのお店にも復活を祝うかのように「御湖鶴」の新酒が並んでいます。以前は、主に大都市圏に向けて販売していたためか、下諏訪で「御湖鶴」を見かける機会はあまりありませんでした。

その理由について、諏訪御湖鶴酒造場の杜氏である竹内重彦さんは、このように語ってくれました。

「地酒というのは、まずは地元の人に愛されて評判が高まってから、他県に出て行くものだと思っています。今回は、町や商工会など地元の方々が復活に全面的に協力してくれたおかげで、スムーズな再出発ができました」

諏訪御湖鶴酒造場の竹内重彦杜氏

諏訪御湖鶴酒造場の杜氏・竹内重彦さん

竹内さんは、長野県千曲市にある長野銘醸で、2017年7月まで酒類統括部長兼杜氏を務めていた方です。蔵の改革をリードし、新しい銘柄「聖山(せいざん)」をヒットさせるなどの功績で注目を浴びましたが、家庭の事情で退職することになりました。

数か月ほど経ち、酒造りに戻れるようになった時に、以前より親しくしていた酒販店の社長から「『御湖鶴』の再興に取り組んでいる磐栄運送が杜氏を探しているので、話を聞いてみないか」と声をかけられたそうです。

興味を持った竹内さんは現況を聞いてから、御湖鶴の酒蔵を視察。そして、磐栄運送の村田会長に会いに行きました。竹内さんは、その場で次のように訴えたのだそうです。

「御湖鶴」の法被の写真

「日本酒は特定名称酒を中心に追い風が吹いていますが、ただ酒を造れば儲かるような楽観的な状況ではありません。むしろ、危機感を抱いています。将来を見据えた時に、まずは環境を整えて、最初から全国でもトップクラスの品質を目指すこと。そして、下諏訪は県内でも屈指の観光地ですから、酒蔵を観光資源として活用し、地域振興につなげてはいかがでしょうか」

磐栄運送の村田会長は、数年前にを飲んだ「御湖鶴」の美味しさを覚えていたそうです。その後に菱友醸造が自己破産し、設備が競売にかけられたことを耳にしました。村田会長は日本文化への関心が強く、「御湖鶴の復活に力を貸したい」という思いで、競売に参加し落札します。とにかく良いお酒を造り、下諏訪町唯一の酒蔵として地域に貢献したいと考えていました。

お互いの思いが合致し、竹内さんは「御湖鶴」の再興に取り組むことになりました。

諏訪御湖鶴酒造場のビン洗浄の様子

「御湖鶴」の名を残す意味

竹内さんは醸造再開の見通しを立てるために、2018年1月から何度も下諏訪へ足を運びました。入念に設備を点検したところ、衛生面での問題も多く、設備の大半が老朽化や故障で使えない。さらに建物も古く、全面的に建て直す案も浮上しました。

しかし、そうなると醸造再開が2019年秋以降になってしまいます。下諏訪町唯一となる酒蔵の灯を2年も消してはおけないと、必要最低限の設備だけを入れ替えて、2018年の暮れから酒造りを始めました。

タンクを覗き込む竹内重彦杜氏

まずは「御湖鶴」の復活を優先して、初年度は試験醸造として様々な確認作業を行いながら仕込みを行い、造りが終わってから建物を一新することにしたのです。

今季は蔵を徹底的に清掃して、衛生管理に力を入れました。また、原料処理に用いる機器は新品を導入し、麹室も改修することに。仕込み部屋に新しいサーマルタンクを並べて、酒造り再開に臨みました。

諏訪御湖鶴酒造場での作業の様子

銘柄名は「御湖鶴」を引き継ぐことにしました。その理由について、竹内さんは次のように話しています。

「酒質の進化が目立つ現在の特定名称酒の市場には、美味しいお酒はたくさんあります。けれども、美味しいお酒のすべてが売れているわけではありません。ハイレベルなのに一度も飲まれないまま、埋もれていくお酒もたくさんあります。最初の1杯を飲んでいただくことが、いかに難しいかを物語っていると思うのです。

このような状況下では『御湖鶴』の名を残し、その知名度を活かした方がいいのではないかと考えました。昔の『御湖鶴』には多くのファンがいました。一方で、嫌いなお客様もいたことでしょう。でも、どちらの人でも『御湖鶴』が復活したと聞けば、一度は試しに飲んでくれるのではないかと考えたのです。新たに別ブランドを立ち上げて展開するよりも早く、お客様に届けることができるのではないかと思ったのです。

もちろん、その時に美味しいと感じて、繰り返し飲んでもらえるレベルのお酒を造らなければならないのは言うまでもありません」

目指すのは「地域に貢献できる酒蔵」

御湖鶴」を飲む竹内重彦杜氏

そんな竹内さんが目指す酒質は、旨味と酸味のバランスがいい食中酒です。純米酒は料理に合わせやすいように、派手さを抑えた仕上がりに。純米吟醸は、一口飲むと心がときめくような味わいを目指すそうです。

また、価格競争による品質低下を避けるためにも、すべての造りを純米酒以上としました。純米吟醸酒については50%の精米歩合に統一し、シンプルでわかりやすい商品構成に。今季の造りは3月まで行い、予定製造量は70石ほどになる見込みです。その後に設備を搬出して、晩秋までに建物を一新。2季目の造りに入る計画です。

竹内重彦杜氏と蔵人の皆さん新蔵には見学者用の通路と試飲コーナーを設け、販売はもちろん、日本酒文化や地域文化を広く発信したいとのこと。

竹内さんは、「外国人観光客の間で、日本酒蔵を見学したい人が増えていると聞きます。そんな人がうちの蔵に来てくれるように努力したい。自分たちが繁盛するだけではなく、下諏訪を訪れる観光客を増やすことで、地域が賑わえば嬉しい」と話しています。

生まれ変わった「御湖鶴」がどう羽ばたいていくのか、これからが楽しみです。

(取材・文/空太郎)

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