山形県米沢市で1597年から続く酒蔵・小嶋総本店は、代表銘柄「東光(とうこう)」や「洌(れつ)」などを醸し、お米のしっかりとした味を長く楽しめるのが特徴の蔵です。「全国新酒鑑評会」や「ワイングラスでおいしい日本酒アワード」などで多数受賞し、最近では、楯の川酒造、男山酒造、水戸部酒造と一緒に共同開発した「山川光男」シリーズも発売しています。

そんな小嶋総本店が「ファンのみなさまと、おいしいお酒を一緒に楽しみたい」という想いから、初めてのオンラインイベントを開催しました。その模様と小嶋総本店の新たなチャレンジについてお届けします。

朝日が昇る方角の酒「東光」

小嶋総本店は、安土桃山時代の慶長2年(1597年)に、初代・小嶋彌左衛門が現在の地で「小嶋酒屋」を創業したのが始まりです。小嶋総本店は後にこの地を治めた上杉家の御用達酒屋として、長年重宝されました。それを示す逸話として、「飢饉に見舞われ、酒造りの材料となる米が不足した時も小嶋総本店だけは酒造りを許された」と話があるほどです。

代表銘柄「東光」の由来は、「米沢城の東側にある、朝日が昇る方向のお酒」という意味合いから来ています。昔から「東光」が米沢の地で根付き、大切にされていたことがわかります。

小嶋総本店の位置

今回、Zoomを使ったオンラインイベントを企画したのは、新入社員の五十嵐有佳さんです。

「コロナ禍でオフラインのイベントが軒並みキャンセルとなり、オンラインの飲み会やイベントを開催される酒蔵さんも増えてきています。弊社では初めての試みだったため、わからないことも多く準備は本当に大変でした。それでも、こんな時だからこそ、みなさんと一緒においしいお酒を楽しみたい!という想いで実現したイベントなので、私たちも本当に楽しみでした」

オンラインスタッフ

すべてが初めてなことだったので、開催前に何度もリハーサルを行ったそうです。イベント当日は五十嵐さんは開始の20分前からZoomで待機し、参加者1人1人に声を掛けながら、Zoomの使い方やイベントでの注意点などを伝えていました。

オンラインイベントには、山形県内からだけでなく神奈川や名古屋などからの参加者や、飲食店や日本酒のエキスパートなども含め、「東光」や「洌」のファン20名が集まりました。

開始時間になると、進行を担当する24代目蔵元の小嶋さん、販売スタッフの手塚さんが登場。イベントの主旨や流れ、当日のスケジュールの説明のあと、酒蔵の紹介からイベントが始まりました。

画面に映る酒蔵の写真を指し示しながら、「私たちは今、写真のこのあたりにいるんですよ!」と小嶋さん。オンラインならではの情報共有のやり方に、参加者にも思わず笑みが浮かべます。そのときに画面に映し出されていた写真がこちら。ちょうど消火栓の横あたりでオンライン配信を行なっていました。

小嶋総本店外観

続いて、進行役の2人が紹介したのは、各々が選んだいち推しの銘柄「東光 純米大吟醸 雪女神」と「東光 純米吟醸 夏酒」です。お酒の前に並ぶのは、東光のオンラインショップで売られている商品に少し手を加えたお手製のおつまみ。華やかな彩りが目を引きます。

イベント中お酒とつまみ

お酒もおつまみも準備できたところで、いよいよ乾杯の時間です。参加者のみなさんも画面を写し、オススメの日本酒を見せ合いながらグラスを掲げます。

「初の東光オンライン飲み会をスタートします、今日は楽しみましょう!乾杯!」

小嶋さんの掛け声に画面の向こうから「乾杯!」の声が返ってきます。オンラインでも一体感が感じられる瞬間です。

小嶋屋総本店のオンラインイベント

 

乾杯後は、進行役の2人が選んだお酒「東光 純米大吟醸 雪女神」と「東光 純米吟醸 夏酒」の解説が入ります。今回は特別に事前に選んだお酒を教えてもらい、筆者も同じお酒とおつまみを取り寄せて、自宅で試してみました。あらかじめ銘柄がわかっていれば、離れていても同じお酒を楽しめるのがオンラインイベントのよいところですね。

「東光 純米大吟醸 雪女神」

大吟醸クラス向けの酒米として開発された、山形県産の酒造好適米「雪女神(ゆきめがみ)」で醸したお酒です。フルーツのような華やかな香りとスッと消える後切れが心地よく、杯が進んでしまいます。ワイングラスでいただくと、その香りと上品さがより際立ちます。また、43度くらいの温燗にしても華やかな香りを失わず、味わいが深まってオススメとのこと。

東光 純米大吟醸 雪女神

「東光 純米吟醸 夏酒」

アルコール度数14%の低アルコールの夏酒。さわやかな飲み口で軽くスイスイと飲めてしまいますが、後味はしっかりした米の味わいが長く続きます。さっぱりした夏酒が多いなか、こちらはパンチが効いている印象です。おつまみとして用意した濃い目の味付けの酒粕ポークジャーキーにも負けない、バランスの良いしっかりした味わいでした。

東光 純米吟醸 夏酒

固定概念にとらわれない酒造り

それぞれがお酒を楽しむなか、話は小嶋総本店の歴史や酒造りへと移ります。今回は解説に加え、参加者から事前に募集した質問タイムが設けられました。

集まった質問はさまざまで、造りの年間スケジュールや商品の誕生エピソード、お酒を嗜むコツ、日本酒の賞味期限などなど、多岐に渡った内容です。特に2つ目の質問の「お酒の誕生エピソード」では、四段仕込で醸した「小嶋屋 無題」について、蔵元がその熱い思いを語りました。

「現在の純米酒や大吟醸といった特定名称酒が主流となっている日本酒のあり方に、常々、疑問を持っていました。古事記にも登場する2000年前の日本酒は日本酒を使った再仕込みの酒だったと言われています。今は純米酒と同じ造りをしていても、再仕込みで造った酒は最も廉価な普通酒というカテゴリーの商品として取り扱われてしまいます。

私たちは伝統の本質を問い直し、自由で多様な日本酒を体現したい、その想いでチャレンジしたのが『小嶋屋 無題』です。みなさんも固定概念に捉われず、もっと自由に日本酒を楽しんでいただきたいと思います」

酒四段仕込み

「小嶋屋 無題」を醸すのに使われたのは、酒四段仕込みという製法。通常仕込みの三段目で日本酒を使う貴醸酒とは異なり、風味を保ちながら低アルコールの酒に仕上がります。貴醸酒のデザート酒的な楽しみ方よりも、食中酒として楽しめるのだとか。蔵元の造りへの想いに直接触れることで、より一層日本酒が愛しく感じられる気がしました。

Zoomのチャット機能を使って、寄せられる質問を順に取り上げて回答していきます。参加者のみなさんは普段なかなか聞けない話に興味津々。他の参加者の質問をさらに掘り下げるような質問が出たり、距離を感じさせないような盛況ぶりです。

蔵元の小嶋さんから参加者のみなさんへの「ご自宅でみなさんはどのお酒を飲まれているんですか?」という質問には、「東光の純米吟醸原酒です」「小嶋屋 無題です」「洌の純米大吟醸をいただいてます」と、画面の向こうから、ラベルを見せてアピールしていました。

オンラインイベント中

蔵元の小嶋さん(写真左)と販売スタッフの手塚さん

その様子を見て感激した蔵元の小嶋さん。

「飲食店さんで自分たちが醸した日本酒を楽しんでいただくのを見かけることはあります。しかし、こうしてみなさんがご自宅で、何をつまみに、どんな酒器で、当蔵のお酒を楽しんでいるかは初めて目にしました。とても感慨深いものがありますね」

飲食店や酒販店を通じた流通が基本となる酒蔵にとって、今回のオンラインイベントは直接お客様の反応が見られる貴重な機会となったようです。

酒蔵として酒米農家とともにできることを

新型コロナウイルスの影響により日本酒の出荷は大きく落ち込み、小嶋総本店もその例外ではありません。そんな状況にありながら、蔵元の小嶋さんはこう語ります。

「我々酒蔵は日本酒造りに必要な酒米の生産を契約栽培の農家さんにお願いしています。新型コロナウイルスの影響で飲食店の営業が縮小されたこともあり、酒蔵にも出荷ができずに冷蔵庫で保管したままのお酒やタンクで瓶詰めを待っているお酒があります。

ただ、出荷ができないからといって農家さんから酒米を仕入れをしないことはできません。予定どおりの数量をきちんと購入し、農家さんとの約束を守るのが酒蔵の責任と考えています。一方、タンクや冷蔵庫が空かないので、すぐに酒造りができないのは悩ましいところです。

そこで、私たちは日本酒を愛するみなさんに『飲んで、食べて、私達酒蔵と酒米生産者を応援していただきたい』と考えて、日本酒と酒米をセットにした福袋を用意しました。

当蔵で醸した日本酒に加え、当蔵が契約栽培している山形県産出羽燦々を食用米(精米歩合90%)としてセットにした福袋です。この企画を通じて、お客様、農家さん、酒蔵がみんなハッピーになると良いなと思っています」

農家さんと小嶋さん

契約農家のみなさんと。前列左から2人目が小嶋総本店・蔵元の小嶋さん

小嶋総本店でも、社員食堂のごはんのお米を出羽燦々に切り替えました。味わいはサラリとクセがなく、食べておいしいお米だそうです。酒米を食べる機会はなかなかないので、こんな時だからこそ、新しい体験として、お酒とともに楽しんでみるのもよさそうです。

食べる酒米

オンライン飲み会の最後に、小嶋総本店が今後考えている2つのチャレンジについての話がありました。

まず、ひとつは全量純米酒への切り替えについてです。10年前には製造する日本酒の純米酒比率が約40%でしたが、そこから少しづつ切り替えを進め、2019年には純米酒比率85%まで到達しました。今秋には、ついに純米酒比率が100%となるそうです。

「原料と素性のわかる手造りの酒を。地域性を感じられる地の酒を。酒蔵の個性に基づく自の酒を。」という小嶋総本店のコンセプトを実現に移してきた結果といえるニュースです。

仕込み風景

もうひとつは、備前焼の「かめ」を用いた酒造りです。原点回帰として昔ながらの酒造りにならい、備前焼の「かめ」を使った酒造りに取り組みます。今では造られていない、昔ながらの製法で醸すお酒になるのだとか。

甕を用いた酒造り

小嶋総本店の蔵に残る、昔の酒造りで使用されていた備前焼のかめ。

1時間という短くも濃厚な時間を過ごしたイベント参加者のみなさんの表情も満足げでした。後日行われた参加者アンケートの結果も大好評だったことを受け、7~8月にもオンラインイベントが開催されることが決まったそうです。

小島総本店のお酒

みなさんも生産者や造り手に想いを馳せながら、小嶋総本店のおいしいお酒を楽しんでみてはいかがでしょうか。いつも飲んでるお酒がよりおいしく感じる時間になるかもしれません。

(取材・文/spool)

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