福井県小浜市にある小浜酒造は、酒造業から撤退した株式会社わかさ富士から事業継承を行い、2017年に再出発を果たした新しい酒蔵です。
看板銘柄の「わかさ」は、地元産のお米と水にこだわり、蔵人たちが一丸となって造り上げています。試行錯誤しながらの酒造りも3期目を迎え、今年は念願だった純米吟醸酒の仕込みも行いました。
また、新商品の開発のためにクラウドファンディングを募ったり、日本酒と地元の名産品を組み合わせた家飲みセットを発売したりと、時代に合わせたプロジェクトを次々に打ち出し、徐々に日本酒ファンにも知られる存在になっています。
そんな小浜酒造のお酒は、飲食店ではどのように評価されているのでしょうか。地元・小浜市にある居酒屋「旬彩厨房 吉のぶ」と、東京都内屈指の日本酒専門店「animism bar 鎮守の森」にお話をうかがいました。
地元の酒を地元で飲み支える
小浜駅前から伸びる「はまかぜ商店街」の入口付近に店を構える「旬彩厨房 吉のぶ」は、地元の常連はもちろん、県外からの観光客も多く訪れる居酒屋です。
若狭湾で獲れた新鮮な魚介や旬の野菜をメインに、郷土の保存食「へしこ」を使ったピザやバーニャカウダなどの創作料理も人気です。
2007年に先代から店を譲り受けて以来、カウンターで腕をふるうのは店主の上山明良さん。地元密着のお店として地酒にはこだわりたいと、小浜酒造の前身・わかさ富士の時代から常に「わかさ」をラインナップに取り入れてきました。
「『わかさ富士』がなくなると聞いた時はどうしようかと思ったものです。県外から来る人も福井のお酒を楽しみにしている人は多いですし、なにより小浜で唯一の酒蔵でしたから。小浜酒造さんが酒造りを引き継いでくれて本当に良かった」
そう話す上山さんですが、小浜酒造として再出発した際、足を運んだ試飲会で味わいの変化に驚いたそうです。
「以前のわかさ富士はドンと重たいお酒。それが軽くてスッと飲めるお酒になっていて、良い変化だと感じました。小浜の人にしてみれば、慣れ親しんだイメージから昔のほうがおいしかったと言う人もいるかもしれませんが、きっと10年、20年経つうちに浸透していくことでしょう」
実際「わかさ」を勧めると、お客さんの反応は上々。「地酒にはその地域の食材が一番合う」という信念のもと、小浜で水揚げされた魚のお刺身などと合わせてもらうように案内しています。
豊富な日本酒のラインナップから3種類を選んで提供する飲み比べセットには、必ず「わかさ」を入れています。それも、より多くの人に小浜酒造のことを知ってもらいたいという思いから。
出されたお酒を前に、お客さん同士が感想を語り合っているのを眺めるのが、上山さんの楽しみのひとつです。
「吉のぶ」では、小浜酒造が造る、小浜市内の各地域に縁のあるお酒も取り揃えています。たとえば、「百伝ふ(ももつたう)」は、小浜市一番町に沸く日本名水百選にも選ばれた雲城水で仕込んだお酒。「岳颪(やまおろし)」には、小浜市今富地区で収穫された酒造好適米の五百万石を使っています。
なかには、地域の有志がお金を出しあって小浜酒造に造ってもらった、市場には流通しない「田村のめぐみ」というレアな逸品もあります。同じ市内の米や水でもまったく違う味わいのお酒になっていて、こちらの飲み比べも人気だそうです。
もともとは、わかさ富士が地域のためにと始めた企画でしたが、小浜酒造が受け継いで、現在も引き続き販売されています。小浜市内の酒販店「ハマセ酒店」の店主・浜瀬広直さんは、地域オリジナル商品について次のように話します。
「各地区のお祭りで奉納されるお神酒に使われたりと、地域になくてはならないものになっています。どの酒も『これがうちの酒だ』と愛着を持っていますね。一度、わかさ富士の廃業を経験している分、どの地域の方も、『自分たちのお酒は自分たちが飲んで支える』という思いも強いのではないでしょうか」
地域の個性と思いが反映された酒だからこそ、地域が大切に育み、地産地消を後押ししているのかもしれません。
「とにかく長く続いてほしい。そして、小浜酒造の酒をきっかけにこの街を訪れる人が増えてくれたら」と、小浜酒造へ期待を語る上山さん。再出発からようやく3年。小浜市唯一の酒蔵は、地元の人々の温かな手によって支えられています。
ペアリングで合わせたいのは「おふくろの味」
一方、東京都内には、まだ流通量の多くない小浜酒造のお酒にいち早く目をつけ、ラインナップに加えたお店がありました。日本酒ファンの間で"聖地"として知られている「animism bar 鎮守の森」です。
このお店は、店主の竹口敏樹さんによる芸術的な日本酒と食事のペアリングが楽しめる日本酒専門店。コース料理6品それぞれに竹口さんが選んだ日本酒を合わせるスタイルが基本ですが、そのセレクトこそが「animism bar 鎮守の森」の真骨頂です。
「現在、お店と倉庫でストックしている日本酒は約4,800本。旬の食材を使った月替わりのコースに合わせ、お酒も相性や味の変化を見極めながら毎回変えています。
その日の天候や湿度、気圧の具合で人の味覚は変化するので、お客さん同士の会話やグラスの持ち方、食事の進み具合などを見て、そのときに出すお酒を決めています」
圧倒的なライブ感を大事にする理由は、「お酒を仕入れて出すだけだったら、お金をもらう理由がない」という竹口さんの哲学によるもの。飲食店だからこそできる体験をしてもらいたいと、常に店内のお客さんの一挙手一投足に気を配っているといいます。
そんな竹口さんと小浜酒造との出会いは、酒蔵から「わかさ」と「華の郷」がサンプルとして送られてきたことがきっかけ。口にした竹口さんは、「完成形までもう一歩だが、気になる深みがある」と感じたのだそう。
寝かせることでより深みが出るのではと、まずは−4℃の冷蔵庫で2ヶ月、その後13℃で1日置くなど、長年の経験と感覚を頼りに、定期的に場所を移動し味わいが花開くのを待ちました。その間、なんと2年間。
満を持してお客さんに提供すると予想を超える反応の良さで、自身の勘は間違っていなかったと確信したといいます。
「『わかさ』は、お米や穀物の旨味が好きな人や燗酒が好きな人に出すと特に喜ばれますね。ちょうど冷酒でお米の旨味が味わえるものがあったらいいなと思っていたところだったので、ぴったりでした。
実は、とある有名人がとても気に入って、うちで飲んだあと、蔵に注文までしてくれたそうなんです。そんな風にお店をきっかけとして、新しい日本酒と出会ってくれる人がいると本当にうれしいですね」
「わかさ」のペアリングで提案したいのは、いわゆる"おふくろの味"。旨味がしっかりした小浜酒造のお酒は、日本料理に合わせやすいのはもちろんですが、中でも醤油や味噌で味付けした料理に特に合い、食事も進む相乗効果があるとのこと。また、ワインビネガーやオリーブオイルを使うイタリア料理と合わせても、また新しい表情を見せてくれると教えてくれました。
「今の味わいの方向性は間違っていないので、これから少しずつ洗練していってほしい。流行りを追わず、これまで通りしっかりした造りを続けていけば、おそらく海外でも人気が出るでしょうね」
今後の小浜酒造への期待を語ってくれた竹口さん。日本酒を知り尽くしたスペシャリストは、独自の視点で小浜酒造の魅力を引き出し、伝えることを楽しんでいるかのようでした。
店で飲むからこそわかる、酒が持つ豊かな表情
飲み手にとって、飲食店は常に新しいお酒との出会いの場です。「吉のぶ」のように季節の食材を使った料理と、その土地ならではの地酒を楽しむのは旅の醍醐味。さらに、「animism bar 鎮守の森」が繰り広げる一期一会のショーのようなペアリングは、ほかでは決して味わえません。
どちらも家飲みとは異なる体験だからこそ、日本酒の魅力が何倍にも増幅し、飲み手の記憶にも深く刻まれます。
今回、小浜酒造を提供する2つの店への取材で見えてきたのは、そんな「体験」を提供する側として、酒蔵と日本酒の良き代弁者になろうとする姿勢でした。
小浜酒造の日本酒を最前線で送り出すふたりの熱い思いは、これからも多くの人に小浜酒造との出会いをもたらしてくれることでしょう。
(取材・文/渡部あきこ)
sponsored by 株式会社小浜酒造