酒どころ・新潟県を代表する銘酒「越乃寒梅」。

その醸造元である石本酒造は、伝統的な酒造りを続けながらも、2016年に「灑(さい)」、2022年に「浹(amane)」、2023年に「澵(しん)」といった新しい商品を発表し、現代の新たな定番酒を目指した展開を進めています。

石本酒造の日本酒

そんな「越乃寒梅」のラインナップに加わったのが、2024年11月に発売された「一輪一滴 大吟醸」です。

石本酒造が酒造りのテーマとして掲げる「一滴に、一輪の美意識」を表現したこの一本は、厳選された最高の原料と酒蔵として培ってきた技術を注いで造り上げる、年に1度のみ出荷される特別な大吟醸酒です。

「超特撰」や「金無垢」など、大吟醸クラスの高級商品がそろう石本酒造が、なぜさらなる高みを目指すのでしょうか。代表取締役の石本龍則さんと杜氏の竹内伸一さんに、「一輪一滴 大吟醸」に込めた思いをうかがいました。

石本酒造の哲学を表現する「一輪一滴」

石本酒造は、1907年に新潟市の亀田郷(現在の江南区)で創業しました。信濃川、阿賀野川、そしてその2つを結ぶ小阿賀野川がもたらす豊かな水資源と、冬季の厳しい寒さという酒造りに恵まれた環境を生かして、大量生産はせずに品質重視の酒造りに取り組んできました。

代表銘柄の「越乃寒梅」は、亀田郷が江戸時代から続く梅の産地であることに由来し、「冬の厳しい寒さに耐え、凛とした美しさを放つ梅の花のようなお酒でありたい」という思いから名付けられました。

1970年代の地酒ブーム以降は、後に新潟県の日本酒の代名詞として広まる「淡麗辛口」を象徴する味わいが全国にファンを生み、“幻の酒”と呼ばれるほどの品薄になったこともあります。それでも、初代から受け継ぐ「地元の亀田郷の人々に喜んでもらえるお酒を造る」という信念を変えることなく、ていねいな酒造りを続けています。

地元の定番酒である「別撰」や「白ラベル」、ハレの日にふさわしい大吟醸クラスの「金無垢」や「超特撰」、そして約45年ぶりの通年商品として2016年に誕生した「灑(さい)」など、「越乃寒梅」のラインナップはバラエティに富んでいますが、そのなかに新たに加わったのが「一輪一滴 大吟醸」です。

実は、「一輪一滴」は過去に一度だけ商品化されたことがありました。

一輪一滴 百十周年祝酒

一輪一滴 百十周年祝酒

2017年、石本酒造が創業110周年を迎えたときに数量限定で販売された「一輪一滴 百十周年祝酒」です。

酒米の生育条件に恵まれた特A地区である兵庫県三木市志染町産の山田錦を原料に、石本酒造が培ってきた技術の粋を集めて醸造。さらに、石本社長が1本ずつシリアルナンバーを書き入れた、限定3,900本の特別な日本酒でした。

それから7年を経て、新たに発売されるのが「一輪一滴 大吟醸」です。

一輪一滴 大吟醸

一輪一滴 大吟醸

最高品質の原料を使って細部まで妥協のない仕込みをするという方針は変えずに、石本酒造の哲学を表現するために、香りや味わいの方向性を改めて検討し、まったく新しい商品として発売されます。

ラベルには、「越乃寒梅」の伝統色である辛子色を背景に高級感のあるデザインを採用。本数を限定した抽選販売を基本とし、店舗での販売は、石本酒造の哲学をよく理解してくれる特約店のみに限定するそうです。

「一輪一滴」を支える3つの柱

新しい「一輪一滴」には、どのようなこだわりが詰まっているのでしょうか。竹内杜氏が、まず大事にしたのは「ロングライフな商品にすること」だったといいます。

「商品を購入してすぐに飲まなくても、手元に置いて開封するまでの時間も付加価値に変えていけるような、熟成も楽しめる日本酒にしたいという思いがありました」

さらにもうひとつ、石本社長からのオーダーが加わります。

「石本酒造がこれまでやってきたこと、現在の立ち位置、これからやろうとしていること。そのすべてを一本の中に表現してほしい」

石本酒造の酒造りの様子

これを実現するため、竹内杜氏は「精米歩合30%の山田錦」「伝統の吟醸造り」「醸造アルコールの添加技術」の3つを、新しい「一輪一滴」の酒造りの柱とすることにしました。

酒米の王様とも呼ばれる山田錦は、「越乃寒梅」の大吟醸クラスの商品である「超特撰」や「金無垢」でも使用している酒米で、石本酒造はその特性を知り尽くしています。30%という精米歩合は、竹内杜氏の約40年という酒造り経験を通して、現代の精米技術で最高水準といえる磨き具合を追求した結果、たどり着いた数字です。

伝統の吟醸造りについても、低温でゆっくりと発酵させてふくらみのある味わいを引き出す手法は、すべての商品に共通する石本酒造の基本であり真髄。今回はより高い精度を追求しました。火入れは1回のみとし、瓶詰めした後に急冷して、1年以上熟成させてから出荷されます。熟成させることで、山田錦に特有の豊かな味わいを表現しています。

そして、醸造アルコールの添加技術は、石本酒造を代々支えてきた野積杜氏(越後杜氏の流派のひとつ)が得意としてきたもので、竹内杜氏をはじめ、現在の蔵人たちにも連綿と受け継がれています。日本酒ファンの間でたびたび議論になる“アル添”ですが、竹内杜氏は造り手の目線で次のように語ります。

石本酒造の杜氏 竹内伸一さん

石本酒造の杜氏 竹内伸一さん

「“アル添”は、香りや味わいを調整するだけでなく、通常なら酒粕に吸着されてしまう上品な香りを日本酒に残すことができる素晴らしい技術です。しかし、良くも悪くもお酒の印象を変えてしまうので、完成形が想像できていないと決して上手くいきません。石本酒造は、そんな“アル添”の意義を深く理解し、上手に駆使しながら日本酒を造ってきた酒蔵です。今回の『一輪一滴 大吟醸』においても、その技術を惜しみなく使いたいという思いがありました」

また、酒造りには、蔵人同士のチームプレーが不可欠。勘だけに頼らない酒造りを模索してきた竹内杜氏は、工程ごとのポイントや理想の味わいを言語化して蔵人に伝えることを心がけています。

「そのお酒がどのようなコンセプトで生まれたのか。お客様が飲んだときにどのように感じてほしいか。それを実現するためにどのような技術や工夫を組み合わせたらいいか。酒造りにまつわるすべてについて、しっかりと意思疎通を図りながら作業を進めてまいりました」

石本酒造の酒造りの様子

こうして完成した「一輪一滴 大吟醸」の仕上がりは、どんなものなのでしょうか。

「納得のいくお酒ができたという自信がありますし、時間の流れとともに熟成していく味わいの変化もイメージどおりです。しかし、酒造りにゴールはありません。日本酒の味わいが多様化していくなかで、お客様が石本酒造に期待していることを、しっかりと見極めていかなければなりません。『これこそが石本酒造のお酒だ』と感動していただける酒造りを、これからも追求していきます」

入社して37年。製造一筋で腕を磨き、石本酒造の酒造りを熟知する竹内杜氏にとって、「一輪一滴 大吟醸」は、現時点の集大成であり、新たな挑戦でもありました。

「大切なものは見えるものとは限らない」

石本酒造の最高品質に挑戦した「一輪一滴 大吟醸」に、石本社長はどんな思いを込めたのでしょうか。

「『百十周年祝酒』を発売したときに一番うれしかった感想は、『どう伝えていいかわからないけど、とにかくおいしかった』という言葉でした。

私が追い求めているのは、良い意味で“特徴のないお酒”なんです。中途半端に特徴があると全体の味わいが見えにくくなると思っているので、具体的な味わいや香りではなく、シンプルに『おいしかった』という感想が何よりの褒め言葉なんです」

石本酒造の代表取締役 石本龍則さん

石本酒造の代表取締役 石本龍則さん

その上で、新たな商品として「一輪一滴 大吟醸」を発売する背景には、「石本酒造が頑なに守ってきた品質本位主義を、あらためて世の中に伝えたいという思いがある」と、石本社長は続けます。

「これまでも『超特撰』や『金無垢』という最高品質を追求した日本酒を造ってきましたが、『一輪一滴 大吟醸』では、さらにその上を目指してみたいという思いで、酒造りの精度を研ぎ澄ませています。この難易度の高い酒造りが蔵人の技術研鑽の場として機能してくれたら、他のラインナップにも当然反映されていきますし、それが石本酒造の未来を創ることになるのではと考えました」

石本酒造の酒造りの様子

その一方で、四合瓶で3万円を超える価格設定には、「当初は戸惑いもありました」とこぼす石本社長。それでも決断した理由は、「新しい挑戦を通して、石本酒造としてさらに成長したいから」と話します。

「価格という制約を設けてしまうと、本当にやりたい酒造りができなくなってしまう懸念があります。それを乗り越えて、のびのびと造ってもらいたい。その結果、お客様に喜んでいただければ、それだけの価値のあるものを造れたという自信と誇りが生まれてくると期待しています。」

それゆえに、「一輪一滴 大吟醸」を飲んでほしいシーンにも、「絵画を鑑賞しながら、音楽を聴きながら、友人や家族との団欒の時間にリラックスして飲んでもらうことで、心をより豊かにしてもらえたら」と、石本社長のこだわりがあります。

一輪一滴 大吟醸

「かつて、2代目と交友関係のあった応用微生物学の世界的権威・坂口謹一郎博士は、『越乃寒梅』を『紅紫青黄の絢爛たる味が渾然一体となっている』と評されました。『紅紫青黄』とは、虹の色を表し、香りや味わいの調和を称賛していただいたのです。『一輪一滴 大吟醸』も同じように、非常にバランスの良いお酒です。品格のある香りと、研ぎ澄まされたきれいで柔らかい米の旨味が感じられ、全体的に優しくふくよかな風味を感じていただけるのではないでしょうか」

「一輪一滴」のラベルには、雪の結晶「六花」を象ったロゴが配置されています。少し見えにくいとも感じるデザインですが、これは「大切なものは見えるものとは限らない」という石本社長の思いを表現したもの。豊かな心で五感を研ぎ澄ませ、そのなかで感じるものに意味があるという考え方は、前述した“特徴のないお酒”に通じるものがあります。

真の技術集団であるために

年に1度のみ、さらに900本のみという限定出荷の商品として新たに発売される「一輪一滴 大吟醸」。

毎年、商品名には「2021BY」といった醸造年度(Brewery Year)が付けられるそうで、この「一輪一滴」はシリーズとして継続的に造られていきます。しかし、来年発売される「一輪一滴」は、今年発売されるものと同じとは限りません。石本社長は、「一輪一滴」の立ち位置を次のように話します。

「今回は大吟醸酒でしたが、次は純米酒かもしれないし、もっと違うアプローチをしているかもしれません。しかし、その時々に考えられる最高の原料と最高の技術を用いて、最高品質の酒造りをするという品質本位の考えは変わりません。『一輪一滴』は、石本酒造が真の技術集団であることを証明する日本酒なんです」

過去から現在に渡って確固たる評価を得ながらも、さらなる挑戦をやめない石本酒造。「一輪一滴」は、そんな石本酒造の酒造りを体現する哲学そのものでした。

(取材・文:渡部あきこ/編集:SAKETIMES)

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