『QUALITY・CREATIVITY・HUMANITY』を基本理念に、高い技術力で消費者ニーズに寄り添った商品を提供し続けてきた「月桂冠」。SAKETIMESでは今回、2017年に創業380年、会社設立90周年の節目を迎えた月桂冠の14代当主であり、代表取締役社長を務める大倉治彦氏にお話をうかがっています。
前編では「月桂冠をさらに100年続けるために先代から受け継いだもの」というテーマを中心に、環境が目まぐるしく変化している日本酒業界で確固たる地位を築いてきた、月桂冠の理念に触れました。
後編では、今後の月桂冠や日本酒業界に対する展望、さらには「米国月桂冠」を中心とした海外展開についてお伝えしていきます。
大倉氏が描く、日本酒市場の未来予想図とは?
大倉氏は、月桂冠が紡いできた380年の伝統を守りながら、日本全国の酒造組合からなる「日本酒造組合中央会」で副会長を務めています。その経験から、業界全体を俯瞰して、国内外問わずに酒造メーカーが成長していくためには何をすべきか、その考えをうかがいました。
大倉氏がひとつの方策として挙げたのは、国策としても注力されている観光産業。多くの海外観光客を呼び込んでいくために、酒蔵を観光施設のひとつとして再設計するのです。
月桂冠では、古い酒蔵などの関連施設が、産業の近代化や技術発展の歩みを物語る「近代化産業遺産」として経済産業省に認定されました。周辺の町並みと併せて、京都・伏見の酒造りを伝える観光業でも収益を上げ、地域の活性化にも寄与しています。
なかでも「月桂冠大倉記念館」は1987(昭和62)年に一般公開され、 2015年3月に来場者数250万人を突破。2016年は海外観光客の比率が全体の27%という高い数字を記録しました。欧州や米国、アジアのそれぞれから来客があるのだとか。
そして、もうひとつの方策は付加価値戦略へのシフト。
現在、中小規模の酒蔵における差別化戦略では、大きく分けて2つの方法が取られているように感じます。ひとつは、原料や造りにこだわり、精米歩合や特定名称などのスペックに付加価値をつけていく"商品付加価値"路線。もうひとつは、キャラクター性に優れた蔵元や蔵人が率先してイベントに出向き、さらにはSNSでの情報発信やコミュニケーションも積極的に行うことで"個人に付加価値をつけていく"路線です。
また、大倉氏は「(月桂冠のように)全国で幅広く売ろうと思わずに、その裏をかいていくことも方策のひとつになるだろう」と話してくれました。
「我々は全国的なマーケティングを行なっていますが、小規模な酒蔵では難しい面もあるでしょう。それゆえに、たとえば東京ではとても有名だけれど、大阪では誰も知らないという酒が生まれるのです。裏をかいて、東京で売らずに大阪だけで売る酒があってもいいですね。つまり、量を求めずに付加価値を大切にしていくことが重要。日本国内に限定すれば、安売り路線ばかりにならない商売ができるかどうか。少子高齢化の影響で、今後は日本酒だけでなくすべてのものが、あまり増えていかなくなる状況ですから」
少子高齢化が進む現代において、生産量を極端に増やしたり、業界内での順位にこだわったりすることには、ほとんど意味がないと考えているそうです。
月桂冠も、純米大吟醸「超特撰 鳳麟」などの特定名称酒には、これまでも力を注いできました。大倉氏は「ゆっくりと状況を見ながら、さらに付加価値路線への舵を切っていくことになるだろう」と話します。
月桂冠の新たな船出に期待が高まりますね。きっと、日本国内のみならず、まだ見ぬ海外の水平線も見据えているのでしょう。
決して平坦ではない、現地醸造への道のり
日本酒の国内出荷量が年々減り続けているのに対し、特定名称酒の種類別出荷量については吟醸酒や純米酒が特に平成23年頃から伸長。その影響は海外での消費にも表れているようで、大倉氏も「アメリカやヨーロッパでは、特定名称酒のような高付加価値の商品が売れる流れになってきている」と説明してくれました。
また、フランスやイタリアの料理を提供するレストランで、ワインリストの末尾に日本酒が並んでいる様子も目にしたことがあるそう。数量がわずかでも、地道に広げていこうとする積み重ねが、今後の売り上げにつながっていくと考えているそうです。
月桂冠では、そんな海外需要の伸張に先駆け、1989(平成元)年アメリカ・カリフォルニア州フォルサムに「米国月桂冠株式会社」を設け、現地醸造に乗り出しました。現在では年間3万石超を生産しています。
しかし、その道のりは決して簡単なものではありませんでした。
かつてアメリカでは、日本のメーカー5社ほどが現地生産に乗り出していましたが、販売戦略などの折り合いがつかず数社が撤退。現在、大手では月桂冠を含め3社が生産を続け、市場規模におおよそ見合った生産高になっているのだそう。米国月桂冠がここまで成長した要因はどこにあるのでしょうか。
「アメリカで日本食が広まったのと同時に日本酒ブームが起こったんです。そこで飛躍的に売上を伸ばすことができたのが要因のひとつだと思いますね。設立当初は、日本からの輸出量が5000石を超えたあたりで現地醸造にかじを切りまして、1万石ほどになれば採算が取れるだろうと考えていました。今では、その目標をはるかに超えています」
さらに、成功の要因は"流通"との付き合い方にもありました。
「もうひとつ要因があるとすれば、すでに1970年代から現地の商社を通じて販売していたことかもしれません。おかげで、日本食レストランなど飲食店や日本人向けの食料品店だけでなく、スーパーマーケットなど、現地に根付いた店舗を中心に商流をつくることができました。それが、価格競争に巻き込まれることなく経営が成功している理由でしょう」
大倉氏は、米国での経営が軌道に乗った今でも、年に一度ほどの訪米を続け、自らマーケットの動向を注視しています。
実は"居飛車党"! 趣味に打ち込む一面も
インタビューの終盤、普段の暮らしや趣味についても伺ってみました。月桂冠の基本理念のひとつは『HUMANITY(=社員の一生を大切にする)』。仕事はもちろん、余暇や日常の過ごし方も、個性を培う上で大切なことだと捉えているのではないかと思ったからです。
「お酒は呑みますか?」と聞くと、「酒は強い方で、ほぼ毎日飲みますね。外での会合がないときも家で飲むので、結局休肝日がつくれないんですよ。ビールメーカーに勤めている方の中には、自社の製品しか飲まないという人も多いと聞きますが、私は月桂冠だけでなく、他社のお酒も別け隔てなく飲んでいます」と、いくらか表情をゆるめて話してくれました。
そして、実は大のスポーツ好きという大倉氏。特にサッカー観戦に熱中しており、地元プロサッカークラブ「京都サンガF.C.」の後援会副会長も務めています。小学生からサッカーをはじめ、高校や大学でもサッカー部に所属していました。現在も、フットサルで汗を流す日もあるのだとか。
さらに、知人に誘われて始めたという将棋も趣味のひとつ。"居飛車党"で、将棋の会などで指すこともあるのだそう。インターネットでの将棋も嗜んでいるそうで、今でも時々、対戦に精を出しています。「みんなハンドルネームで指しているので、相手が誰かはわからないですよ」と言うものの、ともすると、ネット将棋で相対した居飛車党が大倉社長......ということもあるかもしれませんね。
記事前編で「月桂冠を100年続けるための経営をする」と語ってくれた大倉氏。先代から受け継いだのは、ビジネスの作法や流儀だけでなく、"生き方そのもの"だと話してくれました。
基本理念の『HUMANITY』には『社員の知識、能力の向上に努め、一人ひとりがその個性に合わせて充実した人生を送ることを助ける』という言葉が添えられています。
その飾らない日常の様子からは、忙しいときでも余暇を楽しみ、人間関係を大切にする一面も垣間見えました。経営者として月桂冠を導く姿だけではなく、"大倉治彦"というひとりの人間に対して親しみを感じさせてくれます。
子ども世代、孫世代に続く、日本酒の未来を見つめて
SAKETIMES代表の生駒は、大倉氏へのインタビューを通じて、次のように感じたようです。
「380年という長い歴史を経験してきたからこそ、眼前の事象に囚われず、大きな流れの中で日本酒の価値を追求していく。月桂冠のもつ大局観は、そのまま大倉氏の視座の高さに顕れているのだなと、ゆったりと大らかに話をされる様子から感じ取りました。1、2年先もそうですが、次の100年を月桂冠がどう描くのか、楽しみです」(生駒)
月桂冠が見据えるのは、5年や10年という単位の未来ではありません。大倉氏が見つめるのは、自分自身だけでなく、その子どもや孫の代まで続く、100年単位の経営。
『QUALITY・CREATIVITY・HUMANITY』の基本理念を胸に、この先100年続いていく月桂冠の、そして日本酒そのものの未来の可能性を、これからも模索し続けていくことでしょう。
【前編はこちら】
(聞き手/生駒龍史、文/長谷川賢人)
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