広島県の賀茂鶴酒造が、幻の酒米と称される「広島錦」の栽培を復活させることに成功しました。その「広島錦」を原料米に、同蔵から分離された伝統ある酵母を使って、オール広島産の日本酒「広島錦」を10月から売り出しています。
賀茂鶴酒造は、2018年で法人設立100周年。今回の「広島錦」を使用した新商品の開発は、その記念事業の一環として進められてきたそうです。
10月中旬に、日本酒に関する講座やイベントを企画・開催する「横浜 桜酒亭」と、雑誌「WINE-WHAT!?」を発行している株式会社LUFTメディアコミュニケーションの共催で、新商品のお披露目会が行われました。今回のお酒を造った、杜氏・椋田茂さんに話をうかがいます。
真の地酒を実現させるために。幻の酒米「広島錦」の復活
「広島錦」は、昭和初期に最高峰の酒造好適米を目指して誕生しました。広島を代表する酒造好適米として期待されましたが、穂の背丈が非常に高いため倒伏しやすく、さらに籾が落ちやすいなどの点で栽培が難しく、徐々に廃れ、幻の米となってしまいます。
そんななか、賀茂鶴酒造は「醸造適性に優れている上、広島の名前がついた米。広島の酒蔵がこれを使えば真の地酒を造れるのではないか。ぜひ復活させたい」と、6年前から地元の農家とともに、復活に向けて着々と体制を整えてきたのだとか。
「八反草など、背の高い酒米の栽培で実績がある農家さんにご協力いただきながら、少しずつ栽培面積を増やしてきました。ようやく2016年の収穫で商品化できるだけの量を確保でき、デビューに至ったんです」と椋田杜氏。
戦前に頒布が中止された酵母を、3年かけて選抜
今回の記念事業における目標は、酒米だけでなく酵母も地元産にすることでした。そこで選んだ酵母が、協会5号です。
協会酵母は、明治末期に「優良な清酒酵母を探して純粋培養し、それらを希望する酒蔵に提供することで日本酒の安定醸造を図る」という目的で誕生しました。国立醸造試験所が全国各地の銘醸蔵から醪を集め、清酒酵母を分離・培養したのです。その5番目に分離した「協会5号」こそ、賀茂鶴酒造の醪から分離されたものでした。
1号から5号の酵母は、秋田・新政酒造から分離された6号酵母や長野・宮坂醸造の7号酵母が登場したことで優位性を失い、戦前に頒布が中止されましたが、今回は5号酵母の原株(複数)を入手。3年間、繰り返し醸造試験を行い、特定名称酒を醸すのに適した酵母を選抜しました。
今回は38%精米の純米大吟醸酒と、69%精米の純米酒に挑戦。当時の様子について、椋田杜氏は次のように話しています。
「協会5号酵母は発酵力が弱いんです。純米酒でなんとか上手くいっても、純米大吟醸酒はさらに低温で醸さなければならないので、5号酵母だけでは不安がありました。そこで、39%精米のほうは協会5号だけでなく、協会1801号を使った仕込みを立て、それぞれ搾ったお酒をブレンドして商品化しました。狙い通りの美しい酒ができたと思っています。しかし蔵元からは、いずれは協会5号単独で造るように宿題を出されました。
純米酒については、僕が酸味のあるお酒を好まないので、酸度は相当低いです。またアミノ酸度も抑え、宴会で楽しく語らっているうちにどんどん盃が進むような酒質に仕上げています。熱燗にしても美味しいんですよ」
実際に飲んでみると、純米大吟醸酒は透明感のある伸びやかな旨味・甘味を可憐な含み香が彩る美酒でした。純米酒は常温でも飲みやすいですが、温めたほうが味わいの輪郭がはっきりとし好印象。
お披露目会の参加者たちも、広島特産のおつまみとお酒のペアリングを楽しんでいました。
純米大吟醸酒は四合瓶(720ml)で5,400円(税込)です。純米酒は醸造量の関係で一般販売はせず、料飲店でのみの販売に限定するのだそう。
みずからの蔵で使う米をすべて地元産にしようとする動きは全国各地で急速に広がっています。この「広島錦」も賀茂鶴酒造を支える商品のひとつになってほしいですね。
(取材・文/空太郎)