東京都の酒蔵が八王子産の米と「江戸酵母(サッカロマイセス・エド)」を使って醸した、"東京の日本酒"が誕生しました。
「屋守(おくのかみ)」の醸造元として知られる豊島屋酒造株式会社(東京都東村山市)と、その販売に関わる親会社・株式会社豊島屋本店が開発した「金婚 純米吟醸 江戸酒王子(えどさけおうじ)」。2020年に開催される東京オリンピック・パラリンピックに向けて純粋な東京産の酒を造ろうと、試行錯誤して生まれました。
そのいきさつについて、豊島屋本店社長の吉村俊之さんと豊島屋酒造営業部長の田中孝治さんに話をうかがいました。
"東京"にこだわった原料
豊島屋本店社長・吉村俊之さん
近年、"地元で獲れた米を使って造られた酒こそ真の地酒だ"と、地元産の米を意識した動きが各地で活発になってきました。
こうした流れのなかで、東京には酒米をつくっている農家がほとんどいないため、都内の酒蔵は厳しい立場にあります。2020年の東京オリンピック・パラリンピック開催が決まり、東京に対する注目度が高まっていくことは必至。そこで吉村社長は「なんとかして東京産の酒米を入手できないか」と考え、あれこれ手を尽くしてきました。
そして昨年の夏、取引先の問屋を経由して、八王子市の農家から酒造りに使える「キヌヒカリ」という米を手に入れられることに。キヌヒカリは酒造好適米ではなく食用米ですが、関西の酒蔵を中心に酒米としても利用されることもある、魅力的な米です。
豊島屋酒造営業部長・田中孝治さん
さらに「東京産の酒米は確保することができた。酵母も東京と縁のあるものにできないだろうか」と、考えたのは田中部長。
情報を集めていると、明治時代に醸造試験所(現在の酒類総合研究所)の中沢亮治氏によって分離された酵母が「江戸酵母(サッカロマイセス・エド)」として登録されていること、そしてその酵母が独立行政法人製品評価技術基盤機構バイオテクノロジーセンター(NBRC)に保管されていることを知ります。
さっそく連絡を取ってみると、必要であれば譲ってくれることがわかり、東京都食品技術センターに培養を依頼。しかし、過去10年以上ものあいだ使われた実績がないため、どのような酒になるのか見当もつきませんでした。
ひとまずやってみるしかないということで、一昨年に試しに使ってみたところ、ライトで甘酸っぱい酒に仕上がったのだとか。
「タイプで言うと、吟醸向けの酵母でしょう。追い水をしながら低温でゆっくりと発酵させれば、美味い酒になると思いました」と、田中部長は話しています。
来年は今年と違った味になるかも?それもまた楽しみのひとつ
今回製造したのは、精米歩合60%の純米吟醸酒。麹造りは順調で、仕込みまでの工程はスムーズに進みましたが、仕込みの途中で醪に異変が起きてしまいました。なんと、酵母が活動をぴたりと止めてしまったのだそう。
アルコール度数は一般的な日本酒と同じように15~16度くらいのつもりでしたが、最終的には13度台。甘味や酸味も前年よりはるかに高く、日本酒度マイナス24、酸度5.1の甘酸っぱい酒に仕上がりました。
造り手にとっては不本意だったようですが、いろいろな人に試飲してもらったところ、前向きな意見もあったようです。特に若い人たちの間で評価が高かったことや、一流のソムリエから「洋食にも合う魅力的な味」と太鼓判を押されたこともあり、発売に踏み切りました。甘口のドイツワインのような味わいで、外国の人にも受け入れられやすい酒質だと筆者も思います。
銘柄名は、八王子市で獲れた米のみで、さらに江戸酵母を使って醸したことをそのまま表現するため「江戸酒王子」に。
6月上旬から販売されており、価格(税別)は一升瓶で3,800円、四合瓶で1,900円。千代田区の豊島屋本店や小売店舗、オンラインショップ、東村山市の豊島屋酒造でのみ買うことができます。
キヌヒカリは今シーズンも引き続きつくってもらっているそうで、「江戸酒王子」は来冬も造る計画とのこと。
「江戸酵母の特性をまだ完全に把握できていないので、次回は今年と違った味になるかもしれません。それもワインでいうビンテージのように楽しんでもらえれば」と、田中部長。
吉村社長は「農家さんとの連携を深めて、米の量を少しずつ増やしていきたい。東京オリンピック・パラリンピックのときには、東京の地酒として強くアピールができるようにがんばります」と、話していました。
2020年、東京の地酒で乾杯できるのを楽しみにしましょう。
(取材・文/空太郎)