新潟駅から徒歩15分、まさに新潟の"玄関口"に蔵を構える今代司酒造。前回の記事では、新潟・沼垂(ぬったり)という地域の歴史を汲む、酒蔵としての根幹を掘り下げてご紹介しました。
「今代司」という名前は、元来「今の時代を司る」という意味。伝統を重んじつつ、現代のライフスタイルにあった日本酒の楽しみ方を創造するチャレンジに力を入れています。
今代司酒造の魅力を追う特別連載4記事目は、今代司酒造の当代・田中洋介社長に、伝統と新しさをむすびながら日本酒の可能性を広げていく、独自の取り組みについてお話を伺いました。
「湊町の酒蔵」だからこそ、できること
今代司酒造の取り組みには、地域との連携や他業界とのコラボレーションなど、外との繋がり活かした試みが多く見られます。その背景には、「日本酒のマーケットを広げていきたい」という考えがありました。
「今代司酒造では、ユニークな商品展開やコラボレーションを通して、マーケットを広げていきたいと考えています。原料にこだわったり、限定生産で希少価値を高めたりすることももちろん素晴らしいと思うのですが、酒蔵同士が同じ土俵に立ってパイを奪い合っても、結局どこかが潰れてしまうだけです。僕も日本酒ファンのひとりですから、少しでもマーケットを広げて、業界全体が繁栄していくといいなと思っているんです」
競合を蹴落として"一人勝ち"するのではなく、"みんなで発展していこう"と考える今代司酒造。そこには、かつて危機に瀕したことのあるという蔵の歩みが関係しているようです。
「うちの酒造は過去に二度も経営難に陥っています。僕が前職に就いていた8年ほど前に初めて今代司酒造のことを知った時も経営は厳しい状況でしたね。そんな中でも、みなさんのお力添えがあって這い上がってこれたという経緯がありますから、日本酒の市場そのものを拡大することで恩返ししていきたいんです。そのために、ユニークな会社であり続けるというのが、私たちがすべき約束なのだと思います」
さらに、今代司酒造が蔵を構えるエリアの地域性も、経営の方向性を決める重要な要素だったと言います。
「その昔、新潟は湊町として発展してきました。いろんな人やモノが入ってきてミックスされ、新しいものが生まれるのが湊町の文化だと思うのですが、今代司も『湊町にある酒蔵』として、様々な人やモノに影響を受けながら新たなものを生み出していきたいという意識が強くあります」
自社商品の開発にとどまらず、業界内外の企業・団体を巻き込んだプロジェクトに力を入れる今代司酒造。その縦横無尽な動き方には、これまで酒蔵を支えてきてくれた周囲への感謝と「湊町にある酒蔵」としての挟持があったのですね。
では、具体的にどのような取り組みをしているのでしょう?代表的なプロジェクトと、そこにかける思いを田中社長に伺いました。
他業種コラボの礎を築いた「おむすびプロジェクト」
まずは「新潟清酒おむすびプロジェクト」をなくして、今代司のチャレンジのことは語れません。
2014年から始まった「新潟清酒『おむすび』プロジェクト」は、新潟市内の農家・酒蔵・飲食店が手を組み、米づくりから酒の仕込み、提供までを行う企画。このお酒が飲めるのは原則としてプロジェクトに参加している飲食店や小売店のみで、新潟市を訪れなければ味わえない地産地消のお酒となっています。
田中社長は、このプロジェクトに今代司のエッセンスが凝縮されていると言います。
「新潟に遊びにきた人が、地域のものを味わって『あ、おいしい!』と感じてくれることは多いと思うんです。だからこそ、『なぜ、おいしいのか?』『どのような風土で育ったものなのか?』を伝えられたら、もっと新潟を好きになってもらえますよね。新潟県民はよく自慢下手と言われるんですが、『もっと地元自慢しようよ!』というのがこのプロジェクトの狙いです。自慢するためには、自分たちが新潟の風土に誇りを持たなければなりませんし、地域や特産物のことを知っていかなければならない。『おむすび』は、そのためのプロジェクトなんです」
地域の啓蒙活動の一環としてスタートしたおむすびプロジェクト。最大の目的は観光客と地元・新潟を"むすぶ"ことでしたが、それ以上の波及効果もあったそうです。
「地元と観光客の方だけでなく、農家同士、酒蔵同士、飲食店同士という同業者のつながりが強くなりました。酒蔵で言えば、同じく新潟市の『越後伝衛門(えちごでんえもん)』さんが参加してくれているのですが、おむすびプロジェクトを始めてから、お互いに技術を教え合ったり、プロジェクトの展開を相談し合ったりと、横の結びつきが強くなっているんです」
プロジェクトに関わる人数が多いゆえに課題もまだまだあるそうですが、おむすびプロジェクトは、今代司酒造の目指す"むすぶ"という理念がそのまま表現された取り組みだといえるでしょう。
JR東日本に、横浜DeNAベイスターズまでコラボ続々!
2016年に発売したJR東日本とのコラボレーション商品「新潟しゅぽっぽ」も、おむすびプロジェクトを知った先方からのラブコールで形になった企画です。
「こちらはJR東日本新潟支社と地元農家とが立ち上げたJR新潟ファームが栽培する酒米で新しいお酒を造り、地域の魅力を発信していこうというものです。初年度は今代司と越後鶴亀さんのふたつの蔵から始まり、今年からは吉乃川さんと君の井酒造さんも加わって4蔵体制になっています。商品は、それぞれの酒蔵がある地域の特色が表現されたパッケージになっていて、新潟の風土を発信しやすいプロジェクトになっていると感じています」
さらには、プロ野球・横浜DeNAベイスターズとコラボした女性向けのオリジナル純米吟醸生酒「しゃんぽん しらほし」や、蔦屋書店とコラボした「アートと楽しむ純米酒」など、日本酒業界以外とのコラボレーションにも積極的にトライしています。
このような"外"とのつながりや取り組みが増えている理由について、田中社長は「今代司はユニークな酒蔵というイメージが浸透していきている」と考えているようです。
「外部の企業からすると、酒蔵にはまだまだ固いイメージがあるかもしれません。ですが今代司酒造はこれまでに様々なコラボレーションの実績があるので、企画をする側も『あの酒蔵なら乗ってくれるだとう』と思ってくれているのでしょう」
今代司のこれまでの実績が"開かれた酒蔵イメージ"を確立し、さらなるユニークな取り組みへとつながっているのですね。
今と古をむすぶ「木桶」への挑戦
様々な企業・団体とのコラボレーションを通じて日本酒の可能性を広げ続けている今代司酒造ですが、その根底にある理念は「今と古(いにしえ)をむすぶこと」。伝統の素晴らしさを未来へとつなげていく活動にも尽力しています。
なかでも、とりわけ力を入れているのが木桶での仕込み。現代の酒造りでは、安価で利便性もあるステンレスやホーロー製のタンクを使うのが主流ですが、一部のお酒は昔ながらの木製の桶で仕込みます。
今代司酒造でも、昭和20年代まで行われていたという木桶仕込みですがその後他社と同様に廃止。しかし、それをなぜ復活することにしたのでしょう?
「かつて、酒蔵が使った木桶は味噌屋に引き継がれていったと聞いています。酒蔵がつくるのは日本酒という液体ですから、いくら丁寧に使ってもやがて漏れを止められないほどの隙間ができ、20年程度で寿命がきてしまいます。しかし、塩分の高い味噌や醤油を仕込むのであれば問題はなく、100年~200年くらいまで使えるそうです。しかも木桶には良質な微生物が繁殖するため、木桶仕込みの味噌や醤油は風味がたいへん豊かになるらしい。しかし、我々が木桶仕込みをやめてしまうことは、木桶の需要がなくなることを意味し、早ければ半世紀後にはほとんどの木桶が寿命を迎えます。そうすると、古来より引き継がれてきた木桶の製造技術や、酒、味噌・醤油の味、伝統的で素敵なサイクルが途絶えてしまいます。だからこそ、木桶を使い続けることは、商品の差別化以上の意味があるんです」
木桶仕込みは、その個性ある風味で国内はもとより海外でも人気の商品となっていますが、この取り組みは、利益以上に未来に対する投資なのだと田中社長は言います。
「いい木桶をつくるためにはいい杉が取れるよう森を整備しなければならず、結果として日本の森林を守ることに繋がります。しかし、生産効率の観点から木桶を使った酒造りを行う蔵は少なくなっていますし、そもそも木桶を作ることができる会社が全国に1社しかなく、木桶作りの技術がいつ途絶えてしまうかわかりません。だから少量でも木桶を使った日本酒を造り続けることが、未来への投資であり約束なんです。今代司のある沼垂地区は、元々、日本酒、醤油、味噌などの発酵食品をつくる蔵が並ぶ醸造の町でもありました。ですから、なおのこと木桶仕込みを守っていきたい気持ちが強くあります」
木桶仕込みは温度管理が難しく、酵母を思うようにコントロールができません。そのぶん酵母はのびのびと発酵し、独特の風味と木の香りをもった柔らかい酒になります。
「僕は日本酒が大好きですが、機能の観点で言えば『酔っ払う』以外にないじゃないですか(笑)。それでもこれだけ長い間受け継がれて残っていることには理由があるはずなんです。だからわたしも、日本酒を"伝統文化の体験"としてみなさまに提供したいという想いがあります。木桶仕込みを続けることも、日本酒が提供できる伝統体験のひとつですし、それに共感してくれる消費者の方も多いのだと思います」
日本酒を"商品"としてだけではなく、伝統文化の"体験"と捉えて、未来へつなげていく。今と古をむすぶ、今代司の根幹を木桶仕込みのチャレンジからも感じることができました。
目指すのは「記録より記憶に残る酒蔵」
今代司酒造の業界を超えた"横"の取り組みと、今と古、時代をむすぶ"縦"のつながりについて、田中社長にお話を伺ってきました。
最後に「今後はどのような方向に歩みを進めていくのでしょうか?」とたずねると、「正直わかりません」と田中氏は笑って答えてくれました。
「10年後にもスマホがあるのかどうかすら読めない時代ですから、具体的にどういう取り組みを10年後にしているかはわかりません。ただやはり『今代司』の意味である『今の時代に合った酒の楽しみ方を創造する』ということを忘れず、新しい土俵をどんどん作って『お酒の世界が広がった!』とニコニコしてくれる人を増やし、やがては『今代司があって良かったね』と同業者からも言っていただけるようになれたらうれしい。売上至上主義でもないので、わかりにくい指標ですが、記録より記憶に残る酒蔵、目指すところはそこでしょうか」
「日本酒業界を盛り上げること」をゴールに据えていると語ってくれた田中氏ですが、もうひとつ盛り上げたいことがあるそうです。それが今代司酒造のある沼垂地域です。
「蔵がある沼垂地区を中長期的に盛り上げていきたいという気持ちは強いですね。一時はシャッター街になってしまっていたのですが、レトロな商店街をオシャレにリニューアルした沼垂テラス商店街が、今人気を博しています。飲食店やカフェ、陶芸家のアトリエなんかも増えてきているなかで、昔からの味噌屋や酒屋など、かつての『発酵食品の町』の文脈を継ぐお店も残っています。そういった今と古の融合が進む場所になっている点でも、今代司酒造として関わる意義があるのではないかと思うんです」
熱を込めて沼垂の魅力と可能性を語る田中社長。
洗練されたデザインやユニークな取り組みで日本酒市場を牽引する今代司酒造ですが、その根底には地域への強い想いと、「地域の人と人」、そして「今と古」を"むすぶ"という理念が一貫して流れていました。
その姿勢に共感する人びとは、「日本酒」の垣根を越えて、これからも増え続けていくでしょう。
(取材・文/佐々木ののか)
sponsored by 今代司酒造株式会社