「落花流水(らっかりゅうすい)」と名付けられた日本酒があります。
落ちた花びらは流れる水に浮かびたく、流れる水は花びらを浮かべたい。そこから転じて、男女がお互いに慕い愛し合う、相思相愛を意味する四字熟語です。
「この素敵な言葉を銘柄名にするのは、いったいどんな人なんだろう」と、醸造元である岡山県・落酒造場を訪れました。
「米を活かす、水を活かす」
落酒造場があるのは、岡山県北部の真庭市北房(ほくぼう)。ホタルの里としても知られ、蔵の近くを流れる備中川では、毎年6月ごろになると、無数のホタルが数キロにも渡って光の帯をつくります。
蔵を案内してくれたのは、5代目蔵元の落昇(おちのぼる)さんです。
大学を卒業後、関東の百貨店に就職した昇さん。2005年に蔵へ戻り、2008年から杜氏としての酒造りを始めました。酒造りに携わるのは、昇さんとそのお父さんに3人のスタッフを加えた5人のメンバー。ほぼすべての仕事を、昇さんがとりまとめています。
昇さんが蔵に戻ったのは焼酎ブームの真っ只中。まわりからは「何もこのタイミングで戻らなくても......」と言われたそうですが、大学へ行かせてもらったうえに、百貨店で勉強する機会まで与えてもらったことに感謝していた昇さんは、いつか自分の酒を造りたいと考えていました。そのためには、いま蔵へ戻らなくてはならないという思いに駆られたのだそう。
落酒造場のモットーは「米を活かす、水を活かす」
米は地元・岡山産の食用米「朝日」をメインに、同じ岡山県産の「赤磐雄町」や「アケボノ」を使っています。「朝日」は、コシヒカリやササニシキのルーツにあたる品種。現在は岡山県のみで栽培されています。大粒のため栽培が難しいようですが、さばけが良いため、酒が造りやすいといわれています。また、熟成によって、さらに旨味が出るのだそう。
仕込み水は、蔵の敷地内にある井戸水を使用。蔵のまわりにある鍾乳洞の影響を受けた、適度のミネラル分を含んだ中硬水です。そのため、酵母の繁殖が盛んになります。
「落花流水」が誕生した経緯
酒造りへのこだわりについて伺うと、次のように話してくれました。
「岡山県には良い米があります。また、蔵のある真庭市には、"日本一のホタルの里"と呼ばれるほどのきれいな水もあります。だからこそ、地元の米とミネラル分が豊富な水を活かした酒造りができないかと考えました。
落酒造場の生産能力は年間200石程度。少ない量でしか仕込めないため、限られた原料をどのように活かすかが大きな課題です。いろいろな種類の米を使うのはまだ技量的にも難しいため、品種を極力絞って、そのなかで酒造りを極めていくほうが良いと考えたんです」
そもそも「落花流水」は、どのようなきっかけで造られることになったのでしょうか。
「百貨店で働いていたときの上司が『蔵に戻って酒を造るなら、横須賀市にある酒販店の指導を受けたほうが良い』と紹介してくれました。杜氏といっしょに造った酒を持っていくと『自分で造った酒を持って来なさい。自分で造ってみないとわからない。どんなことがあっても、自分の責任で1本造ってみなさい』と言われたんです」
蔵の魅力をわかってもらえる酒を考えた末、『朝日』を使うことになりました。そうしてできたのが『落花流水』。銘柄の名前は、酒販店の会長さんが「落」の文字を入れて名付けたものだそう。酒を通して良縁が広がってほしいという願いが込められています。
燗にすることでいっそうの本領を発揮する「落花流水」は、熟成させることで深みが出て、さらに味がのっていくタイプ。常温からぬる燗、熱燗まで、温度の変化を楽しめる一品です。
取材中、「ちょっと待っていてください」と言い残し、麹の世話をしに麹室へ行ったりするなど、あわただしく動き回る落さん。「どんな酒を造りたいですか」とたずねると「自分に素直な酒が造りたい」と答えてくれました。
「私は自分の蔵のやり方しかわかりません。だから、酒造りの常識や当たり前がわからないときもあるんです。そんななかでも、地元の人に愛される酒を目指して、常に前進し続けたいと思います」
落さんの思いが込められた「落花流水」。名前のごとく、良縁を広げてくれる酒に育ってほしいですね。
(文/あらたに菜穂)