山形県米沢市の酒蔵・小嶋総本店の創業は1597年。安土桃山時代のころから、400年以上に渡って酒造りを続けてきた歴史があります。現在の主力銘柄は「東光」と特約店限定の「洌」ですが、このたび、従来の商品とは異なる第3のブランドを立ち上げました。
新しい銘柄は「日本酒が広く受け入れられるには、アルコール度数をワイン並みに低くする一方で、味わいはより複雑であるべき」と考えた同社の社長・小嶋健市郎さんと蔵人たちが編み出した新しい製法によるもの。仕込み水の代わりに日本酒を使用する、低アルコールのシリーズです。
「和らぎ水がなくても、心地良い2時間を」
小嶋社長が新しいブランドについて考え始めたのは、2年前のことでした。当時の様子を以下のように振り返っています。
「この10年、日本酒に緩やかな追い風が吹き、若い人たちの間にも日本酒を手に取る光景が増えています。また、海外に目を向けても、さまざまな国で日本酒が飲まれるようになってきました。しかし、『美味しいけれど、アルコール度数が高いからたくさんは飲めない』と、日本酒が敬遠されてしまうケースがあることを聞いたのです。
日本酒のアルコール度数は加水しない原酒では、16~18度が一般的です。同じ醸造酒のワインは11~14度が主流で、それより低い場合もあります。江戸時代には、アルコール度数がひと桁の日本酒を飲んでいた時期があると聞いていたので、度数を下げることはきっとできるはず。味のバランスを保ちながら、まずは12~13度のお酒を出していかなければならないと思ったんです」
小嶋社長は、どのようなお酒を目指したのでしょうか。
「キャッチフレーズをつけるならば、『和らぎ水がなくても、心地良い2時間を』でしょうか。ただし、搾ったお酒に加水をして度数を下げるのでは、お酒の旨味を薄めてしまい、飲み手を引き付ける力がありません。加水をしない原酒の状態で12~13度を実現しなければなりません。
全国各地の酒蔵が、次々と低アルコール原酒に挑戦していますが、追い水の量やタイミング、搾る時期などを調整しながら、その実現を模索しているようです。だからこそ、私は別のアプローチを考えてみたくなりました」
『古事記』に倣った低アルコール原酒
「アルコール度数が低く、飲み口は軽快だが、それでいて薄っぺらくないお酒を」と考えた小嶋社長の頭に浮かんだのは、『古事記』や『日本書紀』に書かれている濃厚な酒「八塩折(やしおり)の酒」でした。
これは、すでに搾ったお酒を仕込み水の代わりに使用した醸したお酒で、その工程を8回も繰り返したことから「八塩折」という言葉があてられています。一般的に「再仕込み」などとも呼ばれるこの製法は、1975年に国税庁の醸造研究所によって開発されたものが知られています。
仕込み水に日本酒を使うと、純米酒や大吟醸酒などの特定名称を名乗ることはできなくなりますが、「2000年の歴史をもつ日本酒において、特定名称は平成の時代に生まれた新しい枠組みでしかない。逆に、『古事記』には何度も仕込み直したお酒の記載がある。特定名称の枠組みを越えた新しい酒造りに挑もう」と、杜氏や蔵人を納得させ、商品開発に着手しました。
純米大吟醸酒を通常の三段(添、仲、留)で仕込み、四段目として、別に造っておいた純米大吟醸酒を投入する手法を採用しました。小嶋社長は仕込みの配合や比率などを変えながら、試験を重ねていきます。
当初はアルコール度数12度を目指していましたが、昨年は納得できる酒質にならなかったため、13度の日本酒として商品化に踏み切りました。
「従来の再仕込み酒は味わいが複雑で重厚でした。しかし、仕込み中の効果的な追い水によってアルコール度数を抑えることができ、複雑でいて軽快な味わいを実現できたと思います」と、小嶋社長は話しています。
既存の枠組みを超えて
こうして完成したのが、小嶋総本店の屋号から名付けられた「小嶋屋 無題」です。「無題」には、特定名称の範疇になく、"既存の枠組みに該当しない"という意味が込められています。
第1弾の「小嶋屋 無題 壱」は、四段仕込みの最後に純米大吟醸酒を加えて仕込んだものです。そして、第2弾の「小嶋屋 無題 弐」は、四段仕込みの最後に、さらに再仕込み酒を投入して仕込みました。今後、杉樽で貯蔵したお酒を四段仕込みの最後に使用した商品も発売予定なのだとか。
「日本酒は本来、精米歩合などの数字で価値を決める飲み物ではなかったはず。純米酒や純米大吟醸酒を名乗るために、定められた制度に縛られながら酒造りをしている現状から脱却し、最高の美味しさを目指して自由に酒造りをしていきたいと考えています。
それによって、日本酒の裾野がさらに広がり、より多くの人に日本酒を楽しんでほしい。その夢を果たすために、今後もどんどん新しいことに挑戦していこうと思います」と、小嶋社長はこれからの意気込みを強く語ってくれました。
(取材・文/空太郎)