世界的に有名なワイングラスの会社「RIEDEL(リーデル)」が、純米酒専用のワイングラスを開発し、2018年4月19日から販売し始めました。2000年に発売した「大吟醸グラス」に続く、2作目の日本酒専用グラスです。
純米グラスの制作期間は、なんと8年。一時はプロジェクトが頓挫してしまうほどの難題にぶつかりながらも、数多くの専門家たちと議論を重ねて、見事、純米酒の持ち味を最大限に引き出すグラスを完成させました。
オーストリアに本社を置くリーデルが、これほどまでに高いモチベーションで純米グラスを開発した理由はどこにあるのでしょうか。また、この純米グラスで飲む純米酒の味わいは、どんなものなのでしょうか。
リーデル・ジャパン主催の「グラステイスティングセミナー」で語られた、純米グラスの魅力を紹介します。
11代目当主が語る、日本酒の魅力
リーデル社は1765年創業。約250年にわたるリーデル家による経営のもと、ガラスを使った、優れた芸術を生み出してきました。同じワインでも、異なる形状のグラスで飲むと香りや味わいが変わるという事実に着目し、ブドウの品種に合わせた、理想的なグラスを開発しています。
リーデルがグラスを開発する際、必ず行われるのが、ワインの生産者や専門家を招いたワークショップ。どのような形状のグラスがもっとも適しているのか、ワインを深く知る専門家たちに、試作した複数のグラスを使って試飲してもらい、意見を聞きながら開発を進めていくのだそう。
現在、世界を股にかけて、このワークショップをリードしているのが、リーデル家の11代目当主 マキシミリアン・リーデル氏。マキシミリアン氏は、日本の市場と純米グラスについて、次のように語ります。
「リーデル家は以前から、日本の市場に大きな関心を寄せていました。日本の食文化に対する世界的な関心が高まった2000年ごろ、私はニューヨークで、その動きを肌で感じていたのです。そして、ヨーロッパに拠点を移した今も、日本の食文化がいたるところに息づいているのを感じています。
日本酒の人気が世界中で高まり、多くの人が日本酒に恋をしています。しかし、日本酒を理解している人はごくわずか。リーデルも、グラスの作り手として、日本酒への徹底した理解が必要でした。
純米グラスに注いだ純米酒を、目を閉じて飲んでみてください。香り、味わい、口当たり......これまでにないくらい、純米酒を深く感じられるはずです」
大吟醸グラスから生じた問題
2000年、リーデルは大吟醸酒の魅力を最大限に引き出す、専用のグラスを開発しました。ワイングラスのような、すぼまりのある卵型で、大吟醸酒のよりフルーティーな香りをさらに際立たせてくれます。
このグラスは、"磨かれた米とていねいな吟醸造りによって生み出される大吟醸酒のキャラクターを楽しむ"ために誕生しました。日本酒には多様な香り・味わいがあるため、なかには、このグラスと相性が良くないものも存在します。しかし、「大吟醸グラスは、あらゆるタイプの日本酒を楽しむことができる、"SAKEグラス"」として、誤解されてしまうこともあったのだそう。
相性の良くないグラスを選んでしまっては、そのお酒本来の魅力が飲み手に伝わるはずはありません。お酒そのものの魅力や造り手のメッセージを正しく伝えられるように、大吟醸グラスの誕生から10年を経て、純米グラスの開発に踏み切ったのです。
純米グラス誕生までの道のり
もともと、大吟醸グラスを開発する際に「この次は、日本酒本来の味わいを楽しめる純米酒専用のグラスを」という構想があったのだそう。
しかし、純米グラス作りにいざ着手すると、数ある純米酒のなかで、どの香りや味わいをターゲットにするべきか、専門家たちの間で意見がまとまりませんでした。日本酒が多様であるゆえに、ねらいを絞りきることができなかったのです。
ここでプロジェクトは中断。しかし、時間の経過とともに、世界的な飲食のトレンドが、濃厚な味わいのものから、素材を活かした淡い味付けの料理へと変わっていきました。そのなかで注目されたのが、あらゆる食事に寄り添う日本酒。食のトレンドが変化していくなかで、純米グラスは「旨味」を最大限に引き出すものという方向性が決まります。
純米グラスの完成までに、合計170人もの専門家が参加した、42回ものワークショップを経て8年。ついに、純米酒の旨味を最大限に引き出すグラスが誕生したのです。
飲み込む角度で変わる、お酒の味わい
純米グラスの特徴は、どのような点にあるのでしょうか。実際に純米酒を味わいながら、体験しました。
解説してくれたのは、リーデル・ジャパンでチーフ・グラス・エデュケイターを務める庄司大輔さん。日本人初のグラス・エデュケイターとして、ワインの奥深さやグラスの機能を、グラスを使ったテイスティングを通して、広く伝えています。
「純米グラスの特徴は、幅広い口径です。口径の形状は、お酒を飲むときの唇の形に大きく影響します。口径が幅広いため、唇の形が横に広がり、お酒がのる舌の面積も自然と広くなるのです。さらに、口がすぼまっている場合と比べて、舌がリラックスした状態となるので、きめ細やかな質感が感じられます」
実際に、口径のすぼまった大吟醸グラスと純米グラスを飲み比べてみると、舌の上に広がる旨味がまったく異なることに気付きます。
さらに特徴的なのは、純米グラスから感じられる香りの特性。米をあまり磨かずに造られたお酒の香りは、お酒に親しみのない人が敬遠する理由になってしまうこともあるのだとか。純米グラスでは、お酒の香りをあまり意識せずに味わいを楽しめるよう、絶妙な加減で香りが集まる形状にしたのだそう。
この香りのバランスを生み出しているのが、底辺の逆三角形。ワイングラスには見られないこの形状は、遠く離れた場所からも「純米グラス」を認識させ、周囲の視線を集めることも狙っています。
さらなる特徴は、お酒を飲んだときに自然と傾く顔の角度。お酒が上から入ってくるか、それとも下から吸い上げるかによって、その味わいは大きく変わるのだそう。
「お猪口で飲むと、顔の角度は下に傾きます。上顎と舌でお酒をキャッチするように飲むことで、上顎の奥にお酒の塊が流れ込んでくるように感じられます。江戸時代など、米を磨く技術があまり発達していなかった時代のお酒を飲むには、最適な形状といえるでしょう」
「対して、大吟醸グラスでは、顔の角度が上がります。お酒が舌の上をするりとすべり落ち、冷やしたお酒がその温度を保ったまま、淡い余韻を残しながら喉の奥に流れ込んでいきます」
「純米グラスで飲むと、顔が向くのは正面。舌の上にお酒がとどまることで、その味わいをしっかりと感じることができるのです」
純米酒以外も楽しめる!
この純米グラスは、米の旨味を楽しむためのもの。そのため、純米酒のみならず、生酛・山廃のお酒や熟成酒など、米の旨味を追求した、ふくよかさな味わいをもつお酒にも適しています。
マキシミリアン氏は、ステム(ワイングラスの足)が付いているグラスで日本酒を飲む意味について、「世界的に名の通ったワインは、ステムのあるワイングラスで飲まれています。日本酒が世界のさまざまなシーンで飲まれるにあたって、それらと同じ目線の高さで提供され、肩を並べる存在として認識されることが重要です」と語っていました。
世界的に有名なリーデルが注目している日本酒。新たに発売された、旨味を最大限に引き出す「純米グラス」と、華やかな香りを楽しむ「大吟醸グラス」が広まっていくことで、日本酒が世界各国の料理とともに、当たり前のように提供される日も近いのかもしれません。
(取材・文/古川理恵)