東京・神楽坂にある、会席料理と日本酒ペアリングの専門店「ふしきの」。京料理出身の料理長が作るコース料理に合わせて、店主である宮下祐輔さんが日本酒を提供します。選りすぐりの器に適正な温度で注がれたお酒は料理とともに存分に楽しめ、ミシュラン一つ星も獲得している名店です。
そんな「ふしきの」にフレンチ出身の料理人が加わり、「フレンチ料理×新・日本酒ペアリング」と呼ばれる新しい試みが始まりました。月に1度、フランス料理と日本酒のペアリングを楽しむことができるのです。
そこで提供されるのは、単に料理に合う銘柄を組み合わせるだけでなく、日本酒そのものに別の味わいや香りなどを加えて、日本酒の可能性を広げる体験。宮下さんが「四次元SAKEペアリング」と名付けた、新感覚の日本酒ペアリングをご紹介します。
新たな日本酒の世界を拓く「四次元SAKEペアリング」
「きっかけは、和食料理の経験も持つフレンチ出身の小坂さんが『ふしきの』へ来てくれたことですね。いろんなスタイルを経験していて、そこから生み出される料理は日本酒に合うのではないかと思っていました」と語る宮下さん。
そこで、通常営業が終了した後のバータイムで、フレンチと日本酒を提供することに。それが評判を呼び、今回のフレンチコースが実現したといいます。
「これまで、『酒器を変えて味わいを調整すること』『お燗にして温度を変化させること』『加水してトーンを変化させること』などで日本酒と料理を合わせてきました。その手法はもう出尽くした印象がありましたが、ほかにも方法があるかもしれないと考えていたんです」
そう語る宮下さんが「四次元SAKEペアリング」にたどり着いたのは、フランスで開催された「ジャポニスム2018」でワークショップを開催した経験や、バーテンダーでありミクソロジストの南雲さんとの対談を通して、カクテルに関する知識を得たことも関係しているようです。
「カクテルでは、日本酒はベースの酒のひとつとして考えられています。実は日本でもカクテルのような楽しみ方は古来からありました。たとえば、お正月に楽しむ、屠蘇散という漢方を漬け込んだお屠蘇(とそ)などが挙げられます」
ほかにも、江戸時代には端午の節句の菖蒲酒、重陽の菊酒など、日本には季節ごとに伝統的なお酒の楽しみ方があります。宮下さんはそれらをアレンジし、現代の楽しみ方へアップデートさせています。日本酒カクテルとは異なる、まさに四次元の日本酒体験です。
「ふしきの」流、フレンチ×日本酒のマリアージュ
それではさっそく、「四次元SAKEペアリング」を体験してみましょう。1品目は「紋甲イカとセロリ、きのこのソテー ピスタチオペースト和え」です。
イカは柔らかくも歯ごたえのある食感で、うまみを出しつつ主張しすぎない存在。セロリは爽やかな香りとシャキシャキとした食感で、ピスタチオの香ばしい風味が際立つところを、なめこのとろみで全体がまとめられています。
お酒は「悦凱陣 手造り 純米」と「悦凱陣 山廃純米酒 無ろ過生」をブレンドし、白胡椒を加えたもの。
爽やかな酸の中に芳醇な白胡椒が加わると、まるでアニスにも似たエキゾチックな香りに感じられ、不思議な感覚です。白胡椒は余韻に多少の辛みが残る程度の味わい。味覚が広がっていくような、スタートにふさわしい1杯です。
料理といっしょに口に含むと、とたんに白胡椒らしさを感じます。お酒も料理も引き締めてくれる存在となり、最後は「悦凱陣」のコクが際立ってきました。
2品目は、「きのこのフランとアメリケーヌソース 紅茶の泡を添えて」です。
海老の出汁がしっかりと出たアメリケーヌソースに、歯切れの良い海老とキノコのコクがうまみを増幅させ、濃厚さが際立ちます。ですが、口の中を色っぽく刺激する紅茶の泡が、味に変化を付けてくれる1品です。
お酒は「菊姫」のにごり酒に、赤い日本茶のサンルージュを加えて燗にしたものを合わせます。
にごり酒に茶葉を入れて温めると、桜色になるという演出。濃醇でクリーミーな味わいで、紅茶の泡と日本茶が驚くほど同調しています。また、上品な紅茶に日本茶の苦みが加わり、料理もお酒も味の着地点が出てくる組み合わせです。
3品目は、見た目も美しい「ブータンノアールとリンゴのコンポート 薔薇仕立て」です。
独特のうまみがある豚の血のソーセージからは、しっかりとしたクローブの香りを感じます。コンポートはシャキシャキとした食感を残したまま、甘すぎない絶妙な仕上がり。やさしい口当たりのじゃがいものパンケーキが潜んでいて、塩気がソーセージとクローブの香りを包み込んでいます。
合わせるお酒は、まるで味噌を思わせるような独特の発酵臭が特徴的な「舞美人 酒粕再発酵酒」に、炭酸水とローズウォーターを加えたもの。
炭酸の刺激的なアタックに、強烈な発酵の香りで大豆のような味わいが重なります。その個性的な味わいを、薔薇つながりのローズウォーターが上手にまとめ上げている1杯です。
料理といっしょに味わうと、ソーセージのしっかりした味わいで発酵の香りは弱まり、うまみだけが残ります。
4品目は、鴨のコクのある脂、豚肉の甘みのある脂、フォアグラの濃厚な脂と、3種類の脂が渾然一体となった「パテアンクルート」。
お酒は「田中農場 純米吟醸 原酒」の2年熟成を燗にして、ターメリックをプラス。アルコールの苦みと甘みが十分な、ボリュームのあるお酒が温められたことで酸が立ち、ターメリックの苦みと風味が加わってアタックが強い印象です。
脂っぽい料理、苦みと酸が際立ったお酒という主張の強いもの同士が合わさることで、両方が同時に完成されたよう。もともとの「田中農場」が持つドライさで、すっきりと全体が引き締まります。
5品目の魚料理は「甘鯛のポワレ 菊芋のトピナンブールソース」です。
甘鯛のサクサクとした鱗が特徴のポワレは、オイル感がたっぷりで香ばしい仕上がり。そこに、和を感じさせるなめらかなクリームが添えられています。
お酒は、「〆張鶴 しぼりたて 生原酒」に、甘い香りと爽やかな香りを兼ね備えたスパイスのキャラウェイシードを加えたものを合わせます。
キャラウェイの爽やかな香りがガツンときますが、味わいは「〆張鶴」らしい酸と米のうまみそのもの。普通酒のキレの良さに、香りの余韻が残ります。そのキレにクリーミーなソースとオイルのコクが重なり合い、お互いに良い部分を引き出し合う組み合わせです。
6品目の肉料理は、一度マリネされた豚のスペアリブをオーブンでじっくりと焼き上げた「黒豚のスペアリブ キャラメリゼソース」。
肉のうまみを残した抜群の火入れ具合で、甘酸っぱいソースが豚の脂とマッチする料理に合わせるのは、「奥播磨 霜月 純米吟醸生」にコリアンダーのパウダーを加えたもの。
コリアンダーの甘みが加わった「奥播磨」は、香りに深みが増したよう。
料理のソースには、アニスやりんご、はちみつなどが使われていて、フェンネルの風味にも似た仕上がりです。コリアンダーの甘い香りとともに相乗効果を生み出し、さらに奥深い味へと変化しています。
最後にいただくのはチーズ。ふくよかでコクがあり、クリーミーなチーズに合わせるのは、「長珍 純米60 無濾過生」に干しぶどうを漬け込んだもの。
酸が強く青っぽい印象のあるお酒に、ドライフルーツの甘みと香りが加わって、フレッシュでありながら熟成感もある不思議な味わいです。
しかし、ドライフルーツのうまみがチーズと重なると、チーズのクセも無くなり、まろやかで美しい余韻が楽しめます。あらためて素晴らしいコースだったと確信できる、最後の一品でした。
「四次元SAKEペアリング」をこれからのトレンドに
料理担当の小坂さんは、これまで、自らの料理にはワインを合わせることが多かったのだそう。
「日本酒はワインに比べると狭い味わいのテイストだと思っていました。でも、このペアリングによって違う世界を見せてもらえましたね。宮下さんからは、『料理の完成度が高ければ高いほどいい。その方が"おいしさ"の円が大きく描ける』と言っていただけています」
「四次元SAKEペアリング」では、料理が先に完成し、その後、宮下さんが合わせるお酒を選んでいきます。これは、宮下さんと小坂さんの信頼関係があるからこそ実現できるペアリングだと実感しました。
また、「このペアリングが、5年後にはトレンドになるかもしれない」と、自信を見せてくれた宮下さん。
たとえば、海外でペアリングを行う場合、日本ほど日本酒の種類をそろえることはできません。ですが、「四次元SAKEペアリング」の技術があれば、数少ない日本酒でも自由自在に料理に合わせることができるのです。
今回のペアリングで使われたのは、宮下さんが開発した「asobi sake ceramics」と呼ばれる3客の酒器。平盃型、半円型、筒型があり、同じ日本酒でも酒器の形によって味わいが変わるというもの。これがとても良く合っていて、宮下さんが伝えたい味わいが素直に味覚へ伝わってくるのです。
「ふしきの」がオープンしてから8年。ワークショップや酒器の開発、そして「四次元SAKEペアリング」と、宮下さんの活動がすべて繋がっているように感じられました。
「フレンチ料理×新・日本酒ペアリング」は、月に1回開催する予定だそう。さまざまな日本酒を味わってきた方にこそ、「四次元SAKEペアリング」を体験してほしいと願います。
(文/まゆみ)
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