「清酒発祥の地」として、酒造りの長い歴史を持つ兵庫県・伊丹市。徳川幕府の開府とともに、酒樽を積んだ江戸行きの船が就航を始め、「伊丹諸白」の名が世に知れ渡ったことでも有名です。
歴史あるこの街で行われる日本酒イベントが「伊丹郷町酒ガイド」。2018年10月8日(日)に開催された模様をレポートします。
今年の目玉は、地元飲食店とのコラボメニュー
開催4回目を迎える今年は、地元・伊丹の2蔵と全国各地から集まった6つの蔵、あわせて8蔵が参加。蔵のイチ押し銘酒のほか、地元の飲食店とのコラボメニュー「酒のアテ」が並びました。参加蔵は以下の通りです。
- 小西酒造(兵庫県伊丹市)
- 伊丹老松酒造(兵庫県伊丹市)
- 竹浪酒造(青森県北津軽郡板柳町)
- 御祖酒造(石川県羽咋市)
- 南部酒造場(福井県大野市)
- 泉酒造(兵庫県神戸市)
- 千代むすび酒造(鳥取県境港市)
- 山縣本店(山口県周南市)
「伊丹郷町酒ガイド2018」は、は9月15〜17日の3日間にわたって繰り広げられた「伊丹郷町屋台村」のスピンオフ企画でもあります。
「伊丹郷町」というと、伊丹市外の人には余り聞きなれない地名ですが、酒蔵と共に発展した伊丹の中心街で、最盛期は70件を超える酒蔵の密集する地域でした。今では「伊丹郷町=中心市街地」という認識が定着ししています。
酒蔵通りなどを中心に街歩きイベントや商工会のバルイベントで盛り上がりをみせ、それが尼崎市や三田市など周辺都市へも大きな影響を与え、伊丹市に倣ったバルイベントが相次いで誕生するという動きを見せています。
この街を盛り上げようとするエネルギーはどこからくるのでしょうか?
その仕掛け人でもある、屋台村実行委員会代表の江本さんにたずねると「商工会の役員といえば、一般的に60代以上の方が務めることが多いのですが、こちらでは10年ほど前に30代の理事を中心にすえることで、大きな若返りを図りました」とのこと。
実際お会いした屋台のみなさんも若い店主の方々ばかりで、熱気が溢れていました。
江本さんが営む「魚菜と地酒の店 ほこ」は、いつも常連さんを中心に賑わう人気店ですが、この日は屋台の方にもスタッフが総出で奮闘されていました。実はイベント前日の台風の影響で、青森の蔵元・竹浪酒造さんが急遽来ることができず、蔵元の応援が得られなくなってしまったのです。
蔵元にお伺いできなかったのは残念でしたが、「バイ貝の極旨煮」や「烏賊とキャベツの旨炒め」と熱燗に強いこだわりをもつ竹浪酒造のお酒を楽しませていただきました。
地元・伊丹の2つの酒蔵からスタート
灘ととも伊丹の酒を醸し続けてきた丹波杜氏伝承の酒造り唄による丹醸祝い唄の乾杯コールで、イベントが幕を開けました。
「白雪」(小西酒造/兵庫県伊丹市)
まず最初にうかがったのは、伊丹酒のブース。「白雪」の小西酒造です。
「摂州男山 純米辛口」は、業務用として発売開始されたばかりの商品です。これまで摂州男山シリーズは普通酒として販売されていましたが、新たに純米酒がラインナップに加わりました。
「男山」の銘柄は全国で24社が販売しています。本家は北海道旭川の男山株式会社ですが、その発祥は伊丹で酒造業を営んだ「木綿屋山本本家」とされています。
江戸へ出す酒なにが良いお酒 酒は剣菱男山
男山とは誰が名をくれた 諸国諸大名が名をくれた
と謳われるほど、「男山」は"下り酒"の代表格となり、8代将軍徳川吉宗の御前酒にもなりました。
業務用のテナー容器から大胆に注がれたお酒を一口含むと、予想外の新鮮な口当たりに驚きます。
従来の冬の寒造りを基準に考えると、10月はフレッシュなお酒が味わいにくい時期だと思います。たとえ氷温保存してあっても、本来の生酒の風味とはかけ離れたものになってしまうのは止む得ません。
ですが、「摂州男山 純米辛口」は、四季醸造で年間を通して造られているメリットが最大限に活かされていると強く感じました。
「老松」(伊丹老松酒造/兵庫県伊丹市)
おとなりの「老松」伊丹老松酒造も、同じく将軍の御前酒となった伊丹の銘酒。
享保年間の古文書の銘酒番付によると、「老松」は東の正横綱を務める格式が高かった銘柄だったようです。「伊丹郷町酒ガイド2018」の会場である三軒寺広場のそばには、「老松」の仕込み水が無料で汲める水道があり、いつも行列で賑わっています。
そんな伝統ある2つの酒造とタッグを組んだのが、伊丹の新たな名物作りに挑戦する「伊丹バーガー」の店主、原さんです。街ぐるみのイベントが活性化している伊丹で、お店を構えずイベントへの出店や移動店舗に特化して営業されています。
とてもボリュームのあるジューシーなパテに地元の農家の野菜を使い、地元伊丹の食材を強調。一口食べたとき、バンズの新鮮な香りが印象的でしたが、これも地元のパン屋さんがその日の朝に焼かれたものだそうです。
そして、印象的だったのが「伊丹バーガーの一番の特徴は、作っているのが伊丹の人間ということです!」という力強い言葉でした。日本酒も「人の手が醸す酒」という点をもっと強調してもよいと思いました。
全国各地から集った銘酒と限定おつまみに舌鼓
「仙介」(泉酒造/兵庫県神戸市)
伊丹の2蔵のとなりに陣取っていたのは、「仙介」を醸す泉酒造のブースです。「伊丹郷町酒ガイド」には今回がはじめての参戦。ここ数年灘酒の中でも急速にファンを拡大しています。
若き和気杜氏の醸す「仙介 特別純米 おりがらみ 無濾過生原酒」も人気の一品。兵庫県産山田錦100%を原料にし、丹波杜氏の醸す正真正銘の灘酒です。
こちらのお供には「Cafe Champroo」が提供していた冷たいトマトのおでんがベストマッチ。特に白麹を使用した純米酒はクエン酸が少し利いて、トマトの酸味と溶け合って良かったです。
「千代むすび」(千代むすび酒造/鳥取県)
そのお隣の鳥取境港市の千代むすび酒造は、昨年に引き続きの参戦です。鳥取県の酒造好適米「強力」で造られた氷温ひやおろしなどのお酒が並びました。
境港といえば、「ゲゲゲの鬼太郎」でおなじみ水木しげるさんの故郷。妖怪のモニュメントが並ぶ水木しげるロードに本店を構えられています。
その「強力」で醸したお酒をサポートするのは、奄美料理を提供されている「奄んちゅ」の天ぷらセット。徳之島産のあおさと沖縄産のもずくを天然塩でいただきます。
沖縄や奄美の料理と鳥取の地酒。なかなかイメージしづらい組み合わせですが、青々とした天ぷらやもずくのうにょうにょした見た目が、なんだか「ゲゲゲの鬼太郎」の中に出てくるキャラクターを連想させます。
この天ぷらの衣を練るのには一定の経験が必要なのだそうです。「奄んちゅ」の店主・山岸さんによる実演を見せていただきました。練りすぎると食感を損なうので、「ここが肝!」というところを見極めるまで訓練が必要なのだそうです。
「花垣」(南部酒造場/福井県)
続いて、福井県大野市の南部酒造場と「居酒屋WADO」のブースにお邪魔しました。
カツオの腹皮の炙りに合わせて用意されたお酒は、蔵自慢の純米酒「花垣」。名水として名高い「御清水(おしょうず)」を仕込み水にして造られたコクと旨みのあるお酒です。この日はぬる燗でいただきましたが、口の中で華やぐ様なほのかな優しい香りが印象的でした。
大野市の特徴は、何と言っても豊かな水資源。水の豊かさは日本一といわれる恵まれた土地です。市内の至る所で湧水が汲めるので、水道の普及率が恐ろしく低いのだとか。「この街に観光にくるならペットボトルを必ず持参してください」と呼びかけるくらい自慢の仕込み水も、一緒に味わうことができました。
「遊穂」(御祖酒造/石川県)
福井県のおとなり、石川県からは「遊穂」の御祖酒造。昨年に続き、横道杜氏が自らブースに立って接客をされていました。「自分の蔵のお酒がどんなふうに評価されているのか直接聞けるのが楽しみなんです」とのこと。
横道杜氏は、以前は大阪府交野市の蔵で杜氏を務められた後、2005年から御祖酒造の杜氏となりました。現在も住まいは大阪の方にあり、この時期になると能登での酒造りに向けて心の準備を整えておられる様です。
この日は、9年熟成の純米酒をいただきました。ラベルにある通り「『湯~ほっ』と燗をつけてほっと一息」がぴったりのとても優しい口当たりのお酒。横道杜氏の人当たりの柔らかさがそのままお酒に映し出されている様に感じました。
こちらは氷温で9年間熟成されたそうで、他のお酒も同じく氷温で管理されているのかとお聞きしたところ、「いや、そうでもないですよ」との返答。同じく古酒にする場合でも、常温で熟成させるお酒もあるのだそうです。
どんな方法で寝かせれば良い熟成となるのか、このあたりのさじ加減は、経験と勘とひらめきで判断されるのだそうです。杜氏の仕事は酒を搾ったら終わるのではなく、その5年、10年後の経過も考えながら仕事されているのだと大変感心しました。
「遊穂」と「Kappo むら井」のだし巻き卵の取り合わせもぴったり。柔らかい卵のほっこり感がうまくはまっていました。
「毛利」(山縣本店/山口県)
山口県周南市からは、「毛利」の山縣本店。ブースには現役杜氏の小笠原さんがいらっしゃいました。
周南市といえば、特に戦前外国での酒造出稼ぎの中心的存在で、満州・朝鮮・上海などでも活躍していた「熊毛杜氏」を輩出していた地域です。
山縣本店にはさまざまなブランドがありますが、「毛利」は全て無濾過生原酒で造られているのだとか。今回は精米歩合60%の無濾過生酒の純米酒をいただきました。東京ではまだあまり出回っていない銘柄で、関西でも取引してる問屋はまだまだ少ないそうです。
一緒にいただいたのは「居酒屋WADO」のおでん。秋の日本酒のお供の王道ですね。
「大倉」(大倉本家/奈良県)
日もそろそろ暮れるころ、ようやく奈良の大倉本家のブースにたどり着きました。
この「伊丹郷町酒ガイド」には、第1回目から参加。「100人のうち、1人が『これはいい!』といってもらえればOK」という考えで醸す蔵です。
水酛仕込みのにごり酒を伝統的に継承する蔵として昭和7年から、途中中断の時期はあったものの、現在も仕込み続けています。この水酛濁酒などは、「誰も造らない部類」にはいるお酒だと思うのですが、これが大倉本家を理解する上で、一番わかりやすいモデルといえるかもしれません。
兵庫県産愛山100%使用した無濾過生原酒が、目に入ったのでこちらについて聞いてみると、「いやあ、今年1年限りの限定で造りましたわ」とのこと。
これがやはり大倉本家の造りなのだなあと思いながら一口含みますと、やはり他のお酒とは別の世界に誘われました。「いったん好きになればとことん好きになる」。そんなタイプのお酒の代表格ではないでしょうか。
今年も盛況のうちに終了した「伊丹郷町酒ガイド2018」。酒蔵の街・伊丹として、さらに日本酒の魅力をアピールし続けてもらいたいと思います。
日本酒は、杜氏が造るものではなく、酒蔵が造るものでもない。街や酒造りに携わるさまざまな人々が集まってできる文化の結晶のようなものだと感じた1日でした。
(文/湊洋志)