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4種類の酸を際立たせる──「貴魂」を醸す、笑亀酒造・森川貴之杜氏の挑戦

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日本酒の主成分は甘味と旨味ですが、味わいにメリハリを付けるために欠かせないのが酸味です。主な酸味はクエン酸・リンゴ酸・乳酸・コハク酸の4種類で、これが複雑に混ざって日本酒特有の奥深い味わいを作り出しています。

笑亀酒造(長野県塩尻市)の森川貴之杜氏は、その4種類の酸味をあえて個々に際立たせることで違った楽しみ方ができるお酒「貴魂」を醸しています。

そのユニークな酒造りに挑んだ、森川さんの醸造テクニックに迫ります。

わずか4年で杜氏に昇格。次の挑戦に選んだのは4種類の酸

森川さんは25歳で長野県木曽町の中善酒造店に入り、平成13醸造年度から酒造りに携わり始めました。そこで酒造りのセンスを買われ、4造り目の平成16醸造年度からは杜氏に昇格。その後、平成21年の長野県酒造組合主催の長野県清酒品評会でナンバーワンである首席優等賞を獲得しました。33歳での受賞は歴代最年少記録だったようです。

その後も中善酒造店の杜氏として活躍していましたが、出身地の塩尻への望郷の念が強かったこともあり、笑亀酒造の蔵元・丸山大輔さんからの誘いを受けて、平成26醸造年度に移籍してきました。

その翌年、丸山さんは長野県の県議選に初出馬して当選。酒造りについては森川さんに一任されることになります。そこで、もともと好奇心旺盛でいろいろなことにチャレンジする性格だった森川さんは「自分の実力をさらに上げるためにも、4種類の酸味を自在にコントロールできるようになりたい。酸味の特徴的な4種類の酒を造りたい」と丸山社長に提案し、GOサインをもらいました。

早速、平成27醸造年度から取り掛かりました。2造り目を終えた今、それぞれのお酒をどのように造ったのか、順番に説明していただきました。

大量の酵母が生み出すリンゴ酸の爽やかな酸

リンゴ酸をたくさん生成する多酸性酵母を使用した一本。

「日本醸造協会が頒布する酵母にも多酸性酵母はありますが、できるだけ地元の原料をつかいたいので、長野酵母のなかから多酸性の性質を持つものを選びました。吟醸香も出したかったので、長野D酵母をブレンド。酵母添加のタイミングを調節し、さらに低温で培養することでリンゴ酸以外の酸味が出ないように工夫しました。酵母の割合を大幅に増やして仕込んだのもポイントですね。リンゴ酸の爽やかな酸を表現できたと思っています」

クエン酸を生成する白麹をつかったシャープな酸

一部にクエン酸をたくさん生成する白麹を使用した一本。

「通常、清酒用の麹を造るときに使うのは黄麹ですが、その一部を黄麹ではなく、焼酎造りに使う白麹を採用。白麹は繁殖する際にクエン酸を大量に出すので、これを活かすことを考えました。ただ、白麹は糖化力が弱く、あまり多くを白麹にすると酒造りに支障が出てしまいます。そのため、3段仕込みの最後の一部だけを白麹にしました。1年目もまずまずクエン酸が出ましたが、2年目は白麹の割合を増やして、よりクエン酸を際立たせました。シャープな酸味を表現できたと思います」

生酛の乳酸菌による乳酸の深い酸

次は、乳酸を活かした一本。

「これは当然、乳酸菌が主役となるので、酒母を生酛(きもと)造りでやりました。しかし生酛でお酒を造ると乳酸はできるものの、際立つほどにはなりません。それは仕込み全体の量の中の酒母の割合が少ないためです。なので、酒母の割合を大幅に増やして、2段で仕込みました。その結果、奥行きの深い酸味をしっかり出せたと思います」

コハク酸の幅のある酸

最後はコハク酸を活かした一本。

「1年目は、コハク酸をたくさん生成する長野産の酵母を選び、そこに長野C酵母をブレンドして造りましたけれど、思ったほどクエン酸が出てくれませんでした。なので2年目は、コハク酸をより多く生成する日本醸造協会のKT901号酵母と長野C酵母の組み合わせに変更したんです。酒母の割合を高め、そのうえで仕込んだ醪の温度を他の仕込みよりも2〜3度高めにして、コハク酸の生成を促したところ、思惑通りの仕上がりになりました。幅のある酸味を楽しんでいただけます」

杜氏の魂が込められた「貴魂」

1年目もほぼ狙い通りのお酒が仕上がったそうですが、2年目はさらにそれぞれの酸を際立たせるのに成功したそうです。商品名の"貴魂"は「杜氏の森川貴之が、魂を込めて造った」ところから名付けられています。

実際に飲んでみましたが「リンゴ酸は、やや鋭角的な酸味」「クエン酸は、まろやかな酸っぱさ」、「乳酸は、奥行きのある酸味」「コハク酸は、味わい豊かな酸味」をそれぞれ楽しめました。いずれも甘味と旨味がしっかり味わいの骨格にあり、酸味がそこにアクセントになっている、飽きの来ない美酒でした。

森川さんによると、日本酒好きを集めた呑み比べ会での反応は上々だったそうです。2造り目は酸味の際立ちがより明確になったことで、誰もが酸味の違いを楽しめたようです。

「冷やで飲んでみたあとは、お燗をしてみることをお奨めします。それぞれの味わいの変わりようが愉快です。また4種類のお酒をいろいろな組み合わせでブレンドして楽しんでもいいかもしれません」と森川さんは幅広いお酒の楽しみ方を提案しています。

皆さんも「酸で呑み比べ」てみてはいかがでしょうか。

(取材・文/空太郎)

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空太郎

日本酒指導師範(菊正宗認定)&酒伝道師です。1年365日、日本酒を飲んでいます。10人未満で丁寧にお酒を醸す銘酒小蔵がたくさん存在することが、日本酒の多様性と魅力を維持するのには欠かせないと思っています。そんな酒蔵の活動や、それを応援する酒販店や居酒屋の動きをお伝えしていきます。