長野県の有力酒販店を営む3人の店主(酒舗清水屋・小山英浩さん、地酒屋 宮島酒店・宮島国彦さん、酒乃生坂屋・若林数矢さん)が、仕込みタンクを1本まるごと買い付けることで有名になった「信州醸熱タンク」シリーズ。好評のうちに3回の造りが終了し、第4シーズンに突入しました。

長野県の有力酒販店を営む3店主(酒舗清水屋(小海町)の小山英浩さん、地酒屋 宮島酒店(上田市)の宮島国彦さん、酒乃生坂屋(千曲市)の若林数矢さんの写真

左から小山さん、宮島さん、若林さん

過去3回とは異なる酒蔵へオファーすることになった今回、3人の店主から蔵元杜氏にぶつけられたテーマはとても難易度が高く、テーマに沿ったお酒ができるかどうか、最後までわくわくしながら、結果を待っていたのだそう。本記事では、シリーズ第4弾がどんな挑戦になったのかを紹介します。

選ばれたのは、人気投票1位の「北光正宗」

「信州醸熱タンク」シリーズは過去3年間にわたって、佐久市にある古屋酒造店に酒造りを委託してきました。4シーズン目を始めるにあたって、「そろそろ、新しい蔵に相談してみないか」という話になったのだそう。

そこで、2010年から3店が共同で開催している長野酒の頒布会で、会員の方々にもっとも美味しかった酒を選んでもらい、一番になった酒蔵に造りを託すことにしました。その結果、飯山市で「北光正宗」を醸す角口酒造店が選ばれました。

北光正宗」を醸す角口酒造店の村松裕也さん写真

角口酒造店の蔵元杜氏・村松裕也さん

2017年2月のイベントで、正式に依頼を受けた同蔵の蔵元杜氏・村松裕也さんは「『醸熱タンク』の価値に見合う酒を造ります」と、意気込んでいる様子でした。

そして、2017年の夏。3人の店主から村松さんに、酒造りのお題が提示されました。

スペックは「長野県産金紋錦を使った、精米歩合49%の純米大吟醸酒」。これは前年と同じです。そのうえでさらに求められたのは「人工乳酸を添加せず、かつ低アルコール原酒で、角口酒造店が得意とするドライな仕上がりの酒」でした。

第四期醸熱シリーズのPOP

「人工乳酸を添加しない」というのは、つまり、酒母造りを速醸で行わないということ。そこで、村松さんは山廃の酒を造ることにします。しかし、難題は後半の条件でした。アルコール度数が15度以下の低アルコール原酒には、近年多くの酒蔵が挑戦していますが、その多くは甘口タイプなのです。

「低アルコール原酒でドライに仕上げようとすると、スカスカで味のない、水っぽい味わいになってしまうんです。難しいテーマだと感じましたね。ただ、提案してもらった通りに造ることができれば、これまで長野県には存在しなかったユニークな酒になるだろうと思い直したら、どんどんやる気が出てきました」(村松さん)

醸熱を託されて、難題にチャレンジ!

挑戦心が旺盛な村松さんは「人工乳酸不添加」というお題についても、天然の乳酸菌を呼び込む生酛系の酒母ではつまらないと、麹造りに白麹菌と黄麹菌をブレンドした種もやしを使うことにしました。

この手法は、およそ4年前から、村松さんと長野県工業技術総合センターがともに研究してきた、酒母の新しい製造方法だそう。焼酎造りに使われる白麹菌を清酒造りに応用しようとする例は、若い杜氏を中心にいくつか見られますが、白麹菌と黄麹菌をブレンドするというのは聞いたことがありません。

情熱タンクシリーズの裏ラベルの写真

村松さんの狙いどおりに完成した麹米は、白麹菌が出した酸を充分に含んだ状態で、見事、天然の乳酸菌を呼び込むことなく「人工乳酸不添加」の条件をクリアしました。

そして、いよいよ「低アルコール原酒で、かつドライな酒」へのチャレンジです。

「『低アルコール原酒』に挑戦する酒蔵は増えていて、うちでも、アルコール度数が12度台の純米酒を試験的に醸造したことがあります。しかし、12度台の純米大吟醸酒はさすがに軽快すぎて、純米大吟醸酒ならではの品格を保つのは難しいと考え、14度台で搾ることを目指しました」(村松さん)

村松裕也さんの写真

「また、低アルコール原酒を造る際に気を付けなければならないのが、酵母の扱い方です。酵母が元気なまま搾ると、不快感のある香りが出てしまうことがあるのです。それを防ぐには、酵母が自分自身の発酵でアルコール度数が上がってきた結果、"疲れる"という経験が必要だと考えています。そこで、アルコール度数を上げてから追い水をして、14度台に着地させることを狙いました。

ただ、最後の難関が『辛口』でした。低アルコールの酒は、甘味を残した状態で搾るのが一般的なので、基本的には甘口になりやすいんです。しかし、甘味を無理に取り除いてしまうと、薄っぺらい味わいになってしまう。それをカバーするには、旨味の成分を増やさなければなりません。麹造りにひと手間を加えましたが、今季は特に蒸米の溶け具合が良好で、旨味の成分が多く出てくれたので、最終的には思った通りの酒に仕上がりました」

3店主の評価はいかに!?

そしていよいよ、3人の店主が村松さんの造った酒を吟味する時がやってきました。3人は以下のような感想を残しています。

「口に含んだ瞬間、想像以上の仕上がりに感動した」(宮島さん)

「低アルコールで辛口という要求にきちんと答えつつ、彼が得意とする透明感のある綺麗な味わいを感じることができた。バランスが素晴らしい」(小山さん)

「北光正宗の特徴であるキレの良さがはっきりと感じられる。さらに旨味もある。派手さはないが、クセになる酒ですね」(若林さん)

四期目の情熱タンクシリーズの日本酒の写真

搾りたての生原酒や直詰酒などは、発売後あっという間に完売してしまいましたが、この酒の本領が発揮されるのは、秋になって発売されるひやおろしです。

「金紋錦という米は熟成に向くと言われているので、ひやおろしは生酒以上の味わいが楽しめると確信しています」(宮島さん)

ひやおろしの発売は10月13日から、3店舗限定で行われる予定です。価格は、1,800mlが3,500円(税抜)、720mlが1,890円(同)。夏を越えて発売されるその時を楽しみに待ちましょう。

(取材・文/空太郎)

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