地元の水と米で地元の酒蔵が醸した日本酒を中核に据え、町おこしを進めようという試みが佐賀県多久(たく)市で始まりました。

この取り組み主導する「多久未来プロジェクト」は、"多久を魅力あふれる町にしよう"という志を持ったメンバーで組織されています。

多久市に残る唯一の酒蔵は「東鶴」の東鶴酒造

多久市は、佐賀県の中央部に位置する人口約19,000人の街です。

隣接する市町村には羊羹で有名な小城市や、焼き物と海産物で名高い唐津市、豊富な湯量が魅力の温泉地を抱えた武雄市などがあるのに対して、多久市は名のある特産物や人気観光スポットに恵まれていません。このため、多久市の名前は佐賀県外ではあまり知られていないのが実情です。

そんな現状を憂えていたのが30~40代の働き盛りの多久市民でした。

多久未来プロジェクトの代表を務める小川三郎さんは、「とにかく、多久をもっともっと盛り上げて行きたい。まずは、我々市民たちがいろんなことにチャレンジして、多久のことを発信していこうという気持ちに突き動かされて、昨年春から仲間を集めました」と話します。

佐賀県多久市の地域活性化プロジェクト「多久未来プロジェクト」の中で立ち上げられた日本酒ブランド「多久」のラベル

左から4人目が「多久未来プロジェクト」代表の小川さん

有志が集まり、街の未来について語らっているなかで、"プロジェクトを立ち上げたことを周知させるためにも、具体的に目に見えるモノがほしい"という話題になりました。

「多久には昔、9軒もの酒蔵があって、地元の米で酒を盛んに造っていた。ところがいまや廃業などで残っているのは1軒だけ。その酒蔵も今は地元の米を使っていない。地元産の農畜産物を加工して特産品に育てていけば地域の活性化に繋がるので、その第一弾として地元の米で酒を造ってもらおう」ということになったと、小川さんは話します。

多久市に残っている唯一の酒蔵とは、首都圏でも人気がある「東鶴」を醸す東鶴酒造。東鶴酒造は1994年に酒造りを止めていたものを、2008年に野中保斉(のなか やすなり)蔵元杜氏が復活させた蔵です。そのため、地元には販路がほとんどなく、やむを得ず関東や関西に新しい取引先を求めていました。

野中さんは、地元・多久の同級生だった小川さんの提案に賛同します。

「地酒として『できれば売り上げの半分を佐賀県内で』というのが漠然とした僕の望みでしたので、この提案は渡りに船でした。地元の米で酒を造って、多久に根ざした酒蔵であることを示したかった」と、野中さんは振り返ります。

こうして「多久未来プロジェクト」の最初の取り組みは、サポーターから集めたお金を原資にして純米大吟醸酒を造り、その販売で得た利益で町おこしに挑む人たちを資金面で応援するという内容ではじまりました。

東鶴酒造の野中保斉蔵元杜氏

東鶴酒造で蔵元杜氏を務める野中さん

しかし、多久未来プロジェクトには先立つ資金が十分にありませんでした。かといって、プロジェクトのリスクを東鶴酒造にだけ負わせるわけにはいきません。そこで、プロジェクトの趣旨に賛同するサポーターを募ることにしました。一口5,000円で寄付を募ったところ、目標を大きく上回る170人を超えるサポーターが集まったそうです。

米や瓶の資金が確保できるとともに、酒造りに使う米を栽培してくれる市内の農家も決まりました。こうして造られたのが、比較的ねばりが少なくさっぱりとした味わいが特徴の飯米「さがびより」を50%まで精米して造られた純米大吟醸です。

多久産の飯米を使用して醸された待望の日本酒について、「フルーティーで甘口の大吟醸です。普段、日本酒を飲まない仲間からも、"飲みやすくてすいすい飲める"と評判でした」と野中さん。

多久産米で醸した日本酒を、地域のまんなかに

佐賀県多久市の地域活性化のために立ち上げられたブランド「多久」のラベル

商品名は、直球勝負で「純米大吟醸 多久」に決定。

サポーターからの寄付は純粋に活動資金にあてる予定でしたが、行政の協力も得ることができたので、サポーターに返礼として造ったお酒を贈るとともに、お披露目イベントに無料招待することができました。

四合瓶で2,000本分造った「多久」は、サポーターへの配布のほか、多久市内で1本2,500円で販売。そこで得た利益の一部は、「多久未来プロジェクト」の活動へと充てられます。今後は、多久市内ではじまる特産品づくりや、多久市の情報発信の試みを応援するための活動資金として活用する方針です。

多久の酒樽

「一回だけで終わるのではなく、これからも毎年、多久の酒を造っていきたい。地酒を中核にして多久をどんどん盛り上げてることができればいいですね」と、プロジェクトのメンバーは口を揃えて力強くこう言い切っていました。

今回発売される「純米大吟醸 多久」をはじめとする多久市の地酒が、日本全国で飲まれる機会がこれから増えてくることでしょう。

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